(仮)#LOOP

華音 楓

第1話

——————今日は20✕✕年8月5日の朝です!!朝です!!起きるのです!!——————


「あぁ~もう!!煩いな!!」

 

 アニメのキャラクターボイスが僕の部屋に鳴り響く。

 この目覚まし時計は親友のひかるから昨日貰った物で、僕は八つ当たりをするかのようについ力強く叩いて止めてしまう。

 壊れるから駄目だってわかってはいるんだけど、あの声が……なぜか僕をイラつかせるんだよね。


「お兄ちゃん煩いよ!!高3にもなってその目覚ましって痛いからね!!」


 隣の部屋にいる妹のルリからも苦情が飛んできた。

 ルリは僕の2個下で、最近ませてきたせいか母さんのように口うるさくなってきた気がする。


「ごめんごめん」

「ほんとにもう!!」


 ルリはまだ怒り心頭なのか、ドスドスと音をたてて一階に降りていった。

 なんともまあ幸先の悪い朝を迎えたものだ……


 僕は眠い頭を振りながらまだ覚めやらぬ意識の覚醒に努める。

 ぬぼっとしたままベットから抜け出し、部屋のカーテンを開けると、すでに朝日は昇っていた。

 真夏の外気温は朝だというのにすでに上昇傾向だった。

 空気の入れ替えと思って窓を開けたら、生暖かい空気が部屋に入り込んできた。

 通りで鼻がむずむずするわけだ。

 エアコンを確認したら、17度設定だった。

 昨日の僕に説教したい気分になってしまった。


 それにしても朝からサイレンが鳴りやまない気がする。

 何かあったのかな?

  


「おはよう悠一。さすがにあの目覚ましはどうかと思うわよ?」

「おはよう母さん。僕もそう思うから、明日からは使わないでおくよ」


 一階のキッチンで朝食を準備していた母さんに挨拶をすると、その足で顔を洗いに洗面所へ向かった。

 洗面所からな何やら鼻歌が聞こえてくる。

 その主は間違いなくルリだ。

 ご機嫌なのは良いけど、若干音程が外れていることに本人は恐らく気が付いていないんだよね。


 それから僕も洗面台で冷たい水で顔を洗い、やっとのことで目が覚めてきた。

 

「おはよう、寝坊助。」

「おはよう父さん。僕の名前は悠一だからね。それに寝坊助はひどくない?ちゃんと起きてきたでしょ」


 僕をからかって面白かったのか、父さんは肩を揺らしてクツクツ笑っていた。

 そんな父さんは、リビングで日課の新聞のチェックをしていた。

 中堅商事の課長職についているだけあって、情報収集に余念がないみたいだ。

 とは言え機械音痴と本人が言うくらい機械が苦手で、紙媒体じゃないと情報収集できないって言う事の裏返しでもある。

 最近では何とか会社のパソコンで書類作成とチェックくらいはできるようになったって自慢してたっけ。


 家族で朝の挨拶を終えだらついていると、母さん特製の朝食がダイニングに準備されていく。

 うちの家では毎朝おおよそ決まったメニューが出てくる。

 ご飯に味噌汁、目玉焼きか卵焼き、山盛りサラダ。

 あとは栄養面を考えた付け合わせ。

 毎朝のルーティーン化しているためか、これと違うメニューの時はなんだか調子が悪く感じてしまうくらいだ。


——————臨時ニュースです。昨夜○○県✕✕市の路上で、男性の遺体が発見されました。状況から殺人とみて警察が捜査を開始した模様です。詳細については……——————


 テレビから流れてきたビックリなニュース。

 ○○県✕✕市は僕たちの住むこの街の事だ。

 通りでさっきからサイレンが鳴っているわけだ。

 何にもないといいんだけどね。

 

 そんなこんなしていると、皆の出勤登校時間が迫ってくる。

 僕も準備を進めるけど、ルリはまさに戦場を駆け廻る兵隊の様な鬼の形相をしていた。

 それもそのはずで、だらだらとスマホをいじっていたら身支度する時間が無くなってしまったんだから。

 そのせいか髪型もうまく整えられなくて、鏡の前でモウモウと騒いでいた。

 僕はいつものようにルリの紙のセットを手伝う。

 これも毎朝の日課になり、多分ルリが小学校の時からずっとやってる気がする。

 そのせいもあって、女の子の髪を結ぶのが上手くなってしまった。

 学校でも女子の髪の毛を結ぶ機会が多々あり、「リア充爆発してしまえ」などと男子生徒からやっかみが飛ぶことがしばしば。


 ピンポーン


 いつもと同じ時間に玄関のチャイムが鳴る。

 それは俺の親友であり、目覚まし時計の送り主の輝の打擲を知らせる合図でもある。


「おはよう輝」

「おはよう悠一。あの目覚まし気に入ってくれたか?」


 玄関を出ると、親友の輝の姿があった。

 輝はウクライナ人の血を引いているせいか、日本人離れした顔立ちをしていた。

 これは血筋のせいかは分からないけど、身体の色素が若干薄いためか、明るめの金髪に碧眼という王子様然とした印象を与えるにふさわしいルックスの持ち主だった。

 輝は小学校3年生の時に転校してきたけど、その時はそのルックスからいじめの対象となっていた。

 僕はというと、そんなことを気にする必要ないのにね?って思っていたので、周りの反応を気にすることなく輝に接していた。

 そのせいで自分がいじめの対象になるとは思っていなかったけど。

 それでも輝がいたから、僕としてあまり気にしていなかった。

 そして輝との友情を決定づけたものがあった……それが同じラノベファンだってことだ。

 学校では最近少しづつ増えてはきたけど、やっぱりまだまだラノベファンは少なかった。

 だからこうやって心置きなく語れる親友は得難いものだと思ってしまう。


「それじゃあ行ってきます」


 そしていつものように僕たちは学校へ向かった。




「おはよう悠一君、輝君」


 僕たちが通学路にある上り坂……通称心臓破りの急こう配を歩いていると、脇道からもう一人の親友であり幼馴染の愛理が声をかけてきた。

 愛理はどこかポワポワした印象を与えるくらいに天然全開の女の子。

 通学中に気になったからと、ちょうちょを追っかけるほど。

 漫画やアニメの世界でしかいないと思ってたけど、現実に存在したんだと驚愕したのは僕だけじゃないはず。

 一緒にいた輝もびっくりしていたから。

 愛理とは保育園の頃からの付き合いで、不思議な事の小中高と全て同じクラスだった。

 愛理は冗談めかせて「これは運命かな?運命だよね?うん!!」なんていってくる始末。

 冗談だってわかっていても、その可愛らしさからドキドキしてしまったのがついこの間の話。

 愛理は僕と輝がいじめを受けていた時、変わらず接してくれていたクラスメイトの一人。

 あと他に、美冬という女子生徒と、一馬という男子生徒がいる。

 この五人はいつも一緒だった。


「愛理……せめて家出るときには鏡みような?」

「愛理ちゃん……これには俺も同意するよ」


 ここでも天然を発動させる愛理。

 口元に朝食べたであろうケチャップがうっすらとついていた。

 僕は鞄にあったウェットティッシュでそれを拭おうとすると、愛理もいつものようにと顔を突き出してくる。

 なんとも無防備な姿にまたドキドキしてしまった。

 顔に出てないといいんだけど。


「あ、ごめん!!家に忘れ物した!!」

 

 輝は愛理の口元を拭くためにガサゴソと鞄を漁っていた際に、家に忘れもをしたことに気が付いたらしい。

 その慌てようから、きっと大事なものだって傍から見てもわかるくらいに動揺していた。


「何忘れたのさ。宿題だったら見せるけど?」

「いや、あの……」


 輝は僕に近づくとそっと耳打ちでその忘れたものを教えてくれた……

 絶対に愛理には知られたくない物。

 官能小説『乱れ忍法触手変化!!』というタイトルのモノだった。

 ここ一年で目覚めたらしく、ラノベとは違う独特の世界観に引き込まれたんだとか。

 そしてなぜ忘れて慌てたかというと、そう、僕をその道に引きずりこもうと画策していたから。

 さすがに気にはなるけど、そっちの世界にはいかないよって毎回言ってるんだけどね。

 今回も聞き入れてはもらえそうにない……


 僕に理由を教えた輝は、一目散にもと来た道を戻っていった。

 遅刻しないといいんだけどね。

 

「いこっか」

「だね」


 愛理と短い会話を交わし、僕たちは通学路を学校に向けて歩き始める。

 しばらく歩くと生徒の数も増え、息も絶え絶えで登っていく。

 真夏の暑い日差しが容赦なく生徒の体力を奪っていく。

 誰だよこんな場所に学校建てたの。

 もっと利便性考えてほしかった。

 始業前にヘロヘロで集中できるわけないのに。


チリン


 するとどこからか涼やかな鈴の音が聞こえる。

 僕だけに聞こえたようで、愛理は疲れと熱さから心が折れかけているみたいだった。


チリン


 また一つ。

 きっとこの登校する集団の誰かのカバンにでもついてるんだろうな。

 僕は最後の体力を振り絞るように、心臓破りの急こう配を登っていく。


チリン


ドスン


「あ、ごめんなさい……」


 僕はあまりの疲れから、左から人が来てることに気が付かづ、ぶつかってしまった。

 意識していなかったせいか、ぶつかったところがやけに痛い。

 そんなに強くぶつかってなかったのに。


「裕君?裕君⁈裕君!!きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 突然愛理が僕の名前を連呼すると、すぐに叫び声をあげた。

 いったい何が……


 そう思った時、突然僕の身体から力が抜けてしまった。

 足の踏ん張りも効かず、そのまま地面に倒れ込んでしまう。

 なんで力が入らないんだ……

 僕は痛みの原因の場所をさすると、ぬるりとしたものを感じた。

 そしてその手を見て初めて気が付いた……血だ……


 え?これ僕の血?

 え?どういうこと?

 どうして?

 どうして?

 そうして?


 薄れゆく意識の中で聞こえたのは、大好きだった愛理の声だった。

 あぁ、僕は死ぬのか……

 ちゃんと愛理に好きだって伝えればよかった……

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