第12話「友達以上恋人未満の君へサプライズ」



 十二月八日


 昨日はアキラを本気で怒らせてしまった。あれは俺が全面的に悪い……。


 駅近くにある路地裏の喫茶店。クリスマス商戦に賑わっている表通りと違いイベントとは無縁の裏通り。


 放課後、アキラへ謝罪するため訪れる。時間帯的に客は俺達だけだった。

 俺はそれを良く知っている。

 ここは短期でよくお世話になっているバイト先だからだ。お客で来るのは初めてなので落ち着かない。

 

 モダンカフェ、『腐ったりんご亭』。木造で統一している大正ロマンあふれるレトロ調の店内。店名に反して清掃が行き届いている隠れた名店だ。

 貫禄あるアンティークな柱時計からはカチカチと秒針の音が刻まれる。


 ロマンスグレーがしっくり来る寡黙のマスターが珈琲をテーブルへ置くのを皮切りに、「直助ごめん!」 少女は頭を下げる。


「アキラ?」 

「昨日馬鹿なことやった。反省している。最近直助の様子がおかしかったからつけていたんだ。トラブルに巻き込まれていたら大変だからさ。私も関わっている以上無視できないじゃん」

「いや、アキラは悪くない。俺が逆の立場でもキレていたよ。心配してくれていたのにアキラの気持ちを組んであげられない俺が馬鹿だった」


 昨日、アキラは噂のことで誰かに絡まれないか心配して来たらしい。大事になっていたら全力で止めるつもりだったとか。

 それなのに嘘ついてまで女の子、しかも親友の大久保と楽しげにランチしていたらそれはキレるわ。


「あの時は気が動転していて妙なことを口走っただけ。コトブキと交際する訳がないのに秘密裏に会っていたから裏切られた気分になって……」

「俺はお前を裏切らない。それは保証する。親友として信じてくれ」


 うんと頷くもアキラは笑顔だがいつもの天真爛漫と違い何処か無理している。


「隠していた訳はコトブキから聞いたけど、名誉挽回の為、クラスのクリスマスパーティーでサプライズ企画しているんでしょ? 話してくれれば私もそれなりの対応したのに水臭いよ」

「……………!? ア、アキラに心配を掛けたくなかった……」


 まじか…………おいおい大久保よ、本当の理由を隠して機転を利かせているつもりだろうが、それは無茶振り過ぎるぞ……。陰キャラぼっちにそんなもん自殺行為だ。スベる未来しか想像できん。


 それにしても、よりにもよってヤマトナデシコと俺が付き合っているはないだろう? 全く持って俺と釣り合いが取れない。大久保は真面目すぎて肩がこる。


「うん。コトブキにもクドクドと説教されたよ。猛反省してます」

「だろうね」


 俺の持っている手鏡を使ってアキラを映す。目の隈と癖毛が目立っていた。スッピンで来るほど余程堪えていたとみえる。

 

 手で髪を触れると、「直助のばか! もっと早く教えてよ!」漸く気がついたアキラは紅くなり慌てて化粧直しへ。


 スペックが高いからそれでも可愛いけどな。


 ——しばらく後。

 マスターがお代わりを奢ってくれたからまだここで寛ぐ。

 わだかまりが溶けたから二人で雑談に花を開いていた。


 こうしてマジマジと観察するとアキラは美少女だ。しかもかなり上位クラス。

 猫系切れ長の目、均整のとれた顔立ちで表情豊か。身体はスレンダー。それを鼻にかけず周囲の気遣いも出来てファッションにも気を配っている。

 これで男達が放って置くわけもなく、何度も交際を断っている学年一の撃墜王。


 そんなアキラと親友になったのは奇跡だ。気取らずそのままの俺を受け入れてくれるから相性もいい。

 この関係が永久に続けばいいと願っている。だから——

 

「アキラやっぱり一旦離れないかな? 周囲の冷却期間必要案件だ。人の噂も七五日。それまで我慢しよう」


 一旦リセットしたところで、話を本題へ移った。


「えええ? ……………分かった。納得できないけど納得した。私達が動けば動くほど大事になりそうだもんね」


 その方が俺も本来の目的の為に動きやすい。その代わり、LINEのやりとり強化や毎朝一緒の登校など条件を出された。俺の親友は交渉上手。


「アキラありがとう」 

「私がいかない間に憩いの直助部屋がまた怠け者によって汚染されないか心配だわ」

「努力します。でもあんなに焼き餅焼いてくれるなんてな、違う側面のアキラを堪能できて満足」

「直助まじキモい!」


 こうして閉店まで楽しい談笑が続いた。それに珈琲一杯で数時間粘っても許してくれたマスターに感謝を。


 十二月十四日


 あの一件以来アキラは俺のアパートへ来なくなった。それどころか学校でもあからさまに俺を避ける。

 加えクラスの席替えで離れたから尚更だ。でも計画通り。冷めたのは上辺だけでLINEでは濃い交流を続けている。


『どう? どう? 今日のコーディネート。可愛い?』

『可愛いっす。虎柄エプロン✕制服✕現役JK、大坂のおばちゃんみたいな見事な組み合わせ』

『それ褒めてる?』

『無論。べた褒め』


 アキラの自撮りとその感想。

 これの繰り返し。気軽に交信する手段が限られているので残されたコミニケーションツールを最大限に利用。スマホの画面が休み無く彩っていた。


 真実を告げれば済む話なのだが、あのことはまだアキラには秘密にしておきたい。これまで準備していたことが全て水泡に帰すからだ。

 把握しているのは親友を驚かせたいことで一致している西郷と大久保のみ。一蓮托生というか運命共同体。


 なので、


「——もらい!」 

「あ! 西郷何しやがる⁉ 最後の楽しみに取っておいたやつ!」


 アキラとのやり取りで夢中になっている間に、きつねうどんのおあげちゃんを西郷に強奪させる。


「井伊ぽん、ここにも本物の美少女がいるのにそっちに夢中ってどういうことかなかな?」

「自分で美少女って、言っていてはずかしくないか?」

「正直はずかしい……」

「じゃあ使うなよ」


 今は昼休みの食堂。バイト先でチップを奮発してくれたお客様がいたのでありがたく食費に当てさせてもらう。

 なのに匂いを嗅ぎつけ、差し向かいに陣取った飢えた狼へメインディッシュを横取りされてしまう。由々しき事態。午後のモチベーションへ大いに影響する。


「それで井伊ぽん、例のブツも手に入れたし今後の展望は?」

「西郷が俺に謝罪をすること」

「ウチにも手伝うことはないのかな?」

「なら西郷が俺に土下座して二度としないと誓う」

「はいはい。しつこい男はモテないよん」


 俺を口の中に食べかけ板チョコレートを放り込まれた。甘い。 


「元々ボッチだし別に構わないさ」

「ウチの食べさしはレアだからね。これで貸し借りなし」

「確かに……食いしん坊だもな。飲みかけや食べさしなんてあるわけもないか」 

「うっさいわ!」


 俺の頭をポカポカ叩く。陸上部のエースだけあって筋力あるからまじ痛い。

 それにしても流石は陸上部、鍛え上げた凄いプロポーション。ジャージの上からもくっきり出るところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいる。


「冗談はさておき、アキラに驚くサプライズをしたい。何かいいアイデアはないか? 女の子の視点で考えくれ」

「うーん、難しいね」

「物は用意したんだ、あとはシチュエーション」

「なるほど。でもウチも陸上一辺倒だったから大した力にはなれないよ」

「聞き方を変えよう。もし自分だったらどうする?」

「ウチだったらかぁ……」


 あ………と声を出す西郷。何か閃いたようだ。


 それはそうと、先程からすごい視線を感知する。外の窓からアキラが仲間になりたそうにこちらを覗いていた。まるで飼い主が出勤時ベランダの窓から見送る飼い犬の様だ。


『何をじゃれ合っているのかな?』


 不満そうに口パク。


「俺のきつねうどんの揚げを奪われた」

「へへん。井伊ぽんのものはウチのモノ」

『いいなー仲よさそうね。羨ましいなぁ』


 アキラは口パクで不満を表明。

 風船のように頬を膨らませていた。可愛い。


 決戦は十二月二十四日。

 クラスによるクリスマスパーティー。


 いつも世話になっているアキラにささやかながら恩返しをする。

 失敗は許されない。

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