第38話 最終決戦

 ついに、パルメリアは王宮の最深部――謁見の間へとたどり着いた。室内にはおごそかな空気が漂い、遠くから戦闘の音がかすかに響いてくる。その音が、まさにこの場所が国の命運を左右する舞台であることを象徴していた。


 そこに立ち塞がったのは、豪華な礼服をまといながらも、怒りと焦燥を隠せないベルモント公爵。その背後には、わずかに残された近衛騎士たちが必死に守りを固めていたが、彼らの疲れきった様子からはもはや戦意が感じられなかった。


「よくもここまで来たものだな……お前ごときが国を覆そうなど、笑止千万!」


 公爵の怒声が響くなか、パルメリアはクラリスが集めた証拠――ベルモント家と王室の不正取引を示す書類の束を掲げる。


「ここには、あなたが国庫から横領し、密貿易で私腹を肥やした全ての記録が載っている。名声も財産も、不正の上に築かれたものだったのね」


「そ、そんな馬鹿な……」


 公爵の目は驚きに見開かれる。隠してきた帳簿や秘密文書がここまで鮮明に暴かれるとは想像していなかったのだ。


(これまで「前の世界」で学んだことも、全てはこの時のため。私の決意に迷いはない――)


「ならば、ここで貴様を葬り去れば済むことだ!」


 公爵は怒りに任せ、護衛に命じようとするが、その瞬間、ガブリエル、レイナー、ユリウスが一斉に武器を構えて前に出た。


「もう終わりです。貴殿の目論見もくろみはすでに破綻しています」


 ガブリエルの低く落ち着いた声には、深い傷を負ってなお揺るぎない決意が宿っていた。さらにレイナーとユリウスが護衛兵を睨みつけ、周囲を囲む。形勢の不利を悟った兵たちは、次々に武器を捨て始めた。


「くっ……それでも、私はまだ……」


 公爵は最後の抵抗に出て短剣を抜き、パルメリアへ突進する。しかし――


「あなたの時代は終わりよ。……チェックメイトね」


 パルメリアは冷静に公爵の腕を払うと、短剣を床に叩きつけた。華奢きゃしゃに見える身体からは想像できない速さだ。公爵が膝を突いたその時、王太子ロデリックが奥から姿を現す。彼の後ろには、恐怖に顔をこわばらせた国王と数名の近衛兵が従っていた。


「ベルモント公爵。あなたの国庫横領と不正行為は、もう隠し通せない。父上の了承も得た以上、容赦はしない」


 ロデリックの声はわずかに震えていたが、その瞳には強い決意が宿っている。老いた国王は何も言わず、ただその場で静かに立ち尽くすだけ。全てを王太子に委ねているのだ。


「王太子殿下まで……! 私はこの国を守るために……!」


「あなたが守っていたのは、自分の利益と権力だけ。この国や民を思ったことなど、最初からなかったのでしょう?」


 パルメリアの冷徹な言葉に、公爵は力なく視線を落とした。周囲の貴族たちも震え上がり、次々に降伏を余儀なくされる。


 その光景を目の当たりにした国王は、もはや自らの威光が通用しないことを悟らざるを得なかった。炎と怒号に包まれた王都の惨状は、かつての栄華を嘲笑あざわらうかのようだ。長きにわたる王国の歴史が、まさに今、終焉のときを迎えようとしていた――


「……これ以上、民を苦しめるわけにはいかぬ」


 国王は、震わせながら退位を宣言する。自らが王位にしがみつけば、さらなる混乱と流血をもたらすだけだと察したのだ。


 外では革命軍の歓声がとどろき、王都全体が新たな時代の足音を感じ取って揺れ動く。


 こうして、「傲慢な貴族令嬢」と呼ばれたパルメリア・コレットが率いる革命軍は、ついに王宮を手中に収め、ベルモント公爵の野望を潰えさせた。腐敗の象徴であった保守派は瓦解し、国王もまた自ら退位を表明して混乱の収束を図る。


 長い夜が終わりを告げるとともに、王国の旧き統治の幕は静かに下りていった。そして、かすかな光に導かれるように、新たな体制への移行が始まる。

 パルメリアが主導した革命は多くの犠牲と試練を伴いながらも、一つの大きな区切りを迎えようとしていた。だが、これで全てが終わったわけではない。

 荒れ果てた王都を見渡し、彼女は人々が安寧に暮らせる新しい時代を思い描く――ここから先の未来を、その手で切り拓くと固く誓いながら。

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