愚かな男について-ソフィア




 ソフィアは生まれながらにして達観していた。両親の仲があまり良くないことも、姉たちが末っ子の自分を少し疎ましく思っていることも分かっていた。そして、どのように振る舞えば自分が愛されるのかも分かっていた。


 何人もの反面教師を参考にして、ソフィアは一つの結論を導き出した。


 絶対に他国へ嫁がないほうがいい、と。


 先に他国へ生贄のように嫁いだ姉たちの行く末は、噂に聞く限り酷いものだった。後からやってきた愛人に立場を追いやられるだとか、末端として嫁いだせいで虐められているだとか、気候や文化が合わなくて体調を崩しているだとか。


 ソフィアはこの国を愛している。というのは建前であるが、慣れ親しんだ国をわざわざ出ていきたいとは思わなかった。


 だから父親に進言したのだ。ヒュランデル公子と結婚したいと。


 幸い、王家の男どもはソフィアのぶりっこに騙されてソフィアを溺愛している。それに母も母らしく子供のソフィアを愛してくれている。これで願いが叶えられないはずがないのだ。


 ……と驕っていたが、一番重要なことを忘れていた。当のヒュランデル公子が良いと言わないと、この結婚は成立しないのだ。


 だから父に頼み込んで結婚を了承するように、隠居した前ヒュランデル公の爵位と財産を継承するために来たトシュテンを王宮に閉じ込めた。父もこの結婚話に対して乗り気だったおかげである。


 それからはもうソフィアの得意分野であった。人の感情を揺さぶってソフィアを愛するように仕向けることは大の得意であったはずだった。


 それなのに、あの陰気臭い野郎は「恋人がいるからやめてほしい」と言ったのだ!有り得るのだろうか、こんなことが。この、ソフィアが迷惑がられるなどあっていいのか!


 ムカついたあまり父親のことを出して納得させようとしたが、彼はそれでもあまり乗り気ではなかった。


 しかしその後、彼はあっさりと了承した。恋人に逃げられたらしい。


 ざまあみろ!としか思わなかったが、死んだような顔をしている彼は少し気の毒だった。


 跡継ぎをさっさと作ってさっさと隠居して悠々自適にくらそうと、子作りを提案した。女でも男でもこの国では爵位を継げるのだから、拒否しようとするトシュテンに一人でいいからと頼み込んだ。


 というかなぜこちらが提案しなければならないのか?どちらかというと当主が提案する方ではないのだろうか?とは言わず。ソフィアは黙って性欲増強剤を買いこんだ。


 ヨーランを腹に宿している時すら、トシュテンは自分が父親であるという自覚がないのか、自分の子供であるのにとわざわざ言いのけた。そんなときでもソフィアは黙って耐え忍んだ!いつだってこの男を殴り飛ばして言い負かすことは出来るが、しなかった。それもこれも将来のためである。


 そして無事にヨーランが生まれた。眩い金髪と明るい碧色の目で、実に愛らしい顔をしていた。ソフィアの子供なのだから当然である。ソフィアは父と母の気持ちがようやく分かったような気がした。


 トシュテンは不器用ながら段々とヨーランと交流を持つようになった。ソフィアの刺々しい物言いにも笑うようになった。ようやくまともな家族としての形が出来上がったかと思ったその矢先――。



 トシュテンは外交先から羽の生えた女性を連れて帰ってきた。しかも、同じく羽の生えた一歳くらいの子供つきで。


 彼は外交官になるまでずっと屋敷にひきこもっていたから、子供を作りに行けないはずだ。それなのに子どもがいるということは――彼は人妻をさらってきたということだ。


 ソフィアは見誤った。思っていたよりも頭のおかしい男だったと。


 取り敢えず、ヨーランに見せるわけにもいかないため子供は乳母に預けた。


 やってきた当初は気を失っていた彼女も目を覚まし、気遣って顔を見に行くと既にあの男がそばに居た。彼女はレリアと言うらしい。


 レリアは怯えきっていて、トシュテンを恐れているようだった。


 助けてほしいと言うような目線を送ってくる彼女が不憫でならなかった。かつて、恋人だと主張していたが恋人ですらなかったのかもしれない。


 ソフィアは彼女が気を病まないように話し相手になることくらいしかできなかった。


 こんなときに前ヒュランデル公がいればトシュテンを一喝して彼女を元の場所に戻してくれたかもしれない。だが、彼はもういないのだ。縁談がまとまった年に、もう思い残すことはないというように死んでしまわれた。


 ソフィアには何も出来なくてごめんなさいと、心の中で呟くほかなかった。


 トシュテンの逆鱗に触れれば、何が起こってしまうのか分からないのだから。



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