第6話―始める男
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「はぁ……」
長い「授業」を終え、教室に戻る。昼休みになっていた。生徒たちがわいわいと騒いでいる。
ついさっきまで未神としていた話が嘘のようだ。
「出来んのか、俺に……」
実際の作戦案も伝えられたが……果たして自分が出来るのかもやっていいのかも分からない。
決行は明日だそうだ。悩む時間もそうない。
……逃げた方がいいんじゃないのか。本当に戦うのか? この世界に影響を与える行為だ。俺にその覚悟はあるのか。
……懸念はまだある。ケインのことだ。未だやつの行方は分からない。シルエスタにいる可能性が高いとは思うが。
「あー……」
どうしてこう考えなければならないことばかりなんだ。目の前の悪いやつを殴り飛ばしてはいハッピーエンド!みたいな感じにしてくれ。ふと教室の外に氷室……担任がいた。駆け寄る。
「済みません」
「ん?……ああ、お前か」
「ケインの件ですが、続報はありますか?」
「……いや」
僅かに間があった。
「本当に?」
「すまん、忙しいんだ」
そう言って足早に去っていこうとする。
「シルエスタ」
「……」
「内戦で大変ですね。そういえば、ケインはあそこの生まれじゃなかったですか?」
「……はぁ。個人情報だ」
「やだなぁ。世間話ですよ」
氷室が諦めたように溜息を吐いた。
「付いてこい」
やはり知っているのか。氷室の後ろに付いていく。……また、長い話になりそうだ。
「どこへ?」
「進路指導室」
生徒たちの声が響く廊下を歩いていく。やがて目的地に辿り着いた。
「失礼します」
「少し待っててくれ」
そう言って氷室は部屋には入らず、歩いて行った。何だろうと思ったが、暫くしてノートPCを持って戻ってきた。
「職員室で話すわけにはいかんのでな……悪い」
「はぁ」
「まず聞きたい。どうしてケインがシルエスタにいると知っている? 本人に聞いたのか?」
「いえ。彼の生まれは知っていたので。内戦のニュースを見て、そうだと思ったんです」
「そうだったのか……」
「それで、実際はどうなんです」
「その通りだ。ケインはシルエスタにいる」
……どうやら推測は当たっていたらしい。
「これを見てくれ」
PCの画面に映っていたのは一通のメールだった。差出人は……
「ケイン……」
「あいつの叔母が反政府組織に入っていたらしくてな。母や父、妹……家族も危うくなった」
「……」
「勿論ケインが向こうに行っても何の解決にもならない。だが、そうも言ってられなかったんだろ。家族の無事を確認するため、そして家族を守るためあいつは故郷に帰ったんだ」
メールの文面にもその旨が書かれていた。日付は一昨日になっている。
「これ以降、連絡は?」
氷室は首を横に振った。
「このメールにももちろん返信をしたが、特に何も」
「……」
返信が無い、ということが一体何を示すのか。
「それが何故なのか、述べようとすればそれは妄想でしかない。が、軍に拘束された。その可能性がないと言えば嘘になるだろうな」
「……このことは、クラスのやつらには?」
「言わない、と言うのがお偉いさんの答えだ」
「何故です」
「プライバシーの保護、ということになっているが。メールには自分の現状について尋ねられたら教えてやって欲しいとある。その上で何人にも伝えるなとのお達しが出たんだ」
「理由は?」
「混乱を防ぎ、これまで通り学習や学生生活に専念するためとのことだ」
「隠すのか? クラスメートが戦地にいるのに……」
「ああ、そうだ」
「……何がこれまで通りだ。ロスブラが起きた時点で、今までの世界なんてとっくに書き換わってる」
「お前の言う通りだな」
腹が立った。ケインと世界とを隠蔽するようなその在り方に。
「教育者だろ、生徒を事実から遠ざけるのかよ」
「……もしも、仮に。真実をありのままに生徒たちに伝えたとしよう。それはあいつらの心に、あまりに深い影を落とすことにならないか?」
「だが、真実だろ」
「欺瞞でも、不誠実でも……おれはこの嘘を否定できん。たった一度の青春を殺し得る、残酷な真実よりもいいんじゃないかってな」
「…………」
「生徒に言うことじゃないな、これは。すまん」
謝られたところで何を言えばいいか、俺は知らない。
「ほんとはさ、助けに行くべきなんだろうな」
「え?」
「おれ、先生だろ? 生徒のこと助けなくちゃいけないはずなんだよ」
「…………」
「でも何もしない。何をしていいか分からないし、怖い。だからこの平和な国で、ぬくぬくと授業なんかして誤魔化すんだ。おれは教育者だ、子どもや世界の未来を作ってるんだってな」
……どうやらこの人は、俺が思っていたよりずっと思慮深いようだった。
「ロスブラってのも良いか悪いか分かんねぇな。ロスブラのおかげで内戦で死人が出ずに済むが、その内戦はロスブラが起こしたんだ。ケインだって巻き込まれることは無かった」
「そうですね」
「依途、お前ケインと仲良かったろ?」
「はい」
多分それを知っていたから彼の行方を教えてくれたんだろう。
「俺ん所にわざわざ来たぐらいだ、お前のところに連絡は来てない……よな?」
「はい」
「あんまり気にすんなよ。多分お前に本当のこと言ったら、シルエスタにまで来かねないから言わなかったんだ」
「良いですよ。気を使ってそんなことまで言わなくて」
氷室が立ち上がる。
「茶でも飲むか?」
「いえ。大丈夫です」
俺も立ち上がり、ドアに手をかけた。
「ありがとうございました」
「おう」
進路指導室を出る。生徒たちの喧騒は続いていた。
「意思は決まった?」
「ん?……未神」
背後に未神がいた。
「聞いてたのか」
「うん。……それで、どうする? あの国のためでも友人のためでも、承認欲求のためでもいい。戦う意思はある?」
答えは決まっていた。
「訓練がしたい。手伝ってくれるか?」
俺はシルエスタへ飛ぶ。この手でケインを助けるのだ。
「……そう言ってくれると思ってたよ」
そしたらついでに、氷室も下らない嘘を吐き続けずに済む。
「はやく行こう。作戦は明日。訓練時間が惜しい」
「ああ」
「きみの思春期同好会への正式な入部後、初の作戦になる。作戦名に希望はある?」
「…………オペレーション・ポピーシード」
「ケシの実? どうして?」
「ケインが好きなんだよ、あんぱん」
再び、闘いが始まろうとしていた。
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