告白 6話

6話


 息を切らしながら、やっとのことで3人がいるカフェエリアに着いた。


 呼吸を整え、夕咲を見る。


 お客さんはたくさん入っているが、夕咲の周りには誰も座っていないため、閑散としているような感覚になる。


 とりあえずは無事でよかった。


 が、その表情は暗く沈んでおり、水族館に入った時とは対照的。


「夕咲、とにかく、誘拐とかじゃなくてよかった」


「夜凪、それは流石に考えすぎでしょ」


 秋川が少しでも会話を繋ぐために茶化してくれる。


 が、夕咲は黙ったまま。


 再び沈黙。


「夕咲、ごめん。嫌なことしたしちゃったよね」


 心当たりはない。


 だが、言えることはこれくらいしかない。


 俺が何かをしてしまった可能性があるのならば、とりあえずは謝罪だ。


「いえ」


 やっと夕咲が口を開き、少し黙る。


 そして、言葉を続ける。


「……、夜凪さん、すみませんでした。私は機嫌を損ねたわけではありません」


 そう言った夕咲の声のトーンは少し暗かった。


 言葉を選びながら、それでも、聞きたいことは聞かなければならない。


「じゃあ、なんで、そんなに暗い顔してるの?」


 夕咲は少し俯きながら、困ったような笑顔を浮かべた。


「夕咲、夜凪さん、場所を変えたいです。人がいなくて、静かなところに」


 急な申し出だが、断る理由はない。


「もちろん。どこがいいかな」


 館内マップに視線を落とし、人気のなさそうなところを探す。



 だが、水族館でひとけのないところなんてなかなかない。


「なら、イルカショーのとこはどうだ? たしか、そろそろ終わるくらいだし、終わったら人はいねーだろ」


 ハルのナイス提案を採用し、移動を始めた。


 イルカショーから出てくる人の波を躱しながら会場に入る。


 ハルの提案通り、ショー終わりの会場には誰1人いなかった。


 いわば、貸切状態だ。


「夕咲、ここならいい?」


「はい。ありがとうございます」


「じゃ、私たちはちょっと離れとくね。話のお邪魔だろうし」


 夕咲は申し訳なさそうにしながら小さく頷き、それを見た秋川はハルの腕を引っ張って体格の席まで移動した。


 夕咲と2人になり、沈黙を置いてから話しかける。


「……、夕咲、理由、教えてくれる?」


「はい。ですが、……、いえ、順に話しますね」


「うん、お願い」


 夕咲は明るさのない笑顔を作り、話し始める。


「まず、理由は2つあります」


 何かの発表をしているのかのような導入に、少し笑ってしまいそうになったが、今は笑っていいわけないので堪える。


「1つはお話しできますが、もう1つは、……、すみません、できません」


「……、その理由は?」


「昔のこと、だからです。まだ、話す決心はできません。すみません」


 昔のこと、つまり、夕咲が高校に入学するをより前のこと。


 夕咲はあまり昔のことを言わない。


 意図的に避けている感じで、こちらからも聞こうとは思わなかった。


「わかった。じゃあ、言える1つのを教えて」


「はい。といっても、この理由はそこまで大きくありません。言えないもう一つが、私が暗い理由、だと思います」


 夕咲は少し長めの前置きを挟んだ後、ゆっくり話し始める。


「少し、申し訳なくなりました」


「どういうこと?」


「他の班の方々に、夜凪さんが話しかけられた時、あの方々は楽しそうに笑って、喋っていました。だから、少し退屈させてしまっているな、と思いました。それが、理由です」


「そっか」


「すみません、ご迷惑をおかけして」


「夕咲のせいじゃないよ。俺が目を離したから逸れたんだし」


「いえ、そんなことは……、私が、悪いんです」


 夕咲はまた俯いてしまった。


 今度は笑みを作ることはなく、泣きそうな顔で。


 こんな顔の女の子をこのまま普通に慰めるしかできない。


 それは嫌だ。


 暗い顔をしていて、自分を責めていて、今にも泣き出しそうな1人の女の子を。


 そして生まれて初めて、女の子を。


 『夕咲夜奈』を慰めるしかできないなんて。


「っていうかさ」


 声色を明るくして、勢いよく立ち上がり、俯く夕咲の前に立つ。


「また勘違いしあっちゃったね」


「また?」

 

「うん。テスト前に、喧嘩した時みたいにさ」


「ああ、確かに、そうですね。すみま」


「はいダメ」


「え? な、なにがですか?」


「謝りすぎだよ。僕は怒ってもないし、悲しんでもないよ」


「……」


 言葉が見つからないのか、夕咲はこちらを見上げて黙り込む。


「前に言ったでしょ。もっと甘えていいって。覚えてる?」


「もちろんです! とっても、嬉しかったから」


 涙を流して勢いよく答えてくれたので、こっちまで少し泣きそうになる。


 『嬉しかった』、あの時の言葉はやはり間違っていなかった。


「じゃあ、今だって甘えてよ」


「あ、今ですか?」


「うん。言いたいことをしっかり吐き出して、不安なことを聞いてもらうのは、しっかり甘えてくれてる、俺はそう思うよ」


「言いたいことを、吐き出す……、ですか?」


「うん。例えば、日頃の不安とか、悩みとかさ」


「私は、そう言うことは苦手です」


「だろうね。見ててもわかるよ」


「……、あはは、そうですよね」


 作った笑い声に、苦笑い。


「でも、苦手でもやってみれば楽になるかもよ?」


「……、そう、ですね」


 夕咲はやっと、俺の顔を見て話してくれた。


 この調子で、もっと。


「じゃあ、今やってみる?」


「え!? い、今ですか、……、や、やって、みたいです」


「もちろん。なんでも言って」


「は、はい。で、では、いきますよ」


「うん。どんとこーい!」


「や、夜凪、さん。……その、お話があります」


「うん、なに?」


 夕咲の顔がみるみる赤くなっていく。


 そんな恥ずかしいことを言うつもりなのだろうか。


 少し緊張する。


「私は、……、私は」


 夕咲もなかなか決心がつかない様子。


 俺は黙って、話してくれるのを待つ。


「夜凪さんのこと、『好き』、だと思います」


 俺の顔はおそらく、過去最高のスピードで、過去最高の温度を記録した。

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