第8話 新入生狩り
あきらかな言いがかりをつけられたと思う。
これは巷で言われている『リコリス寮の新入生狩り』だ。
生意気そうな新入生を見つけてきて、見せしめのために狩るのだ。
単純に暴力を振るったり、精神的に追い詰めたりと、例年色んなことをやっているようだったが、学校関係者にはバレないようにしており、なかなか情報が出回ってはいないのが実情だ。
新入生を使って、めぼしい新入生を見つけてきて敵認定する。
共通の敵を作ることで、寮内の団結力を高めるという目的があると聞いたことがある。
こうなってしまうと、なにをされても勝てない。だからリコリス寮には近づくなと。そうやって私は教えられた。
そのことをまだ舞白に言っていなかったのだ。
まさか、初日から狩りが行われるとは……。
「どっちが悪いか、わかってんのか? 自覚してないのか? あぁ?」
「こりゃー、お姉様の教育も悪いんじゃねえのか?」
畳み掛けるようにして、リコリス寮の連中が私たちに文句をつけてくる。
言っていることは、言いがかりも甚だしいことだし、学校へ通い始めた初日で教育が悪いも何もないだろう。
ただ、そんな正論が通じるような奴らじゃないから厄介なのだ。
ここは素直に謝って許してもらおう。
こいつらも、本気でこちらに損害を訴えているわけではない。ただのパフォーマンスの一つだ。
ここは大人になって。頭一つ下げれば、終わる話。
社会に出て、上流社会に身を置くことになれば、理不尽な場面で謝るということもあるものなのだろう。それが人の上に立つものということだ。
私は素直に頭を下げる。
「申し訳ございませんでした。私の妹が粗相をしてしまいました」
「おい、謝ることないだろ。私は悪いことはしていないし!」
「こういう時は、謝るものなの。わかってね」
頭を下げた状態で、舞白を諭す。こういう姿を見せるのも、教育の一環というものだろう。
「なんだよそれ! 悪くないのに謝るなんて聞いたことねぇよ! 馬鹿じゃねえの!」
舞白が大声を出すと、食堂は静まり返ってしまった。
「私は、絶対に謝らねぇぞ。喧嘩ならいつでも受けてやるよ。姫宮の保護者がお前だとしたら、お前が代理でやってくれてもいいんだぞ!?」
「舞白やめてっ!」
私が制止しても、舞白は止まらないようだった。鳳凰の胸ぐらに掴みかかる。
「なぁ、雪野舞白。これが、どんな行為なのか、わかっているのか?」
「知らねぇよ。喧嘩だろうが。表出ろよ!」
「わかっていないようだな。お前一人だけの問題じゃなくなるって言ってるんだ。寮同士の争いになるぞ?」
「あぁ上等だよ、やってやろうじゃねぇか!」
「舞白、ダメだって!!」
舞白の手をはたき落とすように、上から手を掴んで鳳凰に掴みかかった手を離させる。寮の抗争は絶対にまずい行為だ。
「申し訳ございませんでした。私の責任です」
もう、こうするしかない。
私は、その場にひざまずく。スカートを畳んで正座をする。
そして、両手を地面へとつけて頭を下げる。
生まれて初めて土下座をする。
これが、最大の謝罪のはずだ。
悪いことをしてしまったら、こうするしかない。今の私になんの力も無い。けど、寮同士の争いなんて絶対に起こしちゃダメだ。
私にできるのは、ただただ謝ることだけ。
「おい、千鶴! なんで土下座してるんだよ。私は悪い事していないって言ってるだろ?!」
「ダメなの。少しでも非があれば、私たちが悪い。加害者になるの」
「意味わかんねーよ。なんでだよ!」
リコリス寮の人たちがクスクスと笑っている声が聞こえる。
「はぁー……。それで謝っているつもりなのかな? 土下座のやり方も知らないの?」
鳳凰は私と同じくらい顔を下げてきて、私と目線を合わせてくる。
そして、地面をトントンと叩く。
きっと床に頭を付けろっていうことだろう……。
確かに私も、最上位の謝罪の方法というのは知っているけれども。こいつらは容赦がないようだ。
育ちが悪い奴らって、だから嫌いだ……。
だから、リコリス寮には関わるべきではない……。
「仮に悪かったとしても、千鶴が謝ることは無いだろ。頭上げろよ。私が謝る」
「こういう時は上の人が謝らないと意味が無いの!」
「知らねーよ!!」
舞白はいきなりテーブルに手を着いたかと思うと、テーブルにあったナイフを手に持った。そして、それを自分の髪の毛に押しやった。
「いや……、何やってるのよ、舞白?!」
「私は謝り方なんて知らねーよ。けど、こんくらいやれば良いんだろ。ほら、女子たちの命。大好きな髪の毛を切ってやるよ」
高級レストランでは、食器も良い物を使う。ナイフの切れ味も良い。
舞白が押し当てたナイフは、髪の毛をスッパリと切った。
舞白の肩の下あたりまで伸びていた髪の毛がバッサリと切られて、首もとまでの長さとなってしまった。
切られた髪の毛を手に掴んで、それを鳳凰へと差し出した。
「ほらよ。あぁ、言い方が違ったか……。悪かったな、これで許せ」
相変わらず反抗的な目をしており、心からの謝罪というわけではないだろうけれども、すごいことをやってのけた。
「いや……、言いがかりされても嫌だから、ちゃんと謝ろう。……申し訳ございませんでした」
今までの態度とは違って、綺麗なお辞儀をする舞白。
綺麗な立ち姿勢から、上半身を四十五度傾けるような最敬礼だ。この学校に通うようになってから初めて知った礼儀作法。
そんなこと、習っていないとできないだろうし、そもそも小さい頃からでもやっていなければ、こんな綺麗にはできないだろう。
見惚れてしまうくらい綺麗だった。
ただ、鳳凰は納得していないようだった。
「いや、足りないな……」
こんなに綺麗な敬礼にも、リコリス寮の鳳凰はケチを付けるようだった。
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