この糸が解けないうちに
坂道
第1話
さわやかな春風を受けながら、一昨日切ったばかりの髪を気にして憧れのメガバンクへと歩く。入社式の予定である10時より1時間も早くついた。
首が痛くなる程高いビルを見上げて、建物に入るとドラマのセットのようなエントランスが広がっていた。
「佐々木さんですね。入社おめでとうございます。このカードキーを首にかけて14階の入社式会場までどうぞ。」と受付嬢のお姉さんが微笑んだ。(自分より早くついているやつがいるのか)と驚いた。
そして受付の横の「25階」と書いてあるフロア案内、受付嬢のレベルの高さにも驚き、終始驚きの連続の中にいる僕はまるで忍者のように音を殺し恐る恐る案内のもとへ行った。
「椎名さんですね。入社おめでとうございます。このカードキーをかけて14階の」ここで僕は待ったをかける。
小さな頃、心理学者である父が言っていた言葉をふと思い出した。そして忘れかけていた言葉の引き出しから飛び出してきた。
「お姉さんの人生は最高の人生だと思いますか?」
「は、はい、?」
そりゃそうなる。
しかし相手はプロだった。
「そうですね!毎日楽しく過ごしてますね!」
「椎名さんもこれから辛いことたくさんあると思いますが頑張ってください!」
有無を言わさないベストアンサーが返ってきた
「ですよね!ごめんなさい変なこと聞いて」
入社1日目から完全に変なやつだと思われてしまっただろう。とりあえず軽い会釈をして逃げるようにエレベーターに向かった。
あまり良いとは言えないスタートだったが入社式が行われる社内ホールでは今年の新卒採用人数である584名の同期達の席がずらりと並んでいた。
「よろしく。」
なかなかな深みのある声が僕の耳を覆った。これから同期になるであろうそいつは七三の髪をポマードでがっちり固めたいかにも銀行員というような髪型でツラのいい男だった。
「あぁ、よろしくおねがいします。椎名大志って言います。」
「そんな固くならないでくれよ。今日から同期なんだ、お互いに同期第一号として仲良くしようじゃないか」
「ちなみに大学は?」
「自分は東京大学です」
自分の名前よりも大学を聞くのはなかなか学歴バイアスがありそうな職場だ。
「いきなり東大か、さすがは和光名東会だな」
日本でメガバンクといったら、 和光金融銀行、明和資本グループ、東栄銀行 この3つが現在日本の金融の中心であるのは誰もが疑う余地がないのだ。この3つを日本風に呼んだのが「和光明東会」という。
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