第8話

 わたしが前世の記憶を取り戻したのは、数週間前。階段から誤って足を踏み外してしまい、それから三日間眠り続けたのがきっかけだった。

 前世で兄だった紅輔も転生しているが、記憶は無いようだった。


 「……なるほど。紅輔は覚えていないのか。まぁ、ある意味では良かったのかもしれない」

 「え? それって、どういう意味?」


 身分を明かした事で信頼を得たトーイはアニモ含めて護衛達を見られていると落ち着いて話せないから、少し離れて欲しいと話をする前に人払いをしていた。だが、陽が暮れかけた店内にはまだ客がまばらに居たからか、小声のまま話を続ける。


 「ラビルちゃん、この世界は……小説の中と同じ。つまり、俺達は小説の世界に転生してるんだよ」

 「あぁ、小説の中に…………転生!?!?!!?」


 突然のわたしの大声にしーんと店内が静まり返る。


 「失礼。先日読んだ本の内容で盛り上がってしまいましてね。どうか気になさらず」


 素早くトーイが席を立って矢のように浴びる視線に軽く一礼をすれば、視線はわたしからトーイに入れ替わる。


 「あ! あれ、シラセフ家のトーイ様じゃない!? カッコいい~!」

 「本当だ! やっぱり、素敵!」


 今度は違う意味でざわざわと周りが賑やかになってきてしまい、これは予想外だったのかトーイが珍しく困ったように苦い笑みを浮かべた。


 「トーイ様は人気者だねー」

 「おいおい、様付けなんて寂しい呼び方はやめてくれよ。トーイでいいって」

 「いやぁ、この世界でさすがに異性を呼び捨てはダメでしょ。まぁ、トーイ君ならいっか。……てか、それ! 小説の中に転生って本当なの……?」


 危うくまた大声で話してしまいそうになるのを何とか小声に抑える事に成功したわたしは、先程の話に話題を戻す。


 「本当だよ。あみが好きだった小説、覚えてないか?」

 「あみ姉が好きだった小説? ……恋愛小説が好きだって言っていたのは覚えてるけど、細かい内容までは……」


 そう、あみ姉は無類の恋愛もの大好きっ子でお小遣いをよく恋愛小説やゲームに費やしていて、とも兄はよく飽きないなと呆れていたものだ。


 「そうか。じゃあ、軽く説明するよ」


 そう言って、トーイは鞄の中から紙の束を取り出した。どうやら、トーイは物心ついてすぐに前世の記憶を突然、思い出して忘れないように何度も紙に書き直しているようで、今持っている紙も何度書き写したか覚えていないんだ、と笑った顔があまりに切なくてラビルの胸が痛んだ。


 「……ほんの少しの期間でも、私はお兄ちゃんが記憶無くて寂しかった。トーイ君は私なんかより、長い間ずっと寂しかったよね」

 

 わたしの言葉にハッとしたような顔をして一瞬、青の瞳が悲しげに潤んだように見えた。


 「いいんだ。……きっと、これは俺が受けるべき罰だから」

 「受けるべき罰って?」

 「まぁまぁ! ほら、本題に移ろう」


 言及しようにも明らかに聞かれたくない様子のトーイに、そのうち話してくれるのを待とうと決めたわたしは机の上に置かれた紙に目を通す事にした。



 

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