路地裏で出会った女の子と恋に落ちた話

@kuziira

プロローグ

俺がまだ中学三年だったとき、確か、冬休みにはいって初日だったはずだ。


その日の夜に俺の両親は離婚した。俺が小さかった頃は父も母も仲が良かった。


姉も含めて四人でよく公園に遊びにも行った。他の家庭より裕福というわけではなかったが、十分に幸せだったし、その生活に満足もしていた。


小学校にも友達が多くいてほぼ毎日遊んでいた。


雲行きが怪しくなったのは中学校に入ったくらいからだ。


父の帰りが遅くなり、母との口喧嘩も日に日に増えていった。


その頃の俺はというと、スタートで少し躓いたおかげで友達は多くなかったが、それでも両親の関係に気づかないくらいには幸せだった。


 中学三年に上がった頃にはもう、父と母のはいだではほとんど会話はなかった。


夏休みを過ぎると父は三日に一回程度しか家に帰ってこなくなり、母も父をいないものとして扱っていた。


そしてその年の冬休みついに離婚した。


 原因は父の浮気。


中学校入学以来帰りが遅かったのはそのせいらしい。


俺が二階の寝室で寝ていると一階から母親の怒鳴り声が聞こえてきた。


 心配になって姉を起こし、一階に降りると父はすでにいなくなっており、母は椅子に座り両手で顔を覆っていた。


父は俺と姉がしたに降りる少し前にこの家を出て浮気相手の元に行ったらしい。


それ以来、父とは疎遠になった。


俺も姉も母のことをとても心配していたが、母は自分の気持ちをを隠して家族を養うために遅くまで働き詰めになった。


生計を立てるため当時高校生だった姉もバイトを始めたので、家では一人でいる時間がほとんどだった。


母の顔を見るのはほとんどの場合、朝だけだったし、姉も離婚があってから少し荒れていたので会話はしなかった。


家族と関わる時間がほぼゼロになり、友達と呼べる人も少なかったので遊びに行くことなどもない。


この孤独な時間は俺の不安定だった精神を次第に蝕んでいった。


例年の倍くらい長く感じた冬休みがついに明け、友達に会える喜びを胸に少し長めの通学路を歩く。


だが、久々に教室に入るとすぐに、大きな違和感に襲われた。


今までたくさん見てきたはずのクラスメイトたちの笑顔がどこか恨めしく、憎らしく思えた。


そして気づけば俺は教室から飛び出し、家の門の前に立っていた。


幸か不幸か家には母も姉もいないのですぐに怒られることはなかった。


このときは周囲の人間が何か変わったんだと思い込んでいた。


だが、実際変わったのは俺で無意識に周囲の人間を拒絶するようになっていた。


その後は学校にあまりいかなかった。


母も姉もはじめは怒っていたが日が経つに連れ、それはなくなっていった。


学校に行かなくなった後でも母たちは優しく接してくれた。


家族の思いに応えようと、何度か制服を着て家を出ようとはした。


だが、玄関のドアの前に立つたびに、冬休み明け初日に感じたあの恐ろしい感情が湧き上がってくる。


引きこもり生活のまま俺は受験シーズンに突入した。


家で一人でいる時にはなんとか気を紛らわせようと、ひたすら勉強をしていたので、焦るようなことはなく前期選抜で受験を終わらせた。


中学の知り合いとは会いたくはなかったので地元から離れた高校に進学した。


三ヶ月ほどの引きこもり生活のおかげでこの頃には母や姉に対しても気まずいと感じるようになってしまっていた。


そんな空気から抜け出したくて、俺は一人暮らしをしたいと家族に打ち明けた。


はじめは二人とも反対していたが、一年に一回は会うという条件でなんとか許しを得た。


母も姉も家を出るその日まで俺のことをずっと気にかけてくれていた。


だが、俺はそんな二人の気持ちを汲み取ることはできなかった。


書き置きだけを机に残し、ろくな挨拶もせずに家を出た。


高校に入ったら何かが変わるかもしれない、そう思っていたのだが世の中そんなに甘くなかった。


入学式では隣の人に勇気を出して話しかけてはみたが、三ヶ月のブランクのおかげで会話は一分ともたなかった。


自己紹介でも面白いことを言えるわけでもなく、印象に残りそうなことも言えるわけでもない。


『夜凪夕といいます。趣味は漫画とか小説です。一年間よろしくお願いします』


という小学生の作文並みに中身の無い、しょうもないことしか言えなかった。


そんな俺だったので当然誰かと関わるわけでもなく、誰かに関わってもらえるわけでもなくただただ日常を過ごすのみ。


席が近かった人が友好的だったため、なんとか話し相手が二人できた。


初めは会話が続かず、嫌になることもあったが、最終的にはその二人の根に負けた。


そのおかげか無意識的な拒絶こそなくなった。


が、相変わらず友達は少ない。


というかその二人しかいないが、まあ、友達は量より質だと思っているので悪くはない。


だが、今でもあの日のことは夢に見る。


父と母が大声で怒鳴りあっていたあの最後の夜のことを。


入学式を終えてからの約三週間、俺はただただ無気力に日々を過ごし、気づけば四月を終えようとしていた。



 カーテンの隙間から日が差し布団越しでも朝になったことがわかる。


憂鬱な、と言うほどではないが非常に面倒くさい一日が始まるのだと暗い気持ちを含んだため息を吐き出す。


重いまぶたを押し上げ、起床後すぐになり始めた目覚ましのアラームを止める。


だるいとかめんどくさいとかいう感情を押し殺し、布団から這い出る。


俺、夜凪やなぎゆうは高校から近からずも遠からずの距離にあるマンションで一人暮らしをしている。


家の出方があんなのだったので、あれ以来家族とはあっていないし、連絡が来ても返信はできていない。


条件付きで許してもらった一人暮らしなので、いつかは帰らなければならないが、一体いつになることやら。


そんな対応をしていても母は俺のことを心配して仕送りをすると言ってくれている。


謝るべきなのだろうがその勇気はなかなか湧いてこない。


一人暮らしを始めたのは四月の頭からなのでそろそろ一ヶ月になる。


気持ち的にはもう半年は経っているような気がするのだが。


最近では家事も一通りできるようになったし、生活のリズムもできてきた。


学校の勉強にもついていけてるし、健康のためランニングもしている。


だが、決して豊かな生活とは言えない。


バイトはしているが、家賃や生活費でそのほとんどは消え去ってしまう。


俺の通っている学校は陽空ひそら第三高校といい、県内で十本の指には入る割と賢い高校らしい。(入ってから知った)


昔から記憶力だけはよかったし、引きこもり中は勉強漬けの日々だったので、自分はそこまで苦労しなくてもこの高校に入れたが、周りの生徒の話を聞いてる限り(盗み聞き)、入るにはそれなりの努力が必要らしい。


ちなみに『第三』とついているので大体察しは着くだろうが、うちの高校には第一、第二の二つの兄弟校がある。


学校生活はどうなのかと聞かれると少し返答に困る。


一応友達は二人できたので楽しくないわけではない。


がしかし、まだまだブランクが無くならないので、その他の人との会話ははっきり言って地獄だ。


入学からほぼ一ヶ月も経っているので、ある程度コミュニティは定まってしまっているし、ここから新たな輪の中に入っていくのは俺には無理だ。


そういうことなので、高校が楽しいかそうでないかと聞かれると結構悩む。


(まあ、結局は全て俺が悪いんだけど)

 

重いため息を吐いて、部屋を出る。

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