ジュウニントイロ

西條 ヰ乙

第1話

「二年三組の給食が消失しました。心当たりのある方は職員室へお越しください」


 学校内に響くアナウンスに、周囲の生徒たちはまたかとため息をこぼした。

 なにを隠そうこの給食消失事件は今月で二度目だ。


「ごめーん、また俺テレポッちゃった?」


 そう言って苦笑しつつ頭を掻きながら一人の男子生徒が駆け足で教室の前を通り過ぎた。向かう先は職員室だろう。


「今回はどこに飛んだのかな?」

「前回は屋上だったよね」


 周囲のため息がクスクスとした笑い声に変わる。

 先程職員室に向かった生徒は一年生で、リナと同学年だ。テレポーテーションの能力を持っているのだが、これがよく暴発するらしく今回のように悪意なく突然誰かの物をどこかにテレポーテーションしてしまうらしい。


「てかさ、今日の英語の授業、小テストあるって言ってなかったけ?」

「あ、完全に忘れてたわ。やばー、ちょっと未来予知で小テストの範囲見てよー」

「駄目だよ。そういうのは禁止されてるんだから。もしそれをやったら怒られるのは私なんだからね」

「ケチー。ね、リナちゃんもそう思わない?」

「えっ」


 近くで話をしていた女子生徒たちが急にこちらに話題を振ってきた。リナは動揺して視線を窓の方に逸らして曖昧に頷いた。


「ほらリナちゃんもテストの範囲知りたいって」

「そこまでは……言ってないけど」

「自分で努力しなさい」


 小さく呟くリナに続いて彼女の話し相手がバッサリと切り捨てると配膳を始めた。

 本日の給食がどこかに消えた二年生とは違って、リナの在籍する一年一組の教室には給食の入った食缶が置かれている。それをクラス全員で配膳して、やっと給食が食べられる。

 四時限にわたる授業を終えた育ち盛りの学生は急げ急げとテキパキと配膳をこなしていた。

 すべての配膳が終わり、苦笑しつつ自身の教室へ戻るテレポーテーションの能力を持った男子生徒を横目に手を合わせる。


 ここは都立温心第二中学校。在籍する生徒は全員なにかしらの特殊能力を持っており、校則がわりと緩めなのもあってネクタイや髪色に個性が溢れている。

 そんな中、リナのネクタイは白。持っている能力は人の心を読むことができる世間一般ではテレパシーと呼ばれるものなのだが、この能力を使うにはひとつ条件がある。

 それは心を読む対象と目を合わせること。

 たったこれだけなのだが、人と目を合わせるのが苦手なリナにとってはなかなかにハードルの高い発動条件だった。

 生まれてこの方二回くらいしか使ったことのない能力だ。

 人の心を読める能力は羨ましがられる半分、気味悪がる人もいた。だからちょっとだけ長い前髪で目元を見えづらくさせて、能力は使わないように気をつけている。

 まぁ目を合わせないといけないという条件がある時点で使いたくても、人見知りなリナにはそうそう使えないのだが。


「やっば、いや、セーフ!」

「あっ、来るの遅いよー」

「もう給食の時間だぜ?」

「ごめんごめん、昨日徹夜でゲームしちゃって普通に寝坊した」


 リナが黙々と食べていると、教卓の前に女子生徒が急に姿を現した。

 彼女は瞬間移動の能力持ちで、自身が触れた物体と自分自身を瞬時に別の場所に移動させることができる。

 ついでにいうと遅刻の常習犯で、授業中などであっても急に教室内に瞬間移動して学校に登校してくることもままあった。

 遅れてきた生徒は自身で配膳をして、ごく当たり前のようにご飯を食べ始めた。あとで担任の先生にまた遅刻かと怒られること間違いなしだろう。


 給食の時間が終わり、掃除の時間になった。リナの担当は体育館だ。同じ体育館担当の生徒たちとともに体育館に移動して掃除を始める。

 しかし毎日体育や部活で使われている体育館内はそう汚れておらず、すぐに掃除が終わって掃除が終わるまでの残り時間をボール遊びをして過ごし始めた。

 その輪の中に入っていけず、リナは一人体育館から抜け出した。体育館横の、陸上部が使う倉庫の前に腰を下ろす。

 ここは人が来ることはそうそうないので落ち着く場所だ。

 自分ももっと派手な能力を持っていたらな、なんてくだらないことを考えて掃除の時間が終わるのを待っているとどこからかにゃあと愛らしい鳴き声が聞こえた。

 リナは立ち上がって声の正体を探すと、倉庫と学校を囲う外壁の隙間に一匹の猫が挟まっていた。

 体をくねくねと動かしてなんとか隙間から抜け出したいようだ。

 動物は好きだ。リナの心を読む能力は人以外には効かないから。

 リナは挟まった猫をそっと捕まえると隙間から逃がしてあげた。外傷はなさそうだ。早く見つけて助けることができてよかった。


「にゃー」


 お礼なのか、にゃあと鳴いてリナの足元に頭を擦り付けてきた猫にリナは笑顔をこぼす。

 人慣れしているのか逃げる気配はない。リナは猫の頭を撫で、猫の容姿をまじまじと観察する。

 茶色の毛に、琥珀色のつぶらな瞳。サイズからしてまだそう歳はとっていなさそうだ。


「か、かわいい〜」


 リナは猫にメロメロになり、あまり人前では見せたくないデレデレな顔で猫と触れ合った。

 頭を撫でても猫は抵抗しないが、顎を触ろうとしたら猫パンチを喰らった。痛くないないので、パンチすらもただただかわいい。


「かわいいね〜」


 頭をなでなで。リナが猫との触れ合いを楽しんでいると、掃除の時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 そろそろ教室に戻ろうと立ち上がったリナはくらりと軽い貧血を起こして転びそうになった。

 だがここで転ぶわけにはいかない。なぜならそこには猫がいるから。

 しかしリナの意思とは反対に、体が傾いてしまった。せめて猫を潰さないように、とリナは両手を広げて四つん這いになって猫に接触するのを避けた。


「わ、大胆だね、きみ」

「へ? ……ひゃあ!」


 猫を押し潰さないようにと両手を開げたリナの手元から声が聞こえた。リナがとっさに視線を落とすと、そこに猫の姿はなく水色のネクタイをした男子生徒が寝転がっていた。

 思わず悲鳴をあげて後ずさる。

 めまいを起こしたせいで幻覚でも見ているのかと思ったが、何度瞬きをしても目の前に人がいる事実は変わらない。


「ねぇ、きみ」

「ご、ごめんなさい!」


 制服についた土をぱんぱんと手で軽く払った男子生徒が一歩こちらに近づいてきた。堪らずリナは謝罪の言葉を残して教室へと逃げ帰った。

 さっきの人は誰だったのだろう、なんであんなところにいたのだろう。猫がいなくなって、代わりに人がいたということはあの猫は彼の能力に関わるものだったのだろうか、などと幾つもの疑問が湧いては真相がわからぬまま消えていく。

 事故とはいえ、男子生徒を押し倒すような姿勢になってしまったことを思い出すと、授業中であるにも関わらず羞恥心が濁流の如く溢れ出す。


「……どうか二度と会いませんように」


 服装から察するに彼もこの学校の生徒だろう。今後校内ですれ違うことがあるかもしれない。

 だがもし次に会ったときは平常心を保てる気がしない。リナは心の中で彼との再会がないことを願って、そしてその願いは放課後にいとも簡単に打ち砕かれた。


「やっ」

「なんでここに……」


 授業を終え、帰宅しようとしたリナの眼前には昼間に出会った男子生徒の姿があった。

 上履きの色からしてどうやら彼は三年生のようだ。なら、なおさらなぜここにいるのかわからない。ここは一年生の教室のはずだ。


「上履きの色からして一年生。その中でも白いネクタイの子はきみひとりだったから探すのに時間はかからなかったよ」


 そう言って笑う先輩にリナは内心慌てふためいていた。

 あれは不可抗力だ。なのにわざわざ教室に乗り込んでくるなんて怖すぎる。


「す、すみません……」


 とりあえず謝っておく。相変わらず目を合わせることはできない。それはリナが人見知りだというのと、押し倒してしまったという二つの理由があるからだ。


「なんできみが謝るの? 体育館でも思ったけど、逃げないでよ。俺はただ助けてくれたお礼を言いたかっただけなんだから」

「すみません……え?」


 彼の話を聞くに、乗り込んできたというわけではないようだ。ちらりと彼の表情を窺ってみるが、たしかに怒っている様子はない。


「そ、うだったんですか。べつに私はなにもしていないので」

「いや、きみが助けてくれなかったら俺は一生あの隙間に挟まってそのまま餓死してしまうところだった。だからありがとうって言いたくて」

「……はい」


 お礼を言われたときの最適な返しが思いつかずとりあえず頷いた。

 怒っているわけではない、ただお礼を言いにきただけ。それがわかってリナは一安心したが、先輩を床ドンした事実は変わらないので今度は羞恥心が襲ってきた。


「お、お礼の言葉はいただきましたので私は帰らせていただきます!」


 扉を封じるように立つ先輩の隣を潜り抜けて教室から抜け出す。帰りに本屋でも寄って行こうかと思っていたが、今日はおとなしくまっすぐに家に帰ろう。リナがそう思ったときだった。


「ちょっと」


 右手に違和感を覚える。なにかに掴まれているような感覚だ。リナが視線を向けると、先輩の手ががっちりとリナの腕を掴んでいた。


「ま、まだなにか?」


 礼を言いにきただけならもういいだろう、帰らせてほしいという気持ちを抱きながら先輩に問いかける。すると先輩は目を輝かせて口を開いた。


「きみ、人の心が読めるんだって? 面白い能力だね。希少性も高い」

「いやぁ、私はあんまり能力は使わないようにしているので……」

「勝手に人の心を盗み見るのは失礼だって思っているからかな? 優しいね」

「そ、そんなんじゃ」


 リナがなんと返しても先輩はリナの腕を離さなかった。周囲から視線が集まって恥ずかしい。


「あの、そろそろ離してもらっても?」

「え? ああ、ごめん。きみが帰ろうとしたから慌てちゃって。実はきみにお願いがあってきたんだ」

「お願い、ですか」


 リナが勇気を振り絞って離してほしいと言うと、先輩は簡単に腕を解放してくれた。そしてわざわざ一年の教室にまでやってきた本当の理由を話し出した。

 リナはきょとんとなりつつも先輩の話を聞く。


「そういえばまだ名乗ってなかったな。俺はアオト、三年四組」

「い、一年一組リナです」

「うん、きみを探してたときに名前を聞いたから知ってる。あと心を読む能力だってこともね。まぁそんな能力を持つ人にお願いごとをしにきたってことは大体の内容は察せられるだろうけど」


 そういえばいたな、とリナは思い出す。あれは小学校低学年の時だっただろうか、とある男子が好きな女の子の心を読んできてほしい、俺のことをどう思っているか聞き出してほしいと頼まれたことがある。

 幼い頃のリナはいいよと快諾してしまい、結果的に依頼してきた男子を傷つけてしまった。

 そして勝手に心を読んだことがバレて女子に怒られてしまったのだ。思い返せばあれが他人のプライバシーに配慮するようになったきっかけだった気がする。


「私、そういうのはやってなくて」

「まだなにも言ってないのに」

「どうせ好きな子の心を読んできてほしいとかなんでしょう?」

「違うって」


 アオトは首を横に振った。


「じゃあなんの用なんですか?」


 少し驚きながら、アオトに問いただす。するとアオトは場所を変えようと言って歩き始めた。


「どこに行くんですか?」

「神社」

「え?」


 廊下をてこてこと歩いていたが、アオトが止まる気配は一切ない。そのまま下駄箱に向かったのを見て、リナは疑問を口にした。

 しかし想定外の答えが返ってきて上履きを脱ぐ手が止まる。


「な、なんで神社に?」

「そこに待っている人がいるからさ」

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