第29話―剱

 ―――――――――――――――――――――


『こちら草薙。聞こえるか』

 通信機から草薙の声が聞こえる。

「ああ」

『所定の位置には着いたか』

「でかい観覧車とでかいロボのフレームが見える」

 本牧埠頭。暴風に波が荒れ狂い、港は激しい雨に打たれていた。

『では、任務を再確認する。お前には真代島に直接乗り込み、エルハイルを確保して貰う』

「……」

『今回、我々吾妻高校生徒会、自衛隊、RExはこの件に関して同盟を組むこととなった。

 話した通り、我々は主戦力を防衛及び警戒に回す』

「よくも連携が取れるものだな」

『国民の保護のためだ。交渉は紛糾したがな……真代島に関しては海外の軍隊様にお任せしたいところだが、そうもいかない。先日行われた国際会議の結果通り、多くの国の軍が一応協力を決定し、スフィアフォース……地球連合として真代島に向かっているのだが。

 まともに連携が取れていない上、要塞の防御力は鉄壁だ。航空・海上・海中戦力のいずれも接近出来ていない』

 嵐のような風雨に晒されながら、埠頭の先端へ歩んでいく。

『まあ接近出来たとて、エルハイルに会うまでに撃破されるのが関の山だろう。そこで異形の超人たるお前の出番なわけだ、依途』

「バケモノはお前も同じだろ」

『俺は指揮をとらねばならないからな』

「剱は。俺より強いだろ」

『あいつなら指示を待たずに突っ込んでいった。猪め』

 組織に向かない女である。

『真代島までの接近方法だが……泳げ。先ず唯一封鎖されていなかったその埠頭から海に飛び込み、海中を移動して真代島に辿り着くんだ』

「簡単に言ってくれる……」

『変身すればどうってことはない。潜水艦や潜水艇は漏れなく発見、撃破されているらしいが、泳ぎなら問題無いだろう。クロールでも平泳ぎでも犬かきでも好きにしろ』

 先端に辿り着く。荒れる波が爪先を濡らした。

『さぁ行け。世界を救ってみせろ、英雄』

 変貌する。酷く冷たい水の中へ。


「……」

 冷たい海から這い上がり、真代島へ上陸する。纏った海水を洗うように雨粒が俺を叩く。

「こちら依途……上陸したが?」

 返信は無い。通信機は壊れていた。

「チッ……」

 周囲に一切人はいない。要塞島というだけあって多数の兵器が置かれているが、どれも大戦時の遺物のようだった。前方、島の中心には目的の要塞が見える。その上部、マズルフラッシュやビームの光と音が滝のような雨の向こうに見える。ここからは見えないがスフィアフォースを迎撃しているのだろう。

 一方島内に展開されているのはプロペラ共だけのようだ。巡回しているが回避は容易である。一気に駆け抜け、壁面の薄そうな所をぶち破って侵入した。

「…………そういや南のやつがここは世界遺産だとか言ってたっけ」

 まぁ、建物に気を遣ってやる余裕もない。内部を見渡すとマニアが喜びそうな内装や機材の数々に満ちていたが、生憎俺は歴史にもミリタリーにも疎い。弱っちい銃を撃ってくるドローンをはたき落としながら進んでいく。本当に敵の本拠地なのか疑わしいほどに無防備だった。あの大艦隊が上陸してくることはないと踏んでいるのか、それとも……

 警戒を強めながら進んでいく。薄い雨音と自分のある音だけが聞こえていた。

 階段。エルハイルは最上階にいるらしい。登っていく。

「…………」

 本当に罠の一つもないのか?

 一歩踏み出すごとに疑念が強くなっていく。大体、エルハイルとやらの行動理由も不明だ。世界を滅ぼしたい理由があって、滅ぼすだけの力があるのなら早くそうすればいいのである。「塔」に本来文明を滅ぼすだけの力はないのではという推論が会議にも出たが…………

 諸々考えるに、このゲーム自体に意味が、エルハイルの目的があるのではないか。ヤツが快楽主義者か精神破綻者でない限りはあり得そうだ。もし異形の存在を知っているなら、単独潜入の可能性も考えるだろう。その上でこんなザルな警備を敷いているのなら……踊らされているのなら。

 ……なら俺は、ヤツの描いた物語の駒でしかない。


「来たか」

 声の方。これから登る階段の上に剱がいた。俺のいる踊り場を見下ろしている。

「もう着いてたのか」

「当然だ」

 一歩ずつ、こちらへ降りてくるその音が反響する。

「待っていたんだよ」

「は?」

 踊り場を踏んで俺に寄る。

「自衛隊も生徒会も気がついていない。『誰が物語を書いているのか』」

「?」

「答えろ。ヤツは何故こんなことをしている」

「ヤツ? エルハイルか? そんなの俺が……」

「とぼけるなよ。エルハイル? そんなヤツはいない」

「じゃあ誰だって言うんだ……」

「……本気で言ってるのか?」

「は?」

「ヤツが誰か、本当に分からないのかと聞いている!」

 叫ぶ。エルハイルが誰か俺が知ってるとでも言うのか? そんなはずが無い。見当もつかん。

「お前の部活の部長、ここまで言って分からんか?」

「部活?…………帰宅部に長はいないはずだが」

 俺、部活になんか入ってたか? んな馬鹿な。俺はおおよそあらゆる活動が嫌いなのだ。

 怒声を上げていた剱が一転、考え込むような表情をした。眼光は鋭いままだが視線が低く下がっている。

「…………全て、……が仕組んだことか」

「おい、よく分からんがさっさといかないか? その疑問は現代文明より優先されるのか?」

「……依途、先に行け」

「え?」

「用事が出来た。先に行け」

 こちらを見ないでそう言った。

「戦力の逐次投入は悪手じゃないのか?」

「いいから行け。さっさと行け」

 理屈は知らないが……そう言うなら仕方ない。歩き出す。

「悪いな、依途」

 刀が抜かれる音がした。


 ―――――――――――――――――――――


「おめでとう。勇者」

 要塞の最上階。暗い部屋。仮面がそう言祝ぐ。趣味の悪い椅子の上で拍手してみせる。

「臭い芝居はよせ、道化め」

「…………」

「全て話して貰うぞ…………未神蒼」

 言うまでもない。私の知る魔法使いはただ一人。世界が狂ったのなら、それはこいつ以外に有り得ない。

「うん。やっぱり一番最初に来たのはきみだったね、剱ちゃん」

「悪いが依途には眠ってもらっている。貴様のご指名のようだったからな」

「なんだ、分かってるの?」

「いや。貴様の口から聞かない限り、全て私の妄想に過ぎん。さあ話せ。貴様がやろうとしていることの全てを、洗いざらいだ」

「…………」

「もしわたしの推測通りなら…………貴様は、貴様は本当に許されないことをしようとしている。何百発ぶん殴っても気が済まん」

 自分でも体温が上がっているのが分かる。斬り殺したくなるほどに。

「……何も言わずにここから去ってくれないか? 少なくとも、きみとは戦わずに済む」

 画面の向こうの表情は見えない。

「抜かせ。殺すぞ」

「殺せないよ、きみには」

 その一言で確信した、未神の目的を。……こいつは、依途に自分を殺させようとしている。

「……推測通り、というわけか」

 耳につけていた通信機を投げ捨てる。抜刀。有無を言わさずに斬りかかる。翼に防がれた。

「貴様ッ! 分かっているのかッ! それがどれだけ依途を傷付けるのか!!!」

「問題無いよ。全部……無かったことになる……」

「キサマァッ!!!」

 追の二刃、しかし未神を捉えない。

「……ごめん」

 背後を振り返ると、翼があった。掌に光が灯っている。光は波となって私の全身を貫いた。

「……」

 ……………………まだだ。まだ倒れるものかよッ! 無理矢理立ち上がる。全身の虚脱感を気合でねじ伏せる。

「そんな馬鹿な……生身で耐えられるはずがない」

「努力を舐めるなよぉッ!」

 刀を鞘に納める。全身の気を昂らせる。

「そんな物語はッ! 私が断ち切るッ!!!」

 居合。一刀に全てを賭ける。

「…………っ!」

 音、光、熱、振動。あらゆるエネルギーが拡散していく。

「…………」

 羽が散る。片翼が斬り落とされる。…………届かなかった。

「……きみの勝ちだ」

「気休めはやめろ」

 最早動かない体に未神の波動が叩き込まれる。壁を突き抜けて、雨粒の注ぐ空が見えた。

「…………依途」

 お前が、お前の手で。下らない物語を否定してみせろ。

 荒れ狂う海に抱かれていく。光が遠ざかっていった。

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