第24話 迫る病魔

 ビューコン村の視察後、ヴィオレットとレオンは周辺を含め、状況を警戒し見守っていた。


 季節が秋へと移り変わる頃、ある朝の静寂の中、ヴィオレットのもとに緊迫した報せが届く。


 ビューコン村で、高熱と黒い斑点、咳を伴う病気の初期症状が現れた、との報せ。古文書の『黒死斑』と酷似した症状だった。


(ついに……)


 ヴィオレットの背筋を冷たいものが走り抜けた。悪夢が示す未来は、現実の危機として姿を現したのだ。


 知らせを受けた二人に、否応なく緊迫感が走る。父侯爵にも直ちに報告され、ヴィオレットの予知夢とその後の調査結果を重く見ていた侯爵は、即座に医師団と騎士団をビューコン村へ派遣させた。


 一団と共に村に到着すると、言いようのない不安と混乱が渦巻いていた。顔色の悪い村人たちが、うめき声と共に広場に集められている。ヴィオレットは深呼吸し、冷静に状況把握に努めた。


 以前の文献調査で得た知識を活かし、病気の初期症状を示す村人たちの現場責任者として全体を取りまとめた。


 レオンと共に迅速な対応にあたる。症状確認、感染経路の可能性特定、医療品の洗い出しを迅速に行った。特に飲水は、念の為、村外から持ち込んだものだけを全員に摂らせるよう徹底した。


 ヴィオレットの意向を受けて、レオンは落ち着いた声で村人たちへ指示を出す。


「病気の疑いがある方は隔離し、ご家族も健康状態を確認してください。手洗いや、口にするものは全て煮沸消毒を徹底してください」


 彼の落ち着いた物腰と的確な指示は、混乱する村人たちに安心感を与えた。


 責任者として、ヴィオレットは古文書の記述にあった、魔力を用いた特殊な煎じ方で、自ら薬用植物の温かい飲み物を作り出した。湯気からは独特の薬草の匂い。それを病人たちに提供する。


 連日の慣れない作業と魔力の大量消費により、ヴィオレットの顔に疲労の色が濃い。それでも、領民の苦痛を前に、立ち止まる選択肢はなかった。


 レオンは疲労を見せるヴィオレットを注意深く見守り、さりげなく傍らに立った。自身の医療知識を活かし、薬湯作成の補助、村人への指示出しなど、多岐にわたる面でヴィオレットを支える。


 彼がいることで、どれほど心強かったか、言葉では言い表せない。


 村人たちは、侯爵令嬢が汚れることも厭わず、自ら薬湯を作る姿に感銘を受け、感謝を伝えた。その感謝は、ヴィオレットの疲弊した心に温かく染み渡った。


 その時、村の入り口から、聞き慣れた声が響いた。


「ヴィオレット!」


 声の主を探し、ヴィオレットは驚きと喜びで目を丸くした。


 そこにいたのは、半年ぶりに再会する兄マクシムだった。


 二十歳になったばかりの兄は、引き締まった体で領主一族の軍服を見事に着こなしていた。父譲りの品格と、どこか怜悧な光を宿した顔立ち。文武に優れ、嫡男として王都で政務に励む兄は、ヴィオレットにとって両親に次ぐ、心許せる理解者だった。


「お兄様!」


 ヴィオレットは思わず駆け寄った。兄マクシムはやや不安げな表情でヴィオレットの肩に手を置き、心配そうに尋ねた。


「大丈夫か、ヴィオレット?顔色が優れないようだが……」


 領地での病発生の知らせを聞き、ヴィオレットが危険な場所にいるのではと案じ、王都から駆けつけたのだという。


 兄は温かい眼差しで妹を労う。


「よく頑張っているな。こんな大変な時に、領民のために尽力するとは、父上もさぞ喜んでいるだろう。だが無理はいかんぞ。お前は昔から、頑張り過ぎるからな」


 ヴィオレットは兄の言葉に胸が熱くなった。


「お兄様、ご心配ありがとうございます。私は大丈夫です。今は、病気の拡大を防ぐために、レオンとここで働いています」


 ヴィオレットはそう答え、自然にレオンへ感謝の笑顔を向けた。


「これも、レオンのおかげですわ。文献調査から対策の助言、そして現場での指示出しや実務まで、全てレオンが支えてくださっているのですから」


 兄の前でレオンへ自然に感謝を示すヴィオレットを見て、マクシムは穏やかに微笑んだ。彼はそばに立つレオンに感謝の意を示した。


「レオンは信頼できる。私も安心だ。私にできることがあれば、遠慮なく言ってくれ。ヴィオレットの力になりたい」


 レオンは深々と頭を下げ、恐縮した。


「光栄にございます。お役目を果たしたまでです。お嬢様こそ、この度の陣頭指揮、見事な判断力と行動力です」


 マクシムは妹とレオンの絆を感じ取り、温かい眼差しで二人を見守った。


「レオンは信頼できるから、私も安心だ。何か私にできることがあれば、遠慮なく言ってくれ。ヴィオレットの力になりたい」


 マクシムはヴィオレットの疲労を気遣い、休むように手配した。疲労困憊していたヴィオレットは、その気遣いに素直に甘えることにした。


 ヴィオレットは、村で用意された空き家を宿に、兄と束の間の穏やかな時間を過ごした。その中で、悪夢のこと、今回の病気について、どれほど心を痛めているか切々と語った。


 そして、マクシムが昔の領地の出来事や国内の言い伝えについて話す中で、ふと、リュミエールに関する事に言及する。


「そういえば、ビューコン村とは関係があるかわからないが、古代遺跡のある地域では、必ずと言っていいほどリュミエールが力強く自生しているらしい。古代文明は、今よりもリュミエールの力をうまく活用できていたのかもしれないな。


そう考えると、ヴィオレットがビューコン村でリュミエールの成木から感じたという、禍々しいオーラは、本来のものではなく、やはり何者かによって人為的に捻じ曲げられたものではないかと推察できるな。


風土病対策だけでなく、警戒は怠れないということだ。それにしても、ヴィオレットは本当に凄いな。私など、同じリュミエールの成木を見ても、何も感じなかったぞ」


 マクシムはそう言って豪快に笑い、ヴィオレットの肩をぽんぽんと叩く。


(お兄様は昔から手加減が下手で……少し痛いです……困ったわ)


 兄との気さくな触れ合いにほんの少し顔をしかめるヴィオレット。兄の温かい励ましと家族の愛情は、病気対策に疲れ切っていたヴィオレットにとって、何よりも大きな心の支えとなった。


 王宮で感じた孤独感とは全く違う、温かい安心感。家族の温もりをひしひしと感じ、ヴィオレットは明日からの活動へ向け新たな活力を得た。


(わたくしは、一人ではないのだわ。この温かさがある限り、どんな困難も乗り越えられる)





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