第6話 眷属ってバレたらマズい

 四時間目の体育はバスケだった。今日はレクリエーション的意味合いが強いのか、男子生徒は四つのチームに分けられ、体育館を半面づつ使って試合をしている。


 バスケットボールがリングに向かって飛ぶ音や、コートを走り回る靴音を体育館いっぱいに響かせ、みんな額の汗を拭いながら試合を楽しんでいた。


 ちなみに女子は運動場でソフトボールをしている。間違い無く因幡さんが他女子生徒を圧倒して、エースで四番の実力を発揮していることだろう。



「因幡さんの試合見たかったな……」



 体育館の窓や扉は全て開け放たれている。その気になればソフトボールの様子を見られるが、僕は他に注意を向けられるほど競技(スポーツ)がうまくない。


 回されるパスをどうにか受けてそのままシュート――するとあっさり防がれるので、すぐにまたパスをしていた。



「威乃座ー! シュートしていいんだぞー!」



 そんな声がコート内から聞こえる。ヤジや嫌みではない。僕以外の生徒はみんな一回はシュートしているので励ましてくれているのだ。



「ぬぬぬ……」



 たしかにシュートしないのはもったいない。これは授業であって、負けたら終わりのトーナメントではないのだ。勝利より楽しむことを優先するべきだ。



「……よし」



 授業が終わるまでに一回はシュートすると決めてゴール下に移動する。みんなボールを追いかけるのに夢中で誰も僕をマークしていない。リングを正面にして、いつでもシュートが打てるようパスが来るのを待つ。


 リングは側面扉のそばにある。扉の向こうに目を向ければ、ソフトボールをしている女子達の姿が見えた。


 ゴール下で待機していた僕は、ふと運動場の様子を見てしまう。


 そこには体操服である真っ白な半袖と、紫のハーフパンツを着た因幡さんがバッターボックスに立っていた。豪快に何度もバットを振っており、ピッチャーの名積さんにプレッシャーをかけている――ワケないな。楽しいから振ってるだけだ。


 相手が因幡さんなので、試合なら絶対に敬遠されるだろう。だがこれは授業だ。バスケと同じく、ビビる必要も責任を感じる必要も一切ない。


 名積さんがぎこちない様子でボールを投げる。


 絶対の予感が走った。間違い無い。これはホームランだ。


 カーン、と甲高い音が青空に響く。


 僕の予想はピッタリ的中し、因幡さんは見事に遠くへボールを打ち上げた。女子達もこの結果は十分予想できていたようで歓声も何もない。ホームランボールを「ですよねー」と納得の様子で見上げている。スキップするようにホームベースを回る因幡さんを見る女子は誰もいなかった。



 ――このため、僕の注意は完全に外に向いていた。バスケのことなど忘れており、自分がどこにいるのか頭から消えてしまっている。



 だから、やってきたパスに気づくことができなかった。



「威乃座!」



 パスをくれた男子が慌てて僕に声をかけるが、もう遅かった。


 いつもならキャッチできるパスも呆けていたら手は動かない。



「……あ」



 脳視野が拡張する感覚があった。顔面に飛んでくるボールがスローモーションのように見えるが、身体は全く反応できない。


 ダメだ。ぶつかる。


 パスをそのまま顔面に受ける他ない。僕は注射を前にした小学生のように目を瞑る。


 だが、いつまで立ってもボールが顔面にぶつからない。


 何故? と思って目を開けたら因幡さんがいた。


 さっきホームランを打ってホームベースを回っていた因幡さんが僕の目の前に立っているのだ。



「っと」



 因幡さんはこの場で最初からバスケをしてたかのように、何ら違和感なくパスをキャッチした。それくらいこの場に馴染んでいた。



「ほい」



 空気がそうさせたのか、パスを受けた因幡さんがシュートする。パサッとゴールネットの心地よい音が響き、落ちたボールがバウンドする。


 ボールを取りに行く者はいない。当たり前だった。



「あ、あははは。バスケって楽しいよね~」



 因幡さんは誤魔化すように笑うが、それにつられる者はいない。男子達は突如現れた因幡さんに目をパチクリさせて「なんで因幡がここに?」と疑問の視線を向けている。


 運動場も何やら騒がしい。こっちとは逆で、ベースを回ってるはずの因幡さんが消えたので探しているようだ。



「だ、ダメだよ因幡さん~。ホームベースに帰らずこっち来ちゃうなんてさ~」



 僕は茶番を開始する。唐突すぎる事態だが、こうなった理由は察せたからだ。


 とりあえず今はどうにかこの場を乗り切らなければならない。僕は慣れないウインクで、因幡さんに「話を合わせて!」と合図を送る。



「ご、ごめん威乃座く~ん。バスケがチラッと見えてさ~。ホームラン打った時、思わずこっちにきちゃった~」



 因幡さんが僕の茶番にのってくれた。よかった。僕の意志は伝わったみたいだ。


 通じるかわからない言い訳コントをこのまま二人で続ける。



「側面扉から因幡さんが急に入ってきてビックリしたよ~。でも、ありがと~。因幡さんがいなかったら顔面にボールが当たって鼻血出てたかも~」



「ど、どういたしまして威乃座く~ん。怪我しなくてなによりだよ~」



「も~、楽しそうだからって乱入しちゃダメだよ~。男子と女子の体育は別なんだから~」



「あははは~、楽しそうだったからさ~ 我慢できなくてつい~」



 僕と因幡さんは棒読みで会話を続けていたが、やがて納得した(そう思わざるを得ない)のか、男子達は試合に戻っていった。「まあ因幡ならあり得るか」とか「因幡はいつも元気だなー」なんて声も聞こえ、どうにかこの場を乗り切れたことに安堵した。



「ねぇ威乃座君……これってさ」



 何故こうなったのか因幡さんも察したようで、ヒソヒソ声で僕に聞いて来る。



「うん、眷属化の影響だね……」



「だよね」



「眷属は『眷属術』っていう独自の能力を持ってるんだけど、因幡さんはさっきの瞬間移動が眷属術みたいだね」



 キゼンが姿と気配を消せるのと同種の力だ。でも、眷属術は眷属なら誰でも使えるワケじゃない。眷属術の発現は眷属の強さだけでなく主にも左右されるからだ。主の力量が低いとそもそも発現しないのである。そのため大半の眷属は異常な身体能力だけで、眷属術が使える眷属は少ない。


 いくら眷属剥奪が使えるといっても、屍術師として生きてこなかった僕の力量は低い。そのため因幡さんに眷属術が発現することはないはずだが、実際は違った。


 これが意味する所は一つしかない。


 因幡さんには眷属の才能がある。主の力量が低くとも眷属術を使えるくらい、眷属の適正値が高いのだ。


 因幡さんの多才さはこんな所でも発揮されていた。



「へー、私ってそんなことができるようになったんだ。すごーい」



 他人事のように因幡さんは感心している。無理もない。自分が瞬間移動したといっても、なかなか実感できないだろう。



「たぶん、この眷属術は主に危険が迫ったら自動で助けに来ちゃう常時型だ。助けに来られる範囲とか条件とか、そういった細かいことはわからないけど、少なくとも僕が怪我をしそうになったら因幡さんが瞬間移動して来るのは間違い無いね」



「なるほどー」



 僕の説明に納得したのか、因幡さんは何度もコクコクと頷いた。



「あと、眷属術は一つと限らない。瞬間移動は常時型だから、他にも発現したらそれも常時型の可能性が高い――」



「あ! 咲華ったらこんなとこにいた!」



 消えた因幡さんを探しに来た名積さんが、呆れ顔で僕達の所にやってくる。



「もー、いつの間にこんなとこ来てんの。ごめんね威乃座」



 名積さんは因幡さんの首根っこを掴むと、そのままズルズルと運動場へ連行していく。とても慣れた仕草だった。



「ボールが打ち上がってる間に体育館行ったの? あんたの足ってどんだけよ。そろそろ観念して陸上に専念したら?」



「いやー、私はいろんなことやって好きなこと探したいからさー。あはは~」



「いつ聞いても贅沢な悩みねぇ」



 普通に会話している辺り、男子と同じく名積さんも因幡さんが消えたことに無理矢理納得しているらしい。


 その後も因幡さんはホームランを連発し、何度もベースを回っていた。

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