第6話

 部屋に戻り、灯里を待つこと数分。


 何をするでもなく、スマホをいじるフリをしてみるが、全く落ち着かない。

 さっきの出来事が頭から離れず、気づけば変な汗まで滲んでくる。


(いや、冷静に考えろ……。俺は悪くない……たぶん……いや、やっぱり悪い……?)


 そんなことをぐるぐる考えていると、隣の部屋から「お待たせしました」という控えめな声が聞こえた。


(……なんか、妙にドキドキするんだけど)


 ゴクリと唾を飲み込み、静かに扉を開ける。


 ――すると。


 目の前には、ほんのり頬を赤らめた灯里が立っていた。


 チェックのロングスカートに、白いオフタートルのニット。

 シンプルな服装なのに、どこか洗練された印象を受ける。


 肩にふわりと落ちるハニーブラウンの髪が、揺れるたびに光を帯びて美しく映える。

 ナチュラルメイクなのか、透き通るような肌と相まって清楚な雰囲気を強調していた。


(……うん、高校生になったら確実に周りが放っておかないタイプだな。正直、俺が高校生の時にはいなかったな)


 そんな感想が脳裏をよぎるが、今はそれどころじゃない。


 俺は一瞬の迷いもなく、即座に土下座を決めた。


「申し訳ありませんでしたー!!! 警察だけは勘弁してください!!!」


 床に頭をこすりつけ、全力で懇願する俺。


「えっ、ちょ……!?」


「高校生にもなっていない、いや、高校生でもアウトなのに! そんな子の着替えを覗く愚行を犯してしまいました!!!」


 まさに、今この瞬間はプライドも何もなかった。


「いえ、もうほとんど着てましたし、大丈夫です……なので、土下座はやめてください……」


 灯里は呆れたような、どこか残念そうな視線を俺に向けてくる。

 その目は、「こいつ大げさすぎる」とでも言いたげだった。


 さらに、小さくため息をついたかと思うと――


「はぁ……せっかく頑張って選んだのに……」


 ぽそりと呟いた。


(ん? なんか拗ねてないか?)


 俺は顔を上げ、灯里の表情をうかがう。


「どうした?」


「……いえ、なんでもないです」


 そっぽを向く灯里。


 いや、完全に拗ねてるじゃねぇか!!


 見ると、唇を小さくとがらせ、視線をわざと逸らしている。

 それでいて、ちらちらと俺の方を伺っているのが分かる。


(いや、めちゃくちゃ気にしてるじゃん……!)


 こういう時、どうすればいいのか。

 下手に触れると面倒なことになりそうだが、触れないとそれはそれで問題だろう。


 とりあえず、話を変えることにする。


「でもまぁ、あんなに小さかった灯里が……こんなに可愛いというか、どっちかっていうと綺麗になったよな。ほんと久しぶりだ」


 タイミングを逃していた言葉を、今改めて伝える。


 すると――


「……っ!!」


 灯里の顔が、一気にりんごのように真っ赤になった。

 うつむいて、ニットの裾をぎゅっと握りしめる。


「あ、ありがとうございます……」


(え、そんなに照れることだった!?)


 ここまで 露骨に照れている灯里 を見ると、なんだかこっちが申し訳ない気持ちになってくる。


「こんなに綺麗になったら、高校に入ったら周りの男どもは放っておかないだろうなぁ。気をつけろよ?」


 俺は軽く冗談混じりに言ってみた。


 すると――


「ないです」


 一瞬で表情が無くなった。


「いや、あるって! もし誰か告白してきたらどうするんだよ?」


「そんな人、現れても相手にしません!!!」


「いや、多分、先輩やら同級生やらいっぱい群がってくるぞ?イケメンとかいるかもしれないぞ?」


「いいんです!!大丈夫ったら大丈夫なんです!!」


 ふんすっ!! と鼻息を荒くして胸を張る灯里。


(……どこにそんな自信があるんだ?)


「そ、そうなのか? まぁいいや、準備できたなら行こうか。三月とはいえ、日が落ちたら寒いし、早めに済ませよう」


「はい!」


 灯里は元気よく頷いた。


 その時、ふと視線がぶつかる。


「……っ」


 灯里の瞳が一瞬揺れ、ぱっと目を逸らす。

 それだけならいつもの仕草の一つに思えたが、なぜか今回は違った。


 彼女は何も言わず、手元で小さく握ったコートの裾をそわそわと指でいじっている。

 それが妙に落ち着きなく見えて、俺は首を傾げた。


(なんだ? さっきまで普通だったのに……)


 灯里は唇をわずかに噛み、ちらっとこちらを伺うような仕草を見せたが、結局何も言わずにふいっと視線を落とす。

 そして、思い切ったように 「……寒いですね」 とぎこちなく言い、コートに手を伸ばした。


(……いや、絶対寒さ関係ないだろ)


 その無理やり話を切り替える感じが、なんとなく分かりやすくて可笑しい。


 俺は何も言わずにコートを手に取り、袖を通す。

 その間、わずかに生まれる沈黙。


 妙に落ち着かない空気が流れたあと――


「じゃあ、行きましょう!」


 灯里が少し強めの声で言い、勢いよく外へ踏み出した。

 その動きはほんのわずかにぎこちなく、どことなく誤魔化すような印象を受ける。


 俺は小さく笑ってから、「おう」とだけ返し、彼女の後に続いた。

========================

更新が遅くて申し訳ないです……

複数同時並行で書いてる人ってどうしてんだろって思う今日この頃

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る