第24話 決戦前夜
俺は忘れていた。
奴の存在を完全に忘れていたんだ。
完全に油断してた、いや、マジで。
「今も奴がゆっくりと近づいてきてきてる、何かこう、奴を倒す必殺技みたいなのは……必殺アイテムでもいい、知らないか?」
「必殺アイテムって……アンタ」
やはりか、柚月も困っているに違いない。
そんな物があれば私が使っているぞと言うような顔をしているし、俺だってそうする。
「ここ一週間はホールにも行けてねぇし、クソ! 奴の為に備えないといけないなんて、あまりにも屈辱ッ!」
「いいから、ほら、次の」
「柚月! お前は辛くないのか!? こんな訳の分からん物を見せられて、これだけしか道具を与えられず、どんな攻撃をされるか分からない、そんな状況になっても辛くないのか!?」
俺に先輩の知り合いがいればこの強敵にどうやって立ち向かったのか、そのノウハウと武器を受けとる事ができただろうが、そんな人はいない。
まさか……この敵に挑んだ先輩は全員……もう。
「バカ言ってないで勉強しなさい! ほら次の教科いくわよ! これテストで単位決まるんだから落とせないんだからね」
「過去問は無いのか!?」
「これは毎年問題が違うらしいから無理よ、自分でやるしかないわ」
「クソッ! ハメられた!」
「学生なんだから勉強するのが当たり前なのよ!」
そう、単位の為にどうにかして試験を乗り越えなければならない。
学費を調達できたとしても、単位が無ければ間違いなく留年するし、学費を集めた意味も無くなってしまう。
いやまだ学費集まってないんだけどさ、まずは単位をどうにかしないと!
こうして俺は勉強を必死に……やらなかった。
どうにかなると思って、パチンコを打ちながらダラダラと勉強をした結果は、見事に再試験。
再試験は柚月が付きっきりで見てくれたお陰でどうにかなったが、もちろんその期間は一度もホールに行く事ができず、学費の支払いのタイムリミットが徐々に近づいてきていた。
「巡、まずい事になった」
「まずい事?」
「ああ、金が無いんだ」
「それは私も無い。」
「いやお前の比じゃないレベルで金が無い、あと70万弱金がたりないんだよ」
こうなれば普段打たないあの台しかない。
大人気とは言えず、店側も扱いがあまり良くないが、それでいて圧倒的出玉を誇るあの台をしばくしかない。
「巡、コンプリートさせるしかないんだ」
「パチンコのコンプリート機能を発動させるって事?」
「ああ、差玉95000発を出すしかないんだよ」
現在のパチンコは青天井に玉が出る訳じゃない。
いくら当たろうと、規制以上の玉は出ないようになっている。
それが約95000発、今の規制のMAXだ。
1発四円だとして、手数料を考えても35万円にはなるだろう、これを達成するしかない。
「センパイ、出した事あるの?」
「……ない、巡は?」
「ない」
「だよな……だけど、それしかないんだよ!」
「コンプリートを目指すって、狙って出来る物じゃない。それに、仮にコンプリートさせるなら普段は打たないようなハイリスクハイリターンの台を打たなきゃいけない」
「それを俺達で探すんだ!」
「ちょ、センパイ」
巡の肩を掴み、彼女の目を合わせる。
確率にして1%未満であるコンプリートを本気で目指す為に、俺が目をつけたのは最強のハイリターンマシーン。
「540分の1のあの台に行くしか無い」
「わかったから、わかったからその……離して」
「あ、わ、悪い!」
巡に言われて手を離す。
彼女は少しため息をついて、スマホを開く。
「あの台を良調整で置いてる店はそう無い、何回か調べた事はあるけれど、基本的には店が有利」
「それならせめて……五分五分の勝負が出来る店を知らないか」
「調べないと分からない」
「俺も手伝う、だから、手伝ってくれ!」
巡はため息をまたついてから、俺の手を握った。
「なら、現地確認に行く、ついてきて」
「……いや、お互いに手分けして見に行く方がいいんじゃないか?」
軽く握られた手が、ギュッと強く握られる。
「女の子の気持ち、くみ取ってよ、センパイ」
少しだけ赤くなった巡の顔を見て、俺は彼女の言っている意味を理解した。
手を離そうと思ったが、彼女の手を振り払う事は出来なかった。
彼女の力が思ったより強かったのか、俺が無意識に力を入れてなかったのかは分からない。
「……じゃ、一緒に行くか」
「うん、センパイ、パチンコデートだね」
だけど、手を繋いでいたお陰で巡はずっと上機嫌だったから、これでよかったんだと思う。
巡と店の調査は終わった。
少し離れているが、ギリギリこっちが有利に戦えそうなホールを見つける事ができた。
「先輩っ! はい、どーぞ!」
「……なにこれ」
「今日のパチンコ代ですっ!」
そして俺は今、大学にいる。
あてらにも一緒に打って貰おうと思って、直接会って話をする為に彼女のいる食堂に来たんだが。
「女の子からパチンコ代貰ってるよアイツ」
「アイツって、確か二年の貸玉遊だっけ? クズじゃん」
いきなり、あてらから封筒を渡された。
そこには"愛する先輩のパチンコ代"と書かれていて、それをあてらは笑顔で渡そうとしている。
「あてら……その、これはいったい」
「今日のパチンコ代ですよ?」
「待て、そんなの受け取る訳には」
「え……受け取ってもらえないんですか? 額が足りませんか?」
周囲の目線が痛い。
特に女性からの目線はやばい、体中に穴が空きそうなレベルの目力だ。
「受け取る受け取らないじゃなくてだな、と、とにかくここじゃ」
「受け取ってくれない……私は必要ないって事ですか? こんなに好きなのに、先輩……受け取ってくれないんですか?」
男どもからの目線がやばい。
同じ男の俺には分かる、呪いと怒りのこもった目線だ。
このままここにいたら呪殺とかされるかもしれない!
「あてら! とにかく場所を変えよう、な?」
「……受け取って下さい」
コイツまったく動く気配が無い!
今にも泣きそうな顔で、お金を突き出しながら俺が受け取るのを待っている。
「わ、わかったよ……ありがとな」
封筒を受け取ると、彼女は満面の笑みを浮かべて、俺に抱きついてきた。
「先輩! 今日もお金を貢がせてくれてありがとうございますっ! この後場所を変えるんですよね、ホテルですか? 先輩の部屋ですか?」
そして爆弾みたいな発言をしやがった。
そのせいで俺とあてらは食堂から追い出され、その最中、悲しい寸劇を見ていた男どもからは小突かれて、女どもからは足を踏まれた。
「えへへ、先輩大好きです!」
「あはは……」
どこかに飛んでいきそうな意識をどうにか保ち、あてらと共に大学近くの公園に来た。
「お前何であんな事したんだよ……俺完全にヤバイ奴だと思われたじゃん」
「でもこれで、先輩を狙う女の子はこれ以上現れません」
「そりゃこんなヤバイ奴を好きになる女の子はいないだろうけど!」
「これ以上大好きな先輩を狙うライバルは増えてほしく無いんです、失礼な事をしたのは謝りますけど……本気で私は先輩が好きなんです」
「……わ、わかったから頭を上げてくれ!」
あてらは涙を拭いてから、俺の隣に座った。
周囲に誰もいない事を確認してからさっき受け取った封筒を彼女に返そうとしたが、あてらは一切受け取ろうとはしなかった。
「先輩に貢いだ物ですから」
巡の言ってた通り、めちゃくちゃ頑固だなコイツ。
「それで、メッセージじゃなくて直接会って話がしたいなんて……告白の答えをくれるんですか?」
「あっ、そうじゃなくて……実はな」
あてらに今の状況について話をした。
彼女は真剣な顔で俺の話を聞いてくれて、それでいて何かを言いたそうな顔をしている。
「それでだな、俺の指定した台をあてらに打ってほしいんだよ」
「えっと、確か前に目押ちゃんが言ってた打ち子ってやつですか?」
「そうそれ! 頼めないかな」
「先輩の役に立てるならぜひ! でも条件があります」
あてらの出した条件、それは俺の隣で打つ事と……。
「お願いします!」
「あー……その、えっとだな」
「私がコンプリートしたら、私を彼女にして下さい!」
そう、あてらがコンプリートしたあかつきにはには彼女を彼女にすると言う物だった。
「いやほら、前から言ってるけど俺には借金が」
「コンプリートすれば全て払えるんですよね?」
「……そういえや、そうだったな」
「先輩が私を受け入れない理由は学費が無いから、そう言ってましたけど、それ以外に何か理由があるんですか?」
「えーっと……」
無い、理由が何一つ無い。
だがここで後先考えない約束をすれば後でとんでもない事になるかもしれないし。
いやでも、この約束をしたとしてもだ、コンプリートなんて簡単に出来る物じゃない。
「わかった、約束する」
「ッッッ! 絶対、絶対ですからね!」
俺とあてらは指切りをして、約束をした。
まぁ、大丈夫だろ、うん。
「あ、ちなみに私が貸玉を連打して95000発分用意するのでも大丈夫ですよね?」
「うん、コンプリートって言ったよな?」
コイツ……35万出して俺を手に入れようとしてやがった。
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