第3話 ルナサイド
「これは……月とその周辺にあるスペースコロニーのホログラムですか?」
「ええ。コロニーだけL1とL2しか投影しておりませんが」
「他のコロニーは映さないのか? ラグランジェ点上にあるコロニーは他にもあるはずだろ?」
ラグランジェ点とは、「地球の重力、月の重力、地球を公転する運動で発生する遠心力が釣り合う点」の事を指して言われるものだ。
ちなみにL1は地球と月の間、L2は地球から見て月の裏側にある。
その事を全員把握しているのを皆の反応を見て確認したのち、ゴーシュは質問に答えた。
「L3、L4、L5に関しては敢えて除外しました。今からする話とはあまり関係ありませんので」
「ふぅん。まあいいや、続けてくれ」
「わかりました。それではまず、L1の詳細に関して一応おさらいしておきましょうか」
言いながら、ゴーシュはスペースコロニーL1のホログラムを拡大させた。
「スペースコロニーL1……通称【ルナサイド】。小惑星を土台にしたシリンダー型のコロニーで、居住面積は57平方キロメートル。人口は約180万人で、その八割は月からの移住民。主に地球や他のコロニー間との中継基地として利用されており、そのため貨物輸送関係の職に就いている者が多く、それ以外にも学術都市として栄えている面もある。ほぼ月側のスペースコロニーと言っても差し支えはないでしょう。ここまではよろしいでしょうか?」
「ええ。あたしもよく知っている事ばかりだわ」
「そうですね。特に訂正する点もないかと」
「俺も右に同じだ」
では続けましょう、とゴーシュは小型携帯デバイスを操作して、今度はホログラムを縮小させて新たなに地球のホログラムを投影させた。
「この【ルナサイド】から地球までの距離はおよそ32万6000キロメートル。【ルナサイド】から月までの距離がおよそ5万8000キロメートル。月から一番近いコロニーがこの【ルナサイド】となりますね」
「まあその通りだが、それがどうかしたのか? まさか【ルナサイド】を月に落とそうってイカれた話をするわけじゃないよな?」
「それはそれで面白い案ではありますが、そこまで非現実的な事は言いませんよ」
ジルベーンの冗談を一笑に付して、ゴーシュは【ルナサイド】のホログラムを再度拡大させた。
「この【ルナサイド】ですが、中心が空洞になっている理由は皆さんご存知ですか?」
「そりゃあな。小惑星をそのままコロニーにするには構造上、重力の問題が出てしまう。特に健康面において、無重力に近い生活はどうしても筋肉の衰えや骨密度の減少、体液シフトと呼ばれる頭に血が上る等の身体異常が起きてしまうからな。これは筋トレや薬などで改善できなくもないが、誰もそこまでしてコロニーに住みたいと思う奴なんて、特別な事情でもない限りそうはいないだろ?」
「そうね。地球の生活よりも大変な環境なんて絶対に嫌だわ」
「まあ、元から無重力生活に慣れている人ならそこまで苦にはならないかもしれませんけどねぇ。ただ常に色々と健康面を気にしないといけないのは、何かと支障が出そうな気はしますが」
「だからなるべく重力が生まれるよう、中心をくり抜いて軽量化させた上で、コロニーを回転させなきゃいけないわけだ。こうしないと遠心力を利用して人口重力が生まれないからな」
「逆に言えば」
と、ここでゴーシュが不意に言葉を挟んだ。
「軽量化させた結果、小さな隕石ひとつでも甚大な被害が生まれやすいというわけです。まあ実際は軍も駐留しているので、隕石が衝突してくる事なんてそうそうないと思いますが」
「外殻は高純度カーボンナノファイバーのメッシュで覆われているだけだからな。いくらカーボンナノファイバーが鋼よりも硬いとはいえ、中が空洞化した状態だと、スピードにもよるが隕石の落下に耐えられるほどの強度があるとは思えないし、仮に耐えられたとしても内側までの衝撃までは殺せない。当たりどころが悪けりゃ、最悪コロニーの回転が止まって大惨事になるだろうな」
「ええ。それこそ【ルナサイド】の住民のほとんどが亡くなってもおかしくないくらいには」
「恐ろしい話ね。だからコロニーでの生活なんて考えたくないのよ」
「キャシーさんは相変わらずコロニー嫌いですねぇ。私の弟家族がL4の方で生活していますけれど、惑星と違って季節に翻弄される事もなくて案外快適だと言っていましたよ?」
「コロニーは気温調整も雨も自在に操れるものね。でもだからと言って住みたいとまでは思わないわ。だって怖いものは怖いもの。コロニーに別荘があるジョージにはわからない感覚なのでしょうけど」
それはともかく、とキャシーはテーブルの上で頬杖を突きながら話を変えた。
「そのコロニーが月のテロを止めるのと、一体どう繋がるのかしら?」
「では、そろそろ結論を話しましょうか」
そう言って、ゴーシュは笑顔のまま【ルナサイド】を指差した。
「【ルナサイド】を破壊する──それが月の独立運動を止める最も効果的な解決策として提案します」
瞬間、場が凍り付いたように音が消えた。
聞こえるのはジョージ、ジルベーン、キャシー三人の息を呑む音。そして空調機の機械音だけ。
そんな中で、ゴーシュだけは己が放った発言に何の疑問も抱いていないような無垢な笑みを浮かべて泰然と座していた。
それからどれだけの時が経っただろうか。時間にしてみれば一分も過ぎていないかもしれない。されど、少なくともゴーシュ以外の三人だけは何時間も時が過ぎたような錯覚を感じた。
ややあって、
「……【ルナサイド】の破壊、だって?」
恐る恐ると言った具合に、ジルベーンが訊ねる。
「それはマジで言っているのかゴーシュさんよ?」
「ええ。至って真面目に言っています」
「マジで言ってそうだな……」
ゴーシュの表情を見て、ジルベーンは深い吐息を零しながら、組んだ両手に額を当てた。
ジョージとキャシーも同様に、ゴーシュの本気の雰囲気に──相変わらずの笑顔であるけれど、それまでの柔和だったものとはまるで違う深淵を思わせる紺碧の瞳に、二人とも気圧されたように瞠目していた。
そんな中でも比較的冷静でいたジルベーンだけが、伏せていた顔を上げてゴーシュに視線を向けた。
「【ルナサイド】を破壊するなんて、一体どうやってだ? あそこには月側の軍が駐留しているって、ゴーシュさん自身が口にした事だぜ? どうやって軍をやり過ごすってんだ?」
「通信網さえ麻痺させれば、それなりに時間を稼げるのでは?」
「EMP(電磁パルス攻撃)か……」
ゴーシュの返答に、ジルベーンは眉間に
「い、EMPって……それって【ルナサイド】で起こすんですよね? どうやって? 爆弾で発生させるにしても、軍だって何もせずに大人しくしているとは思えませんが……」
「【ルナサイド】に小型電磁パルス発生装置を持たせた複数の人間を潜入させれば、あとはどうとでもなりますよ。何も外からEMPを仕掛ける必要はありません。そういった特務機関の人間には心当たりがおありでしょう、ジョージさん?」
「いや、それは……しかし……」
「問題はそこじゃないでしょ、ジョージ」
ダラダラと滝のような汗を流して口籠もるジョージに、キャシーが厳しい面持ちで言い放った。
「どうやってやるかなんて、この際どうでもいいわ。重要なのは【ルナサイド】の人命に関する事よ。あそこには少数ながら地球人もいるのよ? その人達まで見殺しにするつもり?」
「僕もそこまで冷血漢というわけではありませんよ。地球人の方々に関しては、それこそジョージさんのような政府関係者に頼んで秘密裏に保護してもらったあとに計画を実行した方がいいだろうと考えています。というより──」
と、依然として険しい顔相でいるキャシーに、ゴーシュはチェシャ猫のように目笑しながら語を継いだ。
「【ルナサイド】に住む月の民に関しては何も触れないんですね。てっきり非人道的だと反論されるものかと思っていましたが」
「もちろん非人道的だとは思うわ。けれど、このまま何もしなければ地球の民が一方的に殺されるだけだもの。それこそ、いつか月の民による大量殺戮だって行われるかもしれない。そんなの看過できる事態じゃないわ。たとえ、それで多くの月の民を死なせる事になったとしてもね」
「なるほど。思っていたより排他主義だったんですねキャシーさん」
「そういう言い方は好きじゃないわねゴーシュさん。ただ二者択一しかないのなら、他星よりも自星の未来を選ぶってだけの事よ」
「いやでも、キャシーさん。しかしですね、さすがにそれは色々まずいと言いますか……」
「なによジョージ。はっきり言いなさいよ」
「で、では言わせていただきますが……」
キャシーの射竦めるような視線に気圧されながらも、ジョージはおずおずと言葉を紡ぐ。
「いくら月の民によるテロが頻発しているとはいえ、本当に【ルナサイド】を破壊してしまったら、太陽系惑星群からの批判は免れませんよ? そうなれば当然経済制裁やその他の外交的問題も……」
「どうやらジョージさんは、これらの計画をすべて地球連邦軍にやらせると思い込んでいるようですが、少し違いますよ。もちろん地球連邦軍にも協力してもらう場面はいくつかありますが、あくまでも軍とは関与していない地球のテロ組織による犯行という態での計画なので、他星による内部干渉などはそこまで心配される必要はないかと」
「そんな簡単に上手く行くとは思えねぇけどな」
それまで黙っていたジルベーンが、ここで不意に口を挟んできた。
「さっきのEMPにしてもそうだが、向こうもバカじゃない。当然、電磁シールドといったEMP対策もちゃんと用意してあるはずだ。それに昔ならいざ知らず、復帰活動だって一日も経てばインフラも元通りになっているはずだぜ?」
「でもそれって、逆に言えば一日は【ルナサイド】の通信システムやその他の機器を麻痺させられるって事でしょ? その間に狙われたらどうするのよ?」
「仮に、だ。仮に【ルナサイド】内でEMPを使われたとしても、その外周にいる巡視船や軍艦までは影響されない。つまり緊急時の【ルナサイド】に近付こうする船はすぐにレーダーで感知されるはずだ。ミサイルやレーザーを放ったところで、ちょっとやそっとの攻撃じゃ【ルナサイド】には当たらないぜ? 向こうの船には迎撃ミサイルもレーザー対策のシールドだって完備してんだからな」
「そ、そもそも武装している船が無許可で月近くの星海にいたら真っ先に停止命令を受けますよ。これはジルベーンさんも指摘していた事ではありますが……」
「だな。ジョージの言う通り【ルナサイド】を攻撃しようにも、どのみち船からの攻撃は不可能だ。それ以前に近寄れもしねぇよ」
「なら、超長距離からの攻撃ならば可能という事ですか?」
ジルベーンの返答に、ゴーシュが教師に訊ねる生徒のように挙手した。
「たとえば、そう──地球からとか」
「地球から? ここから32万6,000キロメートルも離れた【ルナサイド】にか? ミサイルがあそこまで届くのに何時間掛かると思ってんだ? 今の技術でも五時間は掛かるんだぜ? それまで【ルナサイド】の周囲を警戒している軍が何もしないと思っているのか?」
「十中八九、迎撃されて終わりでしょうね」
さも予想通りの反応だとばかりに飄然と答えたあと、ゴーシュはさらに続ける。
「ではレーザーではどうでしょう? 【ルナサイド】を破壊する規模となると、かなりの出力になると思いますが」
「というより、危険過ぎる。この場合の危険とは失敗するリスクの方じゃないぜ? 地球にいる人間や環境に対してだ」
「放射能──ですよね?」
「……さっきから何度も思っていた事だが、ゴーシュさんは俺を揶揄うためにこんな自分でもわかっているような質問をしているのかと疑いたくなってくるぜ」
まあそれはともかく、とジルベーンは話を戻す。
「ゴーシュさんの言う通り、レーザーというのは換言すれば粒子ビーム兵器だ。つまり地表からこの粒子ビーム兵器を打つと、空気中の原子に反応して放射能を撒き散らす事になる。しかも【ルナサイド】に当てる質力となると、その被害はかなり甚大になるぞ。
おっと、なら地球付近で船からレーザーを打てばいいとか言わないでくれよ? 32万6000キロメートルも離れているスペースコロニーを破壊するレベルとなると、船もそれだけ巨大な設備を必要となる。そんな巨大な船が超質量のレーザーを打てば、反動で後ろに下がる。マッハの勢いで地球に向かってな。あとは言わなくてもわかるだろ?」
「【ルナサイド】を破壊する代わりに地球までもが終わってしまうでしょうね。核の何倍もある破壊力で」
「ちょっとちょっと! 冗談じゃないわ! それじゃあ本末転倒じゃない」
「キ、キャシーさんの言う通りですよ! 私は大反対です! 地球が放射能まみれになるのも、地球が壊れるのだって!」
「もちろんです。僕だって友好を結びたいと思っている星に無くなってもらっては困ります」
激情するキャシーとジョージに、ゴーシュだけは平常に声を発する。
「ですので、ミサイルでもないレーザーでもない手段で【ルナサイド】に攻撃すべきでしょうね」
「具体的には? 地球から【ルナサイド】まで届く兵器の中で、ミサイルやレーザー以外にあると? 俺にはとんと想像が付かんね」
「──
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