第17話―殴られる男
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吾妻高校生徒会、そして自衛隊特務機関御影。国を作ろうとした男たちと、国を守ろうとした男たち。つい先日、その2つが激突した。思想、主義、謀略、正義。彼ら彼女らは互いの信念をかけて戦った。
この時点で高度に政治的な、ややこしい話だった。特務機関とはいえ、自衛隊がああも大々的に国民に銃を向けたことがあっただろうか。ことは最早、現代日本における初の紛争であるとすら言えた。公表されたら教科書に乗るだろうし、ノンフィクションにしたら大売れしそうですらある。ケイン辺りに書かせようか。
ともかく、しかしそれら全て、一人の女に打ち砕かれてしまった。生徒会も御影も全滅した。
剱沙夜。曰く、「ただ強いだけの人間」。変異能力を持たず、腰に下げた刀も使わない。己が身一つで全ての勢力を叩き潰す。別に彼らが弱い訳では無い。掲げた信念も本気だろう。ただこの女の方が強いというだけだ。それだけでどんな営みも、無に帰す。そうして俺は、再び拉致られる羽目になった。
……実に混沌としていた昨日までの状況をまとめるに、だいたいこうなる。そして今。何故か俺はその剱の家にいた。大きく、古い日本家屋。良く日の当たる縁側に俺は座らされている。
「どうなっている……」
「まあ疑問は山々だろうな」
「RExとやらの施設に連れて行かれると思っていたが」
「RExの意思でない。私は私の意思で、お前をここに連れてきた」
俺としては檻よりはマシだが。それでも自宅に連れ込まれる理由はわからん。
「聞きたいことはたくさんある。が、それはお前もだろう? 先に質問を受け付けよう。その方がスムーズだろうからな」
そう言われたので、疑問だらけの現状を訊ねてみることにする。
「……そもそも、お前ら何なんだ。RExと言ったか」
「ん、そういえば説明をしていなかったな。
我々はRE thinks……未神蒼という一人の人間が世界を意のままに操れる現状を、再考するための組織。状況再考機関。縮めてRExというわけだ」
「そんなものができていたのか……」
「ロスブラから一月も経っていない。が、人が集まり組織が成された」
「……」
「人数は多くない。戦力の9割は私。けれど、他の組織を画する点が一つある。ロストブラッドを引き起こしたのは未神だ、ということを知っている」
……まあ、組織の成り立ちからして当然ではあるが。一体どこから情報を得ているんだ?
「当面の目的は未神との接触、事情聴取、拘束。そして、彼女と共に行動する関係者も同じ対象となっている……お前だよ、依途」
「!」
「シルエスタで散々暴れたようじゃないか?」
それであの戦場に介入し、俺を確保したわけだ。
「で、わざわざ自宅に連れ込んでまでスカウトか?」
「はっはっは。色仕掛けのほうが好みかね?」
一回くらいされてみたいけどな。
「こんなところに連れてきて逃げられるとか思わないのか」
「逃さないさ。むしろ、私から逃げられると思っているのか?」
……確かに、それはそうだ。
「まあここにいる限りは自衛隊も生徒会も手は出せない。お前の安全は保証される。保護している、とも言えるな。さて、そちらの質問には答えた。今度は私の事情聴取を始めようか」
「……」
「まず聞こう。お前の正義はなんだ」
「あぁ?」
考えていたのと全く方向性の違う質問をされる。禅問答か?
「お前はなぜ力を振るう。何のために戦う」
「……俺の勝手だろ」
「回答次第で、私はお前をどうするか決めるだろう。さあ答えろ」
「……」
「それとも、考えたこともなかったか?」
質問の内容はあまりに抽象的だった。
「本当に事情聴取なのか、これ」
「ま、いいから答えてくれ。何も考えずに未神に従っていたのか、お前は」
「あのままじゃシルエスタの国民がいたぶられるままだったろ?」
「国民の扱いが良くない国家は珍しくないがね。そんなにシルエスタに関心があったのか?」
「……そこが故郷の友人がいる。巻き込まれてこっちに帰国できなくなった」
「シルエスタの騒乱が収まれば、帰って来られるだろうと?」
「ああ」
ふむ、と剱は頷いた。
「信念と言えるほどでは無いが、理由は確かにある。それは理解した。まぁ別にお前の行動が間違っていると言い切る気もない。
……だが考えが足りなすぎる。捕まるなんて考えてもいなかった、そういう顔をしているな。武力介入なぞしておいて」
「……別に考えなかったわけじゃない」
……単に、未神が消えてしまうだなんて思っていなかった。それだけだ。
「なら何故対策を取らない? こうもあっさりと捕まっている?」
「捕まえといて言うセリフかよ」
「……お前だけならいい。友人や家族に累が及ぶ可能性を一片でも考えなかったのか」
「…………!」
やつの視線が険しくなる。
「もしRExがもっと合理的な集まりなら、お前の近くの人間を皆拐って拷問しさらに情報を得るだろう。御影や生徒会の奴らもやりかねんな。そんなこと、気にもしないか?」
「……そんなふうに脅して恥ずかしくないのか」
「違うな。恥じるべきは貴様だ。傲慢な物言いだが、私は脅してるわけじゃない。正しているつもりだ。もう一回聞くぞ。お前はお前を愛する人間の無事など考えもせず安っちい正義を振りかざしたのか?」
その目はあまりに鋭く俺を射る。殺意じゃない。憎悪でもない。それなのに俺は震えていた。
「…………未神がいなくなることは、想定外だった」
「何が起ころうと全て未神が面倒を見てくれると思っていたのか? 指示をしたのが未神だから責任は自分にないと思っていたのか?」
「…………」
拳が俺の方に飛んだ。
「考えの足りない人間が、自分のことを主人公だと思うのはやめろ」
思い切り壁に叩きつけられる。脳が震える感覚がした。
「……シルエスタの国民は救われるべきだった。異存は無い。お前以上の力を持ちながら戦地に向かおうとしなかった私もまた罪を抱えているだろう。だが正しかろうと力を振るえば他人を巻き込む。
覚えておけよ。依途。自身の力と行為に責任を持て。起き得る影響を計算しろ。必要なら対策を取れ。……お前にとって大切なもののことを忘れるな」
いつか、ケインが言った。力は自由の為のチケットだと。こいつの言っていることと矛盾しているように見えて、していない。俺は自由かもしれないが、守りたいものがある。俺はそれが守られるようにするために自由を行使しなければならなかったのだ。
「頭を冷やせ」
剱が部屋を出ていく。縁側に一人残される。頬が痛む。こんなに誰かに叱られたのは久しぶりだった。いや、初めてかもしれない。キレられたんじゃない。叱ったのだ。心配する必要もないはずの、俺とその周囲の為にあいつは俺を殴ったのだ。
「…………くっそー」
だっせぇな、俺。
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