幼馴染にチョコを送ろうとした私、何故か刺される
てすたろう
第1話
雪がしんしんと降りしきる夜、
頬を刺す冷たい風。
手の中でぎゅっと握りしめた小さなチョコの包み。
手袋越しでも伝わるわずかな温もりに、鼓動が早まる。
(大丈夫、きっとうまくいくはず……!)
◯
放課後、部活を終えた葵は、校門を出たところで友人たちに囲まれた。
ブレザーの襟を立てて寒そうにしている。
「絶対に上手くいくからね!」
「焦んじゃないわよー!」
そんな声が、冬の空に弾むように響いた。
冷えた指先を、首元のマフラーにそっと押し当てる。
けれど、心臓の鼓動はそれ以上に熱かった。
不安と期待がぐるぐると絡まり合い、胸の奥でさらに熱を帯びる。
(
背中に感じる友人たちの視線と、チョコの重みを抱えながら、葵は白い息を吐き、制服の裾をなびかせながら歩みを速めた。
片思いの幼馴染のために、何度も失敗を繰り返しながら作ったチョコレート。
その小さな包みをそっと抱きしめるように握りしめ、葵は展望台へと歩みを進めた。
展望台にたどり着くと、そこには誰もいなかった。
(陽翔はまだ来ていないか……)
ちょっと、残念な気持ちが白い息と共に吐き出される。
葵はカバンの中からスマホを取り出し、時刻を確認した。
18時30分。
約束の時間より、三十分も早かった。
(あー……こりゃ、私が早く来すぎちゃったな……)
思わず苦笑するが、胸の奥では鼓動が小さく跳ねている。
落ち着こうと深く息を吸い込むが、冷たい空気が喉の奥に染みた。
「……あとは、このチョコを渡すだけ」
言葉にすると、指先がふるりと震える。
カバンの奥にしまったチョコの包みを、そっと握りしめる。
シンプルなブラウンの小箱で、派手すぎず落ち着いた雰囲気を持っていた。
上には赤いリボンが丁寧に結ばれているが、よく見ると少し不揃いで、何度もやり直した形跡がうかがえる。
とはいえ、不揃いであることに変わりはない。
「もうちょっと綺麗に結べたらよかったんだけどなぁ……」
葵は小さくため息を漏らすが、もう結び直す時間はない。
(大丈夫、陽翔はきっと気にしない。……たぶん。)
心の中でそう言い聞かせても、不安はなかなか消えてくれない。
葵はふっと息を吐き、チョコをそっとカバンに戻した。
ただ渡すだけなら簡単だ。
けれど、それでは何の意味もない。
バレンタインは何の変哲もない日を特別な日に変えてくれる。
要は自分の気持ちを伝える。
そんな大切な日。
葵はそのように捉えていた。
だが、いざ、本番という時に声が出なくては話にならない。
葵は口を開き、予行練習のように小さく声に出してみる。
「……陽翔、これ、バレンタインチョコ……」
呟いた瞬間、口の中が妙に乾いた気がした。
この言い方は自分らしくないと感じたのだ。
「これは……その、義理じゃないから……」
ふと、握りしめた指先が微かに震えているのに気がついた。
義理ではないとは即ち、本命であるということ。
婉曲的であるにも関わらず、その言葉を自らの口から紡いだことが、ひどく気恥ずかしい。
それは、冬の冷気による震えなのか、それとも胸の奥で鳴り続ける鼓動のせいなのか。
自分の心さえ測れずに、葵はそっと唇を噛んだ。
葵は考えすぎるのも良くないなと思い、展望台の柵から街の風景を見下ろす。
降り続ける雪が、街の光を優しく包み込み、まるで夜空の星々をばら撒いたかのような美しさだ。
「まあ、こんなロマンチックを煮詰めたようなシチュエーションなら、鈍感なあいつでも大丈夫でしょ」
そうして、自らの気持ちを鎮めようとする。
けれど、その胸の内には、期待と不安が溶け合いながら揺らめいていた。
葵はそっと指先を伸ばし、リボンの結び目に触れる。
ほんの少し歪んだその形が、まるで自分の心の輪郭を映し取ったかのように思えた。
やがて、背後から足音が聞こえてきた。
足音が聞こえた瞬間、葵の指がピクリと震えた。
(きた……!)
息を飲む。
何度も頭の中で繰り返してきたはずなのに、今になってすべてが真っ白になる。
近づいてくる足音がだんだんと速まっていく。
それにつられるように鼓動も早くなっていく。
葵は思わず、ぎゅっとチョコの包みを握りしめる。
歪んだリボンが指先に触れ、胸の奥がちくりと痛んだ。
(リボンのことを指摘されたりしないかな……ちゃんと、言えるかな……)
彼が、すぐそこまで来ている。
葵は、ゆっくりと振り返った。
――――その瞬間、腹部に鋭い衝撃が走る。
時間が止まったかのように、世界が静寂に包まれる。
遅れて、じわじわと広がる痛み。
まるで、体の奥から何か大切なものが流れ出していくような感覚。
「……え?」
息が詰まり、喉の奥が焼けつくように熱い。
震える指先が、無意識にチョコの包みを握りしめる。
かろうじて、現実とつながる最後の感触。
視線を上げる。
そこにいたのは、陽翔だった。
目を見開いたまま、どこか遠くを見つめるような虚ろな瞳。
その手には、銀色の刃が握られていた。
雪の白さを引き裂くように、血の赤が滲んでいく。
こんな表情を、見たことがなかった。
そして、こんなことをするはずもなかった。
だからこそ、葵は困惑しているのだ。
(どうして……?)
疑問だけが、冷たく広がっていく。
体温がじわりと奪われていくのを感じながら、地面に崩れ落ちた。
視界が滲み、薄闇に溶けていく。
最後に、指の隙間から赤いリボンがほどけるのが見えた。
そして、意識はゆるやかに闇へと沈んでいった。
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