第4話

「それではトリックを説明しましょう」


 探偵の真似事などしたくはないが、どうしてもこの言い回しになってしまうのは仕方がない。とりあえず、さっさとこの下らない事件にケリをつけて帰りたい。


 ミス研として今までの証拠や俺達の行動をスマホに箇条書きする相馬先輩を横目に、床に散乱する小道具の中から棒?ステッキ?を拾う。マジシャンが持つ物よりは長く、物干し竿よりかは短い用途不明の棒だ。


「それは・・・百均で買った突っ張り棒だね。文化祭で使ったあまり物を貰ったんだ。それで?その棒がどうした?」

「これが密室の鍵です」


 棒を筋交すじかい状に斜めにして、扉のスライド面に立てかける。棒はつっかかり、扉は開かなくなる。


「時代劇とかで見ますよね。鍵がない時代の内側から鍵をかける方法です。確か、心張しんばり棒とか言ったかな?犯人はこれで扉に鍵がかかっていると


「思わせた?」


「はい。犯行の過程はこうです。まず、犯人はこの部室に隠れていた。そこにチョコを持った相馬先輩が来て、チョコを置く。大沢先輩を呼びに、相馬先輩は部室を出る。もちろんここではしっかりと鍵をかけて出ていきます。しかし犯人は部室の中にいる。外から鍵を開ける必要がない。誰もいない部室からチョコを持って悠々と退出するだけで盗難は終了です」


「しかし、僕が帰ってきた時には鍵が閉まっていた。つまり犯人は外から鍵を閉める手段を持っていた。そこはどうする?」


「そこで突っ張り棒です。ただ単純に、棒をこう扉につっかえるようにセットして出る。人が鍵の開閉の有無を確認する方法は主に一つだけ。扉が開くか開かないか。つっかえ棒によって開かない扉を、相馬先輩は鍵がかかっていると誤解したんです」


「つまり、本当は開いていた、と言いたいんだね?」


 扉は閉まっていた、でも鍵は開いていた。


 その見解で良いと思う。頷く俺を見ながら相馬先輩は眉間に皺を寄せる。スマホにタイプした俺の推理を確認する。その横で大沢先輩は「はあ〜なるほど」と相槌を打っている。


 さあ真相に近づいてきた。

 完全解決まで後一歩だ。


「疑問が一つ」


 相馬先輩がやっとタイピングを止めて尋ねてくる。俺の推理に矛盾を見つけたようだ。


「外から突っ張り棒をセットするのは不可能だ」

「いえ、できます」


 棒を持って外に出る。扉に向き合う。そして右側の扉を開け、閉まっている左側の扉と壁の間に、棒を筋交い状に斜めに立てかける。棒がしっかりと固定されたのを確認し、そーっと右の扉を閉める。


「はい。これで扉は開きません」

「いやいや。左側、つまり君から見た右側の扉は開くじゃないか」


 部室の中から相馬先輩の突っ込みが入る。そして支離滅裂な理論を否定する顔で、つっかえ棒で固定されていない方の扉を開ける。もちろん今の一連の流れで誰も鍵に触っていない。


「はい。片方の扉は開きます」

「じゃあ推理の破綻だ!」

「開けましたか?」

「え?」

「相馬先輩。貴方は部室に戻ってきて、廊下側から見て右側の扉を開けましたか?」

「・・・・・覚えてない」


 相馬先輩は自信なさげに俯く。


「相馬先輩。貴方は戻ってきた時、扉の小窓を通してチョコが消えているのを見つけた。慌てた貴方は急いで鍵を開け、僕から見て左側の扉を開けようとした。しかしつっかえ棒によって扉は開かない。開かない扉に貴方は思う。鍵を開けたと思ったら回し過ぎてまた閉めてしまった?と。何回か鍵を回しながら扉を開けようとする。その揺れで棒が落ちる。そして扉が開く。はい、先輩の視点からは密室の盗難事件の完成です」


「・・・・・」


 相馬先輩は黙る。そしてまた指を動かしスマホに入力を始めた。

 俺の推理にもう疑問はないようだ。納得してくれたようだ。


「あれ?相馬そんなに慌ててたっけ?チョコが消えたって騒ぎ出したのも部室に入った後だったじゃなかったか?」


 今度は大沢先輩が疑問を呈する。しかしそれは相馬先輩自身が説明する。


「いや、実は内心焦ってたんだ」

「鍵もカチャカチャしてたか?」

「・・・ああ」

「そうか・・・そうだったか?」

「ああ」

「ふ〜ん・・・じゃあ!朝比奈君。密室のトリックは分かった。じゃあ犯人は誰だと思う?」


 そうだ。そうなのだ。

 この事件を完全に解決するには犯人を提示しなければいけない。そして盗まれたチョコを探し出す必要がある。


 そしてこの事件の犯人は、今までの証拠から簡単に割り出せる。


 が簡単に割り出せるだろう。


 これは自慢でなく、この事件の解決には俺の視点に立つ必要があると言う事だ。


「俺の推理では、犯人はこの部室にあらかじめ入れた人物。つまり今日この日、相馬先輩がチョコを貰うとあらかじめ知っていた人物。そして先輩が日常的に左側の扉から部屋に入ると知っている人物。つまり犯人はーー」


「犯人は??」


「犯人は、存在しません」


 実に、実に無駄で無意味な時間を過ごしてしまったと我ながら思う。

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