第14話 僕の逆襲を開始する

 家に帰ると、窓の前で佇んでいたキゼンが膝を曲げて僕を出迎えてくれた。



「お帰りなさいませ璃英様」



 布団は片付けられており、部屋も綺麗になっている。恩義を感じたキゼンがやってくれたのだろう。恩義があるのはこっちなのにと思いながらキゼンに感謝した。



「もう大丈夫そうだね。よかったよ」



「はい、ご迷惑をおかけしました」



 眷属の回復力は人間と比べものにならない。キゼンの傷は昨日と比べるとほとんど消えており、体力も回復している。万全に近い状態に戻っていた。


 僕は真ん中にある机をどかすと、ガバリと畳を開ける。



「キゼン、少し離れてて」



「え? わ、わかりました……」



 僕が何をしているのかわからず、キゼンが戸惑いながら少し後ろに下がる。


 直後、ミシリと音が聞こえたかと思うと、部屋の中央が爆発するように吹き飛んだ。


 粉塵と砕け散った畳が狭い部屋の中に舞い降ち、キゼンが思い切り咳き込む。



「ゴホッゴホツ! な、何が……」



「ガッハッハッハァァァァァァ!」



 床が吹き飛んだ後に現れたのは筋骨隆々とした肉体を持つ老人だった。


 戦いの痕跡がいくつも刻まれた上半身を僕とキゼンに見せつけ、幾多の戦場で敵を屠ってきた歴史を実感させてくる。筋肉がひしめき合い、簡単に鋼鉄を貫けそうな豪腕と、大地と一体化したような剛脚も右に同じだ。対峙した者が見ただけで震え上がる迫力に満ちていた。


 威乃座楽園皇。


 屍術師界の例外は僕の眷属となって復活した。



「ご、ご隠居様はここに隠していたのですか……」



「ヘタな場所だとすぐバレるしね。それなら思い切って灯台下暗しにしようと思ったんだ」



 驚くキゼンを横に、僕は爺様の前に立つ。



「ごめん爺様。僕の勝手で眷属にした」



「別に構わんよ。ワシの遺言通り危機が起こったんじゃろう? 何も気にすることはないわい」



 爺様はワシワシと僕の頭を撫でる。



「ワシが璃英に死体処理を任せたのは信用したからじゃ。その璃英がワシを眷属にしたなら、存分に力を振るうまでよ」



「……ありがとう爺様」



 なんだか涙が出そうになる。爺様は全く非難せず、むしろ僕の眷属になったことを好意的に受け止めていた。



「でも、爺様は動く死者(ゾンビ)みたいな眷属になると思ってたよ。眷属の設定とかよくわからないからさ」



「ふん、設定なんかわからんでいいわい。ワシが勝手に設定するからの。璃英のような力量の低いヤツがワシにやれることがあってたまるかい」



「そ、そうなんだ……」



 謎の説得力に気圧されて僕は頷いてしまった。どうやら爺様は色々自分勝手にできてしまうらしい。普通そんなことあり得ないのだが、何かとイレギュラーな爺様なら何故か納得できてしまう。



「しかし、まさかワシを眷属にしたのが璃英とはのぉ。なかなか意外じゃぞ。てっきりワシを使うのは無垢だと思っておったからな」



「無垢姉さんは僕の敵だ。威乃座無垢を倒すため、爺様にはその力を振るってもらうよ」



「……ほぉ」



 爺様は顎を摩りながら、僕の奥底を覗くような視線を向ける。



「今から威乃座家本邸に向かい、威乃座無垢を倒し、因幡咲華を取り戻す」



「よかろう。経緯や作戦は向かいながら聞くとするかの」



 ニッと爺様は笑った。



「璃英様。どうか私もお供させてください」



 キゼンは僕の前に来ると膝を曲げ頭を下げる。



「私は騨漣様に無様をさらしているなら撃てとの命を受けています。その命を遂行しなければなりません」



 騨漣兄さんは眷属譲渡なんてことができる屍術師だ。自身に何かあったらキゼンに始末をつけるよう命令していてもおかしくないが、その通りだったらしい。


 騨漣兄さんの性格からして、誰かの眷族にされるのは死よりも耐えがたい苦痛なはずだ。無垢姉さんの眷族にされたら、尚更始末をつけて欲しくてたまらないだろう。



「お前さんワシについてこれるのか? 無垢と戦うとなれば、その眷属は間違い無く強いじゃろう。生半可な実力ではすぐさまやられてしまうと思うがの?」



「……もう遅れは取りません」



 キゼンが僅かに動揺する。因幡さんに倒され、騨漣兄さんの信頼を裏切ってしまった記憶は非常に苦いモノとなっているようだった。



「必ず役に立ってみせます。何かあっても見捨てていただいて結構です」



「と言っとるが、どうする璃英?」



 顔を伏せたままのキゼンを見ながら、何の気無しに爺様は聞いてくる。



「キゼンは騨漣兄さん自慢の眷属だ。連れて行かない理由はないよ」



「ありがとうございます」



 キゼンは主の命令を遂行する覚悟が決まったのか、その返答には明確な意志が宿っていた。



「因幡さんもだけど、キゼンも変わった眷属だよね」



「そうでしょうか?」



 立ち上がったキゼンは可愛らしく首を傾げる。



「なんていうかさ。キゼンは命令されたというより、自分の意志で兄さんに尽くしているように見えるから」



「……言われてみれば騨漣様は私に命令はしても強制したことはありませんね。逆らおうと思えば逆らえます。そんなの考えたこともありませんが」



「それって意外だよ。てっきり騨漣兄さんは眷属を道具として使ってるとばかり思ってたからさ。因幡さんにもそうだったし」



 キゼンに自由意志があるのは一目瞭然だし、主を始末する命まで受けている。キゼンは主と特別な関係を持つ眷属以外の何者でもなかった。



「嫌いな僕に預けるくらいだからね。キゼンが騨漣兄さんのお気に入りだってわかるよ」



「きょ、恐縮です……」



 キゼンは恥ずかしそうに顔を赤くして頭を下げる。



「騨漣様は自分と他人に厳しい人なので、璃英様が誤解するのも無理はありません。ですが、あの方は任務を命じた眷属をいつも気づかってくれます。任務を失敗しても責めることなく「ご苦労だった」と、必ず一言添えるお方です」



 主を褒められて嬉しくなったのか、キゼンは流暢に騨漣兄さんがどんな人か語り始めた。



「優しくはないですし、ずっと前無垢様に負けたことを今でも引きずってますし、そのせいで無垢様と比べられるとすぐ頭に血が上りますし、寝相は最悪ですし、いつも寝言で私か璃英様を叱ってますし、朝食にヨーグルトがないと見るからにガッカリしますし、どんなにお風呂が熱くても全身で浸かって三分経つまで絶対出て来ませんし、車に跳ねられてアバラと肋骨が折れたのに会議に参加してその後気絶した騨漣様を私が病院まで運んだこともありますが、誇らしい私の主です」



「すごい……さすが男子テニス部を全国三位にしたキャプテンだな……」



「璃英、そこの女眷属にツッコミいれるべきじゃぞ。お前も大概じゃが」



 キゼンの語る騨漣兄さんは僕の知らない一面だらけで感心してしまう。


 主でありながら騨漣兄さんは眷属を信頼し感謝しており、眷属でありながらキゼンも同じく主を信頼し尽くしている。


 騨漣兄さんとキゼンは軽口を叩きあう仲ではないけど、その関係は何処か僕と因幡さんに似ている気がした。



「騨漣様はいつも威乃座家や屍術師界のことを考えていますから……その、屍術師を嫌う璃英様が怠惰に見えているのでしょう。力を持つ者はその力を正しく行使する義務があると、常々仰られていますから」



「ははは、はっきり言うねキゼン」



「も、申し訳ありません……」



「別にいいよ。事実だしね」



 頭を下げるキゼンを宥める。 


 僕にとっての騨漣兄さんは嫌な記憶しかなくて好意的になるのは難しい。でも、キゼンとの関係に騨漣兄さんの理想が詰まっていることはわかる。


 それは屍術師界から目を逸らしていた僕と違って、次期威乃座家当主である騨漣兄さんに見えた答えであり目標なのだと思う。



「何人いるかわからない大所帯に三人だけでカチコミなんて無謀極まりないけど、付き合ってもらうよ」



 僕は二人に最後の確認する。



「ワシはお前の眷族じゃ。異論なんてないの」



「無謀極まりないことは騨漣様の任務で慣れています」



 爺様とキゼンは肯定するように頷く。



「……ありがとう。じゃあ行くよ二人とも!」



 感謝を合図に僕達はアパートの外に出ると、夕陽を背に威乃座家本邸を目指す。


 今、僕は初めて自分の力を認めていた。自身にどうして屍術の力があるのか、何故それを使おうとしているのか、はっきりと答えを見出していた。



「屍術士(ネクロマンサー)璃英組の戦争(カチコミ)開始だ」



 この力は大切な人を助けるためにある。


 揺るがない信念を胸に、僕は戦争を開始する。

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