第5話 お母様は怒らせたらあきまへん

 +・+・+・+・+・+

 第5話 お母様は怒らせたらあきまへん

 +・+・+・+・+・+


 やっと満足いくクロスボウを作ったのは、秋が深まった頃だ。


「だが、まだ間に合う!」


 矢筒を斜めに背負い、クロスボウを担いで山に分け入る。

 聴覚を強化して獣の出す音を探す。


「よし、こっちだな」


 できるだけ気配を抑えて音が聞こえたほうへ向かう。

 いた! ハトに似た野鳥だ。群れで木の枝に止まっている。


 クロスボウに矢をセットし、視力を強化して狙いを定める。

 我は那須与一、針の穴でさえ射貫く!

 そんな自己暗示をかけ、トリガーを引く。

 矢を放った弦がタンッと軽やかな音を奏でる。

 矢は真っすぐ飛んで野鳥の胴体を射抜いた。その瞬間、他の野鳥が枝から飛び立ったが、矢の刺さった野鳥は地面に落下した。


「やった!」


 これで肉が食える!

 パンは硬いけどたくさん食える。

 野菜スープもある。だけど、俺には肉が必要なのだ。

 体を作るにはやっぱ肉だよ、肉! それに野鳥の羽根は矢羽根に使える。


 野鳥を拾い上げ、短刀で首を斬る。

 血抜きのために、枝に吊るしておく。その間に次の獲物を探す。


 獲物の音を辿って移動したのだが……デカいな。

 二十メートルほど先にイノシシがいる。百キログラムはありそうな巨体だ。

 いくら身体強化魔法があっても、あのイノシシを運ぶのは骨が折れる。

 止めておこう、そう思った瞬間、イノシシと目が合ってしまった。

 イノシシは前足を掻いてやる気満々である。


「参ったな……」


 よし、逃げるぞ!

 俺は踵を返して走った。

 後方からはイノシシの足音が聞こえてくる。


「えーい、こちらは逃げているんだから、追いかけてくるんじゃないよ!」


 戦いは避けたいのだが、どうも許してくれそうもない。

 仕方がない。俺は足を強化してジャンプし、木の枝を左手で掴んだ。


「ブモッ」


 俺の真下をイノシシが超特急のように通り過ぎ、四足で急ブレーキをかけて地面を削った。

 地面に降りた俺はクロスボウに矢をセットし、構える。

 すでにイノシシは一歩踏み出しており、俺は焦ってトリガーを引いてしまう。

 矢はイノシシの左目に命中した。だが、イノシシは止まらない。


「ちょっ!?」


 俺は身をよじってイノシシの突進を躱そうとしたのだが、鋭い牙が俺の左足の脛を抉った。


「ぐっ」


 痛い。左足の脛が焼けるようだ。

 左足を見たら、ズボンが破れ血が滲んでいた。

 幸い、骨は折れていないようだが、とにかく痛い。


「くそったれっ!」


 毒づきながらも、俺は冷静になっていた。

 一度死んでいると思うと、二度目の死はそこまで怖いと思わなかった。

 もちろん死は怖いけど、恐怖感みたいなのもは思っていたよりないのだ。


 クロスボウに矢をセットし、二の矢を射た。

 それが右前足のつけ根に深々と刺さると、イノシシはあからさまに動きが悪くなった。


「これで最後!」


 三の矢はイノシシの首に刺さった。

 荒い息使いのイノシシは数秒後倒れた。


 足は痛いが、歩ける。

 だが、さすがにこのイノシシを担ぐのは無理だ。

 俺の体重の何倍あるんだよ?

 そもそも俺の体重を知らないけどさ。


 とりあえず、首をかき切って血抜きをする。

 が、思ったほど血が出ない。

 仕方ないので腹を裂いて、手を突っ込む。

 イノシシの心臓をベビーポンプのように握って無理やり血を送り出す。

 それで血が出なくなったら、今度は内臓をかき出す。これでそこそこ重量が減った。

 だが、そもそもが大きくて担げないのだ。


「どうしたものか……」


 そこで目に留まったのが、アシュネの葉だった。

 アシュネはこの山に生えている木々の中では珍しく低木だ。

  ただ、その先端からわさわさと生えている葉がめっちゃ大きいのだ。

 アシュネの葉は防虫効果があって虫が寄りにくくなるため、家の壁に漆喰のような土状のものを塗る際にアシュネの葉を刻んで入れるし、油分を多く含んでいるため、屋根にアシュネの葉を並べて防水加工の代わりに使う。

 そして雪が積もると、子供たちはアシュネの葉をソリにして遊ぶ。


 アシュネの葉を短刀で切り取り、イノシシを乗せる。

 あとはアシュネの葉を引いていけば、担ぐよりは楽に移動ができた。

 それでも重いけどね。


 途中で血抜きしていた鳥を回収して、やっとのことで山を下りた。

 家が見えたと思ったら、丁度家から出てきた母ノーシュと三女ウチカと出くわした。


「「ノイスッ!?」」


 二人が駆け寄ってくる。


「母さん、疲れた……」


 俺はその場にへたり込んだ。さすがに体力の限界だ。


「ちょっとノイス、あんた血だらけじゃない!? ウチカ、お父さんを呼んできて!」

「うん!」

「母さん、これはイノシシの血だから」

「何言ってるのよ、怪我してるじゃない!」


 そういえば、足を怪我していたっけ。

 思い出したら痛みを感じて顔を歪めた。


「おい、このイノシシはどうしたんだ!?」

「俺が狩ったんだけど、重くて運ぶのが大変だったよ」

「ノイスが狩っただと!? こりゃたまげたな。だが、よくやったぞ、ノイス!」

「何言ってるのよ! ノイスは怪我をしているのよ! イノシシより自分の息子の心配をしなさいよ!」


 母がめっちゃキレた。

 祖母イミリスが持ってきてくれたポーションを足にかけたら、怪我があっという間に治った。

 体力はさすがに復活しないが、ポーションってすげーのな。


 その横ではブチキレた母が父に説教をしている。

 よし、今のうちに逃げるぞ。

 ガシッ。

 痛い、痛いっす! 頭が割れそうです、お母様!

 母ノーシュの後ろに悪魔のようなオーラが見える。


「あんた何を逃げようとしているのかな?」

「あ、いえ、そんなことは……ごめんなさい」


 ガミガミと二時間は説教された。

 父と並んで正座して説教を受けた。お母様は怒らせたらあきまへん。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る