今の自分に出来る償いを

それからどれぐらい時間が経ったんだろう。俺は座り込んでいた体勢からゆっくりと立ち上がった。


償わなければ。俺がルイスにしてきたことに対する罪を。だからと言って許されることはないだろうけれど。でも、もう少しで最大の過ちを犯すところだったのに気がつけた。大事な愛しい半身とも言える双子の弟の命を奪うという行為だけは防げたのだから。


そこだけは誇っていいよな。

完全に堕ちたわけじゃないんだと。


そう考えつつ、償うと言ってもどうするべきかと思案する。まずは父上に話をして、グレイシス王子との婚約を解消してもらおう。そして俺の代わりにルイスを婚約者にしてもらえば、何の問題もなく国王側にも受け入れてもらえるだろう。元々は俺かルイスのどちらかをという話だったのだから、俺がグレイシス王子に好意を抱いていることを知っていたルイスが俺を婚約者にと押してくれたから決まったことだった。


婚約者が俺じゃなくてルイスになったと分かればきっと、グレイシス王子も喜んでくれるだろうしな。


そう考えてふと脳裏に浮かんだのは幼い日の、まだ幸せだった頃の出来事。まだ幼い俺と、グレイシス王子はその時は仲は悪くなかったんだ。ルイスに出会う前のグレイシス王子に俺のことをまだ大事にしてくれていてたまに笑いかけてもくれていた。


『ラルフ、大好きだぞ。これからもずっと一緒に居ような』


笑顔でそう言って手を差し出してくれた幼い頃から既に美しかった銀色の髪に紫水晶の瞳を持った、俺の大好きで大切な王子様。


懐かしい思い出のその姿に少しだけ胸が痛まないわけでもなかったけれど、もう俺には彼の愛を望む資格などないのだと自覚したから大丈夫だ。だから婚約破棄については問題ない。ただ、問題となるのは俺の処遇だ。俺がルイスに下らない醜い嫉妬からさんざん嫌がらせをしてきているのは、兄上達も父上達も当然知っていた。


その結果現に兄二人、ブライアンとレギウスからは嫌われていたし、現公爵である父上も、あまり表には出していなかったものの目の上のたんこぶ的存在に感じていただろう。けれど絶縁を言い渡されなかったのは、お父様が庇ってくれていたことと、俺が王子の婚約者であったから。


そして、俺は自分の容姿と貴族としての高い身分を盾にして好き放題してきていた気位ばかり高く我儘で、学院にいた時もグレイシス王子に気に入られることばかりに気を取られ、他の身分の低い生徒達には偉そうで傲慢に接するような最低な貴族令息だった。その上でルイスを苛めていたんだから、本当に質が悪い。


そんな俺とは反対に、ルイスは心優しく、貴族だからと言って身分をひけらかしたりはせず、身分の低い者達とも対等に付き合っていた。困ったものがいれば進んで手を差し伸べ、間違ったものがいたらそれが年上であろうと抗議する強い正義感を持っても致し、俺がいくら苛めていても俺を許し、俺を庇う側に回って俺に詰め寄るグレイシス王子達から俺のことを護ろうとしてくれていた。


その行動さえも俺は鬱陶しく感じていただけだったなんてな。


本当に、何故俺が愛されると思っていたのか、自分の愚鈍さ浅はかさに笑えて来る。そう考えて、軽く溜息をついた後再び俺は俺の処遇について考えだす。出来れば絶縁して国外追放でもして欲しいところだが、父様が悲しんでしまうだろうしルイスも反対するだろう。父上は二人に特に甘いから、二人に反対されたことと、体裁を考えて承諾してくれないかもしれない。もし、俺が本当にルイスを手にかけていたなら解らなかったが。


なら、どうする?

考えろ、俺。


自分の醜く歪んだ心に気がついてしまった以上、平然として今の立場ではいられない。今は反省していても、またあのどす黒い思いに支配されてしまうかもしれない。俺は弱い人間だから。そんなことになれば、今度こそ俺は醜い嫉妬に駆られてルイスを手にかけてしまうかもしれない。


「そんなこと絶対に出来るものか……っ!」


ルイスは俺が護る。

あの雷の日にルイスが誓ってくれた時に、俺も誓ったんだ。

この愛しい弟を、俺の半身ともいえる存在を、全力で護るんだと。


弱くて浅はかな俺はそのことさえも忘れてしまっていたけれど、ちゃんと思い出したから。もう二度と忘れはしない。ルイスは今度こそ俺が護る。俺自身の醜い心から。二度とあいつを悲しませるようなことは、幸せを壊すようなことはしない。


だからこそ、俺はあいつの側に居てはいけないんだ。離れなければならない。この醜い嫉妬心から完全に開放されて、以前のように心の底から愛しい弟だと思えるようになるまで。唯一無二の双子に戻れるまでは。だからそれまでは謝ることも許しを請うこともしない。今の俺が何を言っても信じてはもらえないだろうから。


であれば、俺は遠い場所から密かにルイスの幸せを祈ろう。


考えて、はっとする。祈る、そうだ。修道院に行くというのはどうだろうかと。この国には修道院は女性だけでなく男性用のものも設立されている。王都からは大分離れた辺境の地にあるらしいけれど、今の俺には丁度いい場所だった。王都から離れて静かに神に祈りを捧げ、今までの懺悔をしルイスの幸福を祈る。そうしていれば、きっとこの醜い心も何時しかは消えてくれるかもしれない。


それに俺が修道士になれば、父上も俺の縁談相手に頭を悩ませることもなくなるしな。元々俺ももう二度と誰かに愛情を持つつもりはなかったから、丁度いい。もしまた誰かを愛してこんな醜い感情を持ってしまっては意味がないから。俺は元々人を愛せる体質じゃなかったんだ。俺の愛情は神様にのみ注ぎ捧げる。そうしていればきっと神も深い慈悲によってこの醜い心を浄化してくれるはずだ。


その時こそ、俺もルイスに心から謝罪することも出来て、もう一度双子として接することができるはず。なんて考えてしまえば、これが一番の最善策のように思える。家の体裁も護れるし、父様が悲しむこともない。ルイスは反対するかもしれないが、そこは父上と父様が説得してくれるだろう。やはりこれしかないなと思えば、ぐっとこぶしを握り締めた。


よしっ、決めた!

俺は修道士としてこれからは修道院で静かに余生を暮らす!

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