私のGMは悪いGMです

古宮九時

第1話 旅立ち


 青々と広がる草原。穏やかな丘の向こうにまで伸びる煉瓦の街道は、まるで御伽噺の一場面のようだ。

 軽く吹いていく風が、足下の草を揺らす。

 けど、私の頬には何も感じない。作りこみ甘いよ。でもそんなことは黙ってる。

『―― 今、作りこみ甘いよって思ったね?』

「思ってないから黙ってて」

 ええい、鬱陶しいな! このマンツーマン監視型GM! うざい! U・ZA・I !

『そんなにうざいを連呼しなくても……』

「だから勝手に人の心を読むなと!」

『さすがに心は読めませんー。君のアバターは140通りの表情出来るように作ってあるから、顔に出やすいんだよ』

「そんな仕様つけるなら、もっと便利能力ください」

 本当に使えない運営だよ……。もっとも、私に関しては使えないって次元じゃないんだけど。

 私は、草原の中を伸びる煉瓦の街道に、一歩を踏み出す。

 かつん、と硬質の感触が返って来て―― そのことに私は少し感心した。

 頭の中で、GMのドヤ声が響く。

『すごいでしょ。リアルでしょ。結構こだわったんだよ』

「……ほとんどのプレイヤーには関係ないのに」

 そう。このゲーム―― 『異世界転生フィドエリア』は、今βテスト中の3DMMORPGだ。

 作りこまれた美麗なグラフィックと、壮大な世界観と、生活感が売りのゲーム。

 ―― そしてこれはコントローラとモニタでプレイする普通のゲームで、いわゆる五感共有(フルダイブ)型のゲームじゃない。

 つまり、今この世界にいる99.999%くらいの人は、石畳の感触なんて感じていないんだ。

 ただ一人、私を除いては。


『君の為に実装したんだよ。エナ』


 私の足が、石畳を踏みしめる。

 銀色の髪に青い瞳。華奢な体に纏ったローブは魔法使いクラス特有のものだ。

 手には木の杖。そして目に見える世界は―― 何処までもリアルな造り物だ。

 私はGMの言葉に笑って、吐き捨てる。


「ふざけんな。家に帰せよ、誘拐犯」

『そんなこと言わないでー。がんばって僕の大事なテストプレイヤーさん』


 街道の入口に立ったまま、私は広がる世界を睨む。

 そんな私を追い抜いて、初心者のパーティーが街道を走っていった。

 ボイスチャットの会話が漏れ聞こえる。

「おー、すげー景色きれー!」

「あんまり走らないでよ。3D酔いするから」

「ちょい、コーヒー淹れて来るから追従させて」

 楽しげに駆けていくプレイヤーたちは、今頃それぞれコントローラー片手にこのゲームを楽しんでいるんだろう。

 ―― このクソGMに最初のログインと同時に拉致監禁されて、この世界にフルダイブさせられてる私と違って。


『今、このクソGMって思ったね』

「思った。思ったとも」

『ままならないよね。君としては、この世界から脱出するためにゲームクリアを目指すしかない。―― でも、それは僕のテストプレイ成功を意味する』

「うん。今このゲームをやってるプレイヤーを、全員ゲームの中に監禁してみたいっていう、犯罪的な野望を叶えるためのテストプレイだよね。死ね、迷惑なド変態め」


 心からの罵詈雑言は、けれど他のプレイヤーには「エビフライ! エビフライエビフライ!」としか聞こえないらしい。

 都合の悪い発言は全てエビフライに自動変換される。おかげで以前パーティ組んだ人間からは「エビフライ女」とか言われてる。

 私はまともだっての!!!

 狙われてるのはあんたらなんだぞ!!


 と言っても、伝えられないのでは仕方ない。何もかも悪いのはこの犯罪者だ。

 私は杖を握りしめ、一歩を踏み出す。

 この胸糞悪いテストプレイをクリアし、現実に戻るために。

 そして、死ぬほど性格悪い犯罪者の顎を、渾身の力で割り砕くために。




              ※




 ゲームは昔から好きだった。

 いわゆるライトユーザーってやつだと思うけど、話題の新作やβテストに定期的に手を出してみるくらいには好き。

 もっとも、学校の友達はスマホ以外でゲームやらないし、オンラインでもゲーム友達っていうほどの人はいない。

 それは私のプレイスタイルが「浅くさらっと」だからだと思う。

 決まった人と協力していかなきゃならないほどにはやりこまないし、かといって交流が好きなわけでもない。

 だから『異世界転生フィドエリア』のβテスターに応募したのも一人でだ。

 そしてそこで、奴に目をつけられた。


 奴の名前は、「GM」。

 ……これ、名前じゃないと思うんだけど、教えてはくれない。そりゃそうだよね、犯罪者だもんね。

 おそらくは、フィドエリアのGMの中の一人で、開発に関わってる技術者だと思う。

 ここの運営会社は「イコチャ」って言うんだけど、イコチャの社員の一人なんだろうな、って私はあたりをつけてる。

 そしてこいつは、βテストにログインして、キャラを作るなり意識を失った私の前に突然現れたんだ。

 ―― リアルでも、仮想の中でも。


 3DMMORPGを始めたはずなのに、気がついたらゲームの世界にいた。

 そんなことが現実に起きたら、まず人間思考停止する。

 だから最初にフィドエリアの街中で目覚めた時、私もしばらく呆然として、何がなんだかわからなかった。


 そこから、自分が「ゲーム内にいる」と自覚するまでの混乱は、正直思い出したくない。

 あれを、このクソGMが笑って見てたと思うと腸煮えくり返る。何度「この性悪が!」と叫んでも叫び足りない。

 あいつは結局、私が半日をかけて泣き喚いて駈けずり回った先に、顔の見えないローブ姿で現れたのだ。


『君は、僕のテストプレイヤーなんだよ』

「……テストプレイヤー?」

 そんなものは、当たり前の話だ。私は、私たちはテストプレイヤーとしてこのゲームにログインしている。

 でも、この世界で私だけが、ゲームの中に閉じ込められている。

『そう。君は今、フルダイブ用の筐体に接続されてる』

「フルダイブ用の筐体って……そんなもの持ってない」

 私が持っているのはあくまで家庭用のゲーム機で、そんな高価なものとは縁がない。

 第一、これが悪夢じゃなくてゲームのテストプレイなんだとしたら、その筐体は一般公開はされてないレベルのものなんじゃ。

 だってゲームニュースでだってこんなの聞いたことない。

 私がそう思っていることを、ローブ姿のGMは分かったらしく、くすくすと笑う。

『本当だよ。君には、僕が将来やることのための実験を手伝ってほしい』

「実験? って……」

『簡単だよ。僕はこのゲーム世界に、全てのプレイヤーを監禁したい』

「…………」

『監禁して、みんなが君みたいに混乱して半べそかいて、結局戦うことを決意したり挫折したりしてどろどろしたり燃える展開になったりするのを見たい。そんな彼らの前に悪の黒幕として名乗りを上げたい』

「…………」

『だからそのために、試しに一人ゲーム内監禁して、何か問題がないかテストプレイしてもらいたい。気づいてないだろうけど、君がログインした瞬間、気を失うよう画面に細工をしてあったんだよ』

「…………」

『君の住所は応募時に登録されてたから、ログインするのを見計って家を訪ねて、体を運び出したんだ。夏季休暇中の大学生の一人暮らしって不用心だよね……。あ、今はちゃんと筐体の中で安全に眠ってるよ。点滴と導尿も完璧です』

「…………」

『そんな感じなんだけど、テストプレイを始めて今の段階で何か気になったことあるかな』

 ローブの男は、頭の上に「?」のアイコンを出す。

 平和なファンタジーの町並みに、よく似合う光景。

 私は息を深く吸い、そして言った。


「あるに決まってんだろおおおが、このクソGMがあああああ!」


 心からの絶叫は、広い街に「エビフライイイイイ!」として響き渡った。




             ※



「それで、テストプレイクリアの条件が、このフィドエリアであんたのアバターを見つけること、とか……」

『今も待ってるよー。見つけてー。早く見つけてー』

「頭の中で騒ぐくらいなら今すぐ眼前に来い。来て土下座しろ」

『エナ、こわーい』

 こいつ……外出たら絶対殴る。本当に殴る。

 ともかく、ゲーム内監禁で必要なのは平常心だから、私は街道を進みながら深呼吸した。

 悪の黒幕になりたい! なんていうくらいだから、きっとそれっぽいところにいるんだろう。

 高難度のダンジョンか、限定エリアのタワーか。どっちにしても今のレベルじゃ無理だし、ソロでも駄目。

 ソロでのまったりプレイが好きな私だけど、そうも言ってられないから、レベルを上げつつ仲間を探す、しかない。

 私は木の杖をぶんぶんと振り回しつつ―― ふと、あることを思いついて聞いた。

『そういえば、ダメGM』

「なにー?」

『なんで私を選んだの』


 夏季休暇に入ったばっかりの大学生。

 バイトもしていないし、帰省もしない。

 それは確かに絶好の条件なんだけど、それだけで決めたの? 私の運が悪いだけ?


 私の質問に、アホGMは嬉しそうに返してきた。

『ほら、βテスト応募の時に、いくつか質問があったでしょ?』

「あった……けど覚えてない」

『あれの最後に、こういうのあったんだよ。―― あなたは、ライノトベルやネット小説を読みますか? って』

「ああ、あれか」

 そう言えばそんなのあった。で、「いいえ」って答えた。だって読まないから。

『あれが決め手と言えば決め手だったんだよ。だってゲーム内監禁ってラノベだと結構出て来るんだもん。でも僕のテストプレイヤーにはそういう先入観なしでプレイしてもらいたかったからね。おかげでエナちゃんと会えてラッキー!』

「……現実帰ったら読むわ。二度と変態GMの目に留まらないように」

『君の感想を楽しみにしてるよ』

 ふっと笑う気配がして、頭の中が静かになる。

 ここから先は、観戦モードということだろう。もしくはGMも休憩タイムか。いいよ。その間に進むから。

 初期装備の杖を握りしめ、私は青い空を見上げる。


『突然ゲームの世界に閉じこめられた、エナ・リリタ。一人旅立つ彼女はこの世界で、何を思い、何を為すのか―― 』

「お前をぶん殴ろうと思ってそれを為すよ!」


 勝手にナレーションつけるなクソGM! いいから昼休憩でも行ってろよ!


 そんな感じで、私の最悪な旅は始まった。


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