第27話―目覚める男
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「んーぁ…………」
目を擦る。不愉快な光が視界に飛び込んでくる。朝が来たようだった。
ぼんやりとした意識が僅かに覚醒すると、天井に見覚えが無いことに気がつく。首を動かして周囲を観察しても同じだった。布団から這い出る。
「……どこだ?」
汚いというほどでもないが、整頓されているというわけでもない。それなりの古さの伺える……アパート?
自分が今居る空間がどこだか分からなかった。勿論自分の部屋ではない。ならここは……誰の家だと言うのだろうか。
「……うるさいな」
何かと思ったら、外からバタバタとした騒音が聞こえる。ヘリコプターのような音。窓を開くとティルトローター機が双発のプロペラを空に向けてぐるぐるさせていた。
「……安全保障ってやつかい?」
冗談ともかく、何故あれがあんな直ぐ近くでホバリングしているのか。誰のか知らないリモコンを握り、誰のか知らないテレビを点ける。
『今朝10時過ぎ、臨時的な「土曜国会」中だった議事堂が何者かに占拠されました』
映像が映る。複数台の爆装したティルトローター……窓の先に見えるのと同じヤツが国会議事堂の周囲を取り囲んでいる。無数のドローンもいた。
『また日本全国に同型の戦闘機やドローンが現れ、街を徘徊しています』
……どうやら、あそこで滞空している一機だけではないようだ。
『首謀者や目的、理由などは今のところ一切不明ですが、これらの機体には絶対に近付かず自宅から出ないで下さい。また政府より外出を控えるよう、国民へ強く要請が出ています』
謎の家に、謎の攻撃。全く、世界はどうなっちまったんだ?
……分からない。恐怖に震えたいところだが、戸惑いのほうが強かった。取りあえず水道の水で顔を洗い、口をゆすぐ。歯ブラシがあったが自分のではない。部屋を観察してみると、俺のスマホと日光に照らされている何かが落ちていた。
「モデルガン……?」
手にとってみる。ずっしりとした重みがあるが、本物とは思えない装飾がなされていた。観賞用だろうか? もしかしてこの部屋、何かのデスゲームとか社会実験とかそういう……
「っ!」
気が付くとその場に倒れていた。頭に激痛が走る。何だ……何かが頭に当たった……狙撃?
刹那、玄関のドアが大きく開く音がした。まるで蹴り飛ばしたような……そのまま何かがこちらへ走ってくる。真っ黒な装備に身を包んだ男たち。こちらを取り囲んで銃を向けている。
「……何故気絶していない」
「いってぇな! 何すんだよ!」
「撃て」
幾つものライフルが火を吹いて、弾丸が俺の体を叩いた。
「ぐああああああ」
「………………発砲止め。おい、銃を捨てろ」
「ああ……?」
「銃を捨てろ」
未だに先のモデルガンを握っていることに気が付いた。
「まず名乗れよ、そんで謝れ」
更に頭に一撃、銃弾が撃ち込まれる。そのまま複数人に無理矢理抑え込まれた。膝が首に食い込んでいく。
ナイフを手首に刺してきた。
「Ouch!」
悲鳴とともに男が吹き飛んだ。誤って引き金を引いたのだ。……本物、なのか?
「……Missile!」
誰かがそう叫んで俺から飛び退く。次の瞬間何かが窓ガラスを突き破って部屋に飛び込んできた。煙が部屋に充満していく。ミサイルじゃない……鼻と口を押さえながら窓に飛び込む。コンクリートの地面が近づいてくる。……大丈夫、死なない!
「うげっ!」
頭から落ちた。滅茶苦茶痛いが気は失ってない。近くの角からライフルを構えた兵が現れる。ヤツがこちらへ発砲する前に、俺が向こうを撃ち抜いていた。気を失っている。
「……やるじゃん、俺」
体が勝手に反応していた。とにかく今はこのテロリスト共から逃げないと。
「……っ!」
時折追いかけてくる敵を撃ちながら走る。住宅街のようだがここがどこかは知らない。どこに逃げれば良いかも分からない。物陰から兵が飛び込んでくる。警棒のようなもので殴られる。
「ぐああッ」
痺れる。電流が体を流れたようだった。どうにか跳ね除け、もう一撃叩き込もうとしてくる馬鹿に前蹴りを叩き込んだ。怯んだところをすかさず射撃で気絶させる。
「はぁ、はぁ……」
更に走り続ける。こいつら……何者なんだ。テロリストだが軍だか知らないが何で俺が狙われなきゃならない。他にもおかしなことだらけだ。あの家もそう、この銃もそう、謎に俺が強いのもそう……何か変な夢でも見てるんじゃないのか?
ひたすら逃げる。何一つ分からないが、唯一つ分かることがあった。……俺は何かを忘れてる。それも重大で重要な何かを。
この逃避行の先にそれは見つかるのだろうか。
―――――――――――――――――――――
暇そうなやつらが行き交う昼の駅前。
さっきやっていたニュースが嘘かのように、ごく普通に人々が歩いていた。
ある程度人通りのある場所のほうがかえって安全な気がして、ここを歩くことにしたのだ。
あいつらが正規軍ならあまりに目立つことを嫌がるのではないか、という希望的観測である。最もさっきの襲撃を考えるに、本当に安全かは甚だ怪しいが……
「いやー、テロ騒ぎでさっさと休みになると思ったんだけどなぁ」
「馬鹿、戦争でもなきゃ休みになんてならねぇよ」
「そうは言うけどよぉ…………もう戦争だろ、これ」
直ぐ傍を駆け抜けていくドローンを指しながらサラリーマンたちがぼやく。
ティルトローターもドローンも特に誰かを攻撃するわけでもなく、ただ周囲を飛び回っていた。何の目的があって首謀者はこんなことをしているのだろう。
ポケットに入れた拳銃を弄ぶ。どこに行くでもなく彷徨っていると、目の前から吾妻高校の制服を着て歩いてくる女子が見えた。土曜日だってのに制服でお出かけとは……と思ったが、まあ部活とかあるんだろう。生まれた時から帰宅部の俺には関係のないところだが。
気持ち脇に反れて歩き去って行こうとすると、そいつがこちらに駆け寄ってきた。
「うっはー、空良くんじゃん!」
わざわざ目の前でぶんぶんと手を振っている。が、知らない。誰だよ?
「ちょうどいいや! ね、遊び行こ!」
いきなり腕を引かれ、無理矢理近くのカラオケ屋に連れ込まれる。何なんだ、おい!
店員の指した部屋に押し込まれる。混乱しきっていると、マイクとマラカスを抱えたその生徒が部屋に入ってきた。
「……お久しぶりです。依途さん」
「え、いや。なにこれ?」
マラカスを置く。
「覚えていらっしゃらないと?」
そう言われてその女子をつぶさに観察してみる。薄縁の眼鏡、長い髪。そんな知り合い……いただろうか。だいたい、俺に女子の知り合いはいない。……いや夜海さんくらいか。
「薄情ですね。悪くないお人柄と思っていたのですが」
そう言われると罪悪感がある。
「南です。吾妻高校生徒会……草薙さまに仕えております。あなたを保護した際、食事をお持ちしたのですが」
「……ああ!」
有った。そんなこともあった。確かにご飯貰った。何で忘れたんだ俺。……いや、そもそも保護?されてたんだ?
「この状況下です。貴方にも協力を頂こうかと草薙が貴方を探していたのですが、見つからなかったのです」
「はぁ」
「……あまり自覚が無いようですが。重要人物なんですよ、依途さんは」
「そう言われるのは悪くない気分だけど……その勧誘の為にここに連れてきたのか」
「はい。少し失礼しますね」
南さんとやらはタブレットを取り出すと、誰かに連絡を取り始めた。
「南か。どうした」
「はい。依途さんを発見しました」
「本当か!」
タブレットの画面をこちらに向けてくる。
「依途! どこにいた!?」
「起きたら知らない家にいた」
「拉致だと!? 許せん、どこのどいつだ!」
「お前が言えたことかよ」
草薙がこほんと咳払いする。無かったことにはならないからなてめー。
「お前も知ってるだろうが、現在国民に重大な危機が迫っている」
「ああ。うるさいプロペラが日本中で回ってるらしいな」
「それもそうなんだがな。……これを見てくれ」
どこかの島。要塞の如く武装されている。
「これは真代島。第二次大戦時、東京湾に作られた人工島。本土防衛の為の第四海堡。
現在は武装も解除されたが……今日の朝6時頃、この島が何者かによって占拠された」
「何者か?」
「ああ。正体は一切不明だが、現地にいた人々は全てドローンに撃たれるか脅されるかして要塞内部へ連れて行かれたらしい」
「兵士でなく?」
「ああ。……というより、この島の制圧において歩兵の目撃情報がない」
……んな馬鹿な。
「本土からの偵察機も送られたが、熱光線で落とされた」
「ビームだと?」
「当然真代島にそんなものは無かった。犯人が設置したんだろう。
ドローンもティルトローターも全てそこから発進している…………魔法のような技術力だ」
「その島を占拠している奴らを排除すればいいのか?」
「まあ、確かにそれもどうにかしなければならないが。それよりも喫緊の課題がある」
「何だ?」
画面の向こう、一段と深刻そうに草薙が発した。
「国外の複数の勢力が混乱に乗じて動き出した」
「何のために」
「異形の確保、永久機関の奪取、関連情報の取得、そして……対象Xの発見」
「X?」
「ロストブラッドはある個人によって引き起こされた、という説がある。馬鹿げた話に聞こえるが、信じているやつも少なくない。その犯人が……」
「Xというわけか」
「ああ。そのXは日本にいるとしている組織が多い。
結果としてそういう奴らがこの状況下で活動を始め、更に国外からも集まろうとしている」
今のところ、ドローンもティルトローターも一切の攻撃をしていない。他にも警戒をしなければならない対象がいるわけか。
「そいつらが果たして何をしでかしてくれるか、分かったもんじゃない。直接的な破壊活動に出る可能性も否定出来ん。決して充実した戦力じゃないが、我々も防衛に出る」
「それで俺にも戦え、と?」
「ああ、そうだ」
「馬鹿言え。俺がどうして戦える」
せいぜいこのよくわからない銃くらいしか俺は持っていないのだ。自分の身を守るので精一杯である。
「馬鹿はお前だ。シルエスタを救ったならこの国も救ってみせろ」
「シルエスタ? それが何の関係が…………」
言い終わる前に、視界が光に覆われた。
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