第9話 戦士の渇き



事件から三日。人事部長は「突然の体調不良」という名目で入院していた。真相を語れる状態ではない。誰も、あの夜のエレベーターでの出来事を知らない。


真奈は自分の手を見つめていた。もう普通のサイズに戻っているはずなのに、まだ筋肉が蠢いているような錯覚に襲われる。


「もっと」


内なる声が囁く。それは、化粧品の意思か、真奈自身の欲望か。


「もっと強く」


体が疼く。女神の時とは違う。あの時は精神的な支配だった。今は、純粋な暴力への渇望。


「真奈さん、昨日の資料なんですが」


後輩が声をかけてきた。その瞬間、真奈の体が反応する。筋肉が膨張し始め、メタリックな光が瞳に宿る。


「あ、あの...」


後輩が怯える。その恐怖に満ちた表情に、真奈は痺れるような快感を覚えた。


「どうかした?」


自分の声が、低く轟いている。まるでリングアナウンサーのような響き。


「い、いえ...」


後輩が逃げるように去っていく。その背中を見送りながら、真奈は気づいていた。自分の中で、何かが変わってしまったことに。


化粧室の鏡には、巨大な戦士の影が映っている。それは以前より大きく、より凶暴になっていた。


「次は、誰を壊そうか」


囁きに、真奈は戦慄する。

でも、それは恐怖ではなく、期待に近い感情だった。

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