第2話 運命の出会い

 その日は、いつも以上に疲れていた。昼間に受けた仕事が予想以上にきつくて、体力が限界に近づいていた。それでも、妹たちを養うためには、どんな仕事でも引き受けてきた。家族を支えるために、もう何年も、何もかも背負ってきた。でも最近、その「どんな仕事でも」という言葉が、少しずつ重く感じるようになってきていた。


「あと少しで家に帰れる……」と、そう自分に言い聞かせながら歩いていたけれど、足元がふらついてきた。歩くたびに、足の裏がジンジンと痛み、息も浅くなっていく。どうにかして頑張ろうとするけれど、体が言うことをきかない。


「ちょっと……」声も出せない。体がふらふらして、次の瞬間、足元が崩れた。


 気づいた時、地面に倒れていた。顔が地面にうずめられ、息が荒くなる。意識がどんどん遠くなり、音も徐々に遠くなっていった。自分の体の感覚が薄れていく中で、足音が近づいてくるのが、かろうじて分かる。


「おい、大丈夫か?」


 突然、肩を揺さぶられて目を開けると、見知らぬ男性が顔を覗き込んでいた。その顔は驚きと心配が入り混じった表情をしている。


「大丈夫じゃない」それが俺の口から出た最初の言葉だった。


「顔色が悪いぞ、しっかりしろ」と、男性は慌てて俺を支えて立たせようとした。でも、足元がフラフラしてて、立つのも辛い。必死にその手を掴みながら、何とか座らせてもらおうとした。


「お、おい、無理するなよ」


 男性は焦って俺をサポートし、近くのベンチまで引っ張ってくれた。


「ここで少し休んで。無理しなくていい」


 その言葉に、ようやく少しだけ体が落ち着いた。震えが止まらないけど、心が少し温かくなった気がした。


「水でも飲んでおけ」と、男性はすぐに自販機からペットボトルの水を買ってきてくれた。


「ありがとうございます」


 水を一口飲みながら、少しだけ体調が戻った気がした。でも、それでもまだ体は重くて、動くのが辛い。


「無理しないで、今日は家に帰ったほうがいいよ」


 男性の優しい声に、どこかほっとした気持ちがこみ上げてくる。


「ありがとうございます。ほんとに助かりました」と、俺は何度もお礼を言った。


「気にすんな。お前が無事ならそれでいい」


 そう言って男性は優しく微笑んだ。その笑顔には、温かさと共にどこか落ち着いた余裕を感じさせるものがあった。


 しばらく、二人で黙って座っていると、男性が急に言った。


「名前はなんて言うんだ?」


 その言葉に少しだけ照れくさい気持ちになったが、俺は素直に名前を答えることにした。


「陽介です」


 少しだけ言いにくかったけど、短く答えた。


「陽介か。俺は零士(れいじ)。まあ、今ちょうど仕事が終わったところだよ」と、零士さんは軽く笑いながら言った。けれど、目は真剣だった。無理しすぎるな、って気遣ってくれているのが伝わってきた。


「お疲れさまです。零士さんも忙しそうですね」と、俺は軽く言葉を返した。


「うーん、まあね」と、零士さんは少し考えてから、曖昧に言った。

「仕事がいろいろあるからさ」


「色々?」


 その言葉が気になったけれど、今はそれよりも体調のことを優先しようと思った。


 零士さんはしばらく、俺が落ち着くのを待ってくれてから、「無理せず、家に帰るんだぞ」と言って、ベンチから立ち上がった。その時は、ただの親切な人だと思っていたけれど、その後、零士さんがある「仕事」で有名な人物だと知ったのは、全く予想もしていなかった。


 その日から、零士さんのことが少しだけ気になるようになった。話すことはなかったけれど、たまに街で見かけると、少しだけ目を向けてしまう自分がいた。助けてもらったことを感謝しながらも、偶然の出会いだっただけだと思っていた。しかし、その偶然は、後に運命の出会いだったと語ることになる。

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