第26話 足りない気がするけど、足せない

「コウちゃん! よかった……、心配しとっちゃん!」


 私は放心していた。1時間も遅れてきたのに、目の前にはミズキさんがいる。それも怒ってるとかじゃなくって、連絡をとれない私を心配してくれていた。


 ぼーっと突っ立っている私の真正面にミズキさんはやってきた。驚きと後ろめたさと申し訳なさと――、いろんな感情がごちゃ混ぜになって私は言葉を発せられないでいた。

 すると、彼女は少しだけ身を屈めて視線を合わせ、私の目をじっと見つめてきた。


 視力の低い人が眼鏡を忘れてしまったかのような距離感、間近でみるとますますキレイな人だなと思ってしまう。大きな黒目と虹彩にこちらの方が見入ってしまいそうだ。


 次の瞬間、ミズキさんの手が上がった。ひょっとして叩かれる? 身構えた私だが、その手はゆっくりと私のおでこに触れただけ。ひんやりとしているのに、どこか温かい、矛盾した体温を感じる。



「――コウちゃん……、熱、あっちゃろ?」



 ミズキさんは決して大きくはないけど、芯の通った声でそう言った。




 今朝から体調があまりよくなかった。天気の悪い日は片頭痛に悩まされる。今日もいつものだと思っていた。

 けど、時間が経つにつれてどうやらではないと気付く。


 ミズキさんに連絡しようか迷った。でも、この人はきっと優しいから私を気遣って予定を先送りにしよう、って言われると思った。それが嫌だったから、家の常備薬をあさって解熱剤を飲んでここまでやって来たんだ。


 最悪のタイミングの体調不良とお薬を探すのに費やした時間と、ギリギリまでミズキさんに連絡すべきか迷った私の優柔不断さが、この大遅刻を招いたのだ。



「コウちゃん、無理したらいけん。お家帰ろ?」


 ミズキさんは幼い子を諭すように問い掛けてくる。一時間も待ちぼうけにさせて、なんの連絡も寄こさなかったことにはまったく触れずに……。



「ごめんなさい、ミズキさん。私が――、私がから……、いっぱい待たせて、その――」



 「足りない」、私が常日頃から自分に思っている言葉。考える頭が、配慮する心が、先々を読む眼が――、いろいろと私はんだ。



「よかよ。せっかくここまで来てくれたけん、どこかで休もっか?」



 そう言って彼女は私の手を引いてゆっくりと歩きはじめた。若干、平衡感覚の怪しくなっている私はそれに引かれるまま、とろんとした目で背中を見つめている。


『羽は生えてないけど、やっぱりこの人、下界に降りた天使じゃなかろうか? こんなダメダメな私にさすがに優し過ぎるんじゃ……?』

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