第9話 美女登場
何度か周囲を観察いていると鬱蒼とした樹木の間に幽≪かす≫かに動いている青い光が見えた。示現が助けに来てくれたのかもしれない。
心当てにして私はじっと青い光を見つめ続けた。青い光は徐々にその光度を強めていったので確かにこちら側に近づいてきていると確信できた。安堵のため息が思わず出る。ただ、安心したのも、つかの間だった。青い光を発光する物体は巨樹の後ろに隠れるようにしてこちら側に向かってきていた。
なぜだろう。少し不安の気持ちが芽生えた。示現ではないのかもしれない。獣、いやそんなことはないだろう今まで見てきた展示物は光など発光していなかった。多分関係者だ。それでも樹林の中では不安の方が勝る。土岐は何か武器になるものがないか体をまさぐった。出てきたものは自宅のカギとボールペンだった。ボールペンを握りしめ、身構えて青い光が近づいてくるのを待ち受けた。
10メートルほど手前の巨樹の後ろで、青い光は微妙に揺れ動いた後その光度を低下させて消え去った。立ち止まったということだろう。そして土岐を安心させるように巨樹の後ろからほっそりした長い指の左手を出して合図するように優雅に動かした。それは、とてもきれいな指を持つ手に思えた。それからゆっくりと一人の人物が姿を現した。土岐は驚いた。今までさんざん驚いてばかりで驚くという感情のエネルギーがまだ残っていたとは信じられないくらい驚嘆した。
女性だった。美女だった。万人が美女と認めるような美女ではないが、土岐が美人と認める範疇の美人だった。息をのんでじっとその瞳を見つめた。
太古の樹林で自分の思っていた理想の女性に会うなんて、そんなシチュエーションがあってよいのだろうか。呆気に取られて言葉が出てこなかった。まだ、30歳前の健康な独身男性なのだ。
こんな異常な状況下にあっても顔が赤くなっていることが自覚できたほどだ。その時は思いもしなかったことだが、世俗の言葉でいうと、ど真ん中のストレートだった。キューピッドの矢が刺さるというのはこういうことを言うのだろう。あとで振り返ってみると巨樹の後ろで一瞬変身するような気配があったが、思い過ごしだろう。
女性は微笑むと言葉を発した。またその声色が好きな局アナの声そっくりなのだった。
「かなりぃー、いいところまでーちかづいてきていますょー」
思考が停止する。展示物はしゃべらなかったのではないか。示現の関係者だからしゃべられるのだ。何を話せばよいだろうか。思考がジャンプしだす。思考回路がショートする。混乱していた。力が抜けてボールペンを落としてしまった。
手の置き場に困って動作が異常だ。ハートに矢が刺さったのだから当然か。刺さっているはずないじゃないか。どぎまぎしたり、おたおたしたりそのような状態が続いていた。
そんな土岐を見て落ち着かせるようにゆっくりと話しかけてきた。
「あのぅー、土岐創さんですかぁー。初めましてー、あなたの世話役の城門弥生でぇーす。お待たせしてごめんなさいー。パニックになった人が出たので対応するのに時間がかかってしまいましたぁー。土岐さんは落ち着きましたかぁー」
「はぁ、はい、わ、私が土岐です。じ、示現さんに説明してもらったので、何とか落ち着いてきましたが、い、移動がなかなかうまくいかないので困っていました」
「土岐さんのご専門は日本の考古学でしたね。かなりいいところまで近づいていますよー。ごあんなぁーいします。ついてきてくださぁーい」
「よ、よろしくお願いします」
土岐は、深く頭を下げた。右も左もわからない森の中で放置されてはたまらない。ここは城門の案内を頼りにするばかりである。普段の土岐なら招待したんだからもっと丁寧に扱ってくれと文句の一つも出るところであるが、そんな心の余裕は全くなかった。
軽くうなずいた城門は、右手の方向に歩き出した。巨木の後ろに城門の姿が消える。このまま消え去られてしまっては、頼りを失くす。土岐は、遅れまいと慌てて後を追いかけた。
すでに城門は5,6メートルほど先の木々の間を歩いていた。城門の後ろ姿と地面から盛り上がった木の根っこを交互に見ながら、姿を見失わないように足を取られないように頭を上げ下げしながら後を追った。
足の裏に感じる厚く堆積した落ち葉の絨毯が心地よい。森林特有のフィトンチッドの匂いも心地よい。生き物が生息していたならとても棲みやすい環境だろう。太古の森の懐の深さが実感できた。4,50メートルほど歩いたであろうか、城門が立ち止まって振り返り土岐が近くに来るまで待っていた。
「どうでした日本の太古の森の雄大さを体験できましたか。ほんの一部の展示でしかありませんが、今の日本では見られなくなっていますから十分に意義のある体験だと思いますよ」
「屋久島が残っていると思いますが」
「屋久島は鬼界カルデラ大噴火で一度全滅しました。ここの展示は、それ以前からの日本の森を展示してあります。私たちはこよなく愛しておりましたが、人類によって巨木はほとんど伐採されてしまいました。
それでも大切に扱ってくださったら現在でも一部は残っているはずです。ヒトは巨木を切り倒し寺院や社、城を建てましたが、戦禍によってほとんどが灰燼に帰してしまいました。
本当に残念です。軍人は歴史に戦術を学びますが、戦わないことを学びません。権力者も同じです、戦うことで多くの文明が消え去ってしまいました。武器が発達した現代では、大戦そのものが地球の文明を失うことと同義なります。
一本の巨木は地球と同じです。一本の巨木を縁≪よすが≫として多くの種が、生きながらえているのです。
地球惑星科学が、発達した現代では、地球の保全が、人類の未来を保証するのです。核を使うことで人類は、恐竜が歩んだような道をたどるのです。森が豊かだった時代、人類はほとんど戦うことをしなかったのです。地球から資源を搾取し続けるのではなく、豊かさを分け与えてくれるようにすることが大切なのです。私たちは豊かな地球をいつまでも、見ていたいのです」
寂しそうに語った後、城門は、再び歩き出した。
視界のなかに巨樹は見えるが、比較的小さな樹木の間を縫うようにして歩いて行く。必死の思いで追いかけてきたので、雑念が払われて少しだけ冷静になったようだ。歩いて行く地面が少しだけ踏み固められている。
けもの道か杣道のようだ。緩やかなカーブを辿るうちに道は徐々に広がって直線的になり人が歩いた道と確認できるようになった。空からの光も十分に届くようになって城門の姿がはっきりと見えるようになった。若い女性にあまり近づいては、失礼かと思い少し離れたところをついていった土岐であったが、安堵と落ち着きを取り戻したことで考える余裕ができてきた。
城門の後ろ姿を見て疑問がわく。着衣は縄文時代の一般的な服であった。草の繊維で編んだ糸目の粗い上着とズボンを身に着けていた。ただ、腰紐がきつく締めつけられているのか、もともとウエストが細いのか西洋の貴婦人のようにくっきりとくびれていた。ズボンの裾から素足がのぞいている。
薄暗かった森の中では黒っぽく見えていた髪の毛はホワイトグレージュのレイヤーロングヘア―だった。
このころの髪形は、頭頂部を大きく膨らませた結髪≪けっぱつ≫が多いはずだった。 話し方も初めはアニメのキャラクターのような、メイドカフェの従業員のような独特のイントネーションのある話し方だったが、今は普通の話し方になっている。
一部分を見るとそんなものかと思う一方全体的にはちぐはぐな感じがする。そういえば示現もこんな感じだった。そして心の中を読むように会話していた。城門の背中を見ながら土岐は示現の話を思い起こしていた。自分自身の方法で反芻してみる。
マンガを読むとき二次元の住人は読者を認識できない。読者が別の空間にいるからだ。三次元の住人は、視覚で絵の動きや言葉をその世界すべてを知覚できる。二次元の住人は、三次元の存在にすべてを読まれているのだ。それと同じように四次元の住人にとって三次元の住人の動きはすべて手の内ということではないのか。三次元の住人が二次元に存在できないのと同様に四次元の住人は三次元に存在できないのではないのか。この城門の実像は我々の視覚に相当するものではないのかという疑問だった。
四次元の住人のインターファイスなのかそれとも超感覚なのであろうか。そう思うと恋心はいっぺんに萎んでしまった。
「失望させてごめんなさいね」
城門は振り向きもせずにいきなり土岐に話しかけた、というより直接心の中に入ってきた。
「あ、ごめんなさい。いきなり、土足で心の中に進入して・・・・・・」
城門は、慌てた様子で振り返るとペコリと頭を下げて謝った。
「脳波の変動があまりにも激しかったので、思わずコンタクトしてしまいました。面と向かって話すのが礼儀でしたね。あなたの考えているように私は直接あなたの脳波に干渉して意思の疎通を図っています。あなたの脳波に同調する間少しタイムラグがあったのは否めませんが、あなたの記憶にアクセスしてあなたにふさわしく思われるようなアバターにして実像化してあります。
記憶の中にはブラジルの女族、アマゾネスの画像やローマの女神のような画像もありましたが、そのような姿で出てきたらおそらく引いているでしょう。あなたの専門の縄文の衣装とより多く記憶されている女性の姿でアバターを作成しましたが、変でしたか」
城門や示現の服装が、奇妙に見えたのは土岐の服装へのセンスが悪かったせいなのであった。正装して発掘現場を動きまわる者はいない。せいぜい作業着かジャージ姿だ。研究室でも、夢中になるほど手は汚れ白衣も汚れてくる。ファッションに疎いのは普段からだからしょうがない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます