夜遊び
「ね、遊びに行こうよ」
ウヌ・キオラスが、ノックとほぼ同時に引き戸を開け放したのは、深夜に近い時間帯だった。
銀色の長い髪を三つ編みにして後ろに垂らし、高位神官の証である
読書を中断させられたアルフェリムは、本来は明るい蒼天の瞳をどんよりと曇らせ、伸びてきた金髪をわずらわしげに掻き上げながら侵入者を見上げた。
「君にはこの本の山が見えないのか? 内容を暗記しなければひどい目に遭わせると、アルナールに言いつけられているんだが」
アルナールというのは旅の同行者のひとり。鍛え上げられた軍馬のように美しい女騎士であり、理不尽の権化である。日中の厳しい剣術訓練のあと、夜の間に本を読むよう指示された。砂漠の魔獣について、武功について、旅の緊急事態の対処法について……確かに必要な知識だが、慣れない砂漠の旅に加えて容赦ない
「ウヌ・キオラス、貴方にも課題が出されているんだろう。やらないと、
アルナールの弟として生まれ、19年間苦労してきたレオニアスが言った。旅の仲間で、神殿に滞在中はアルフェリムと同部屋を使っている。癖のあるやわらかな金髪と、物静かな濃紅色の瞳を持つ絵になる青年だ。
ちなみに、彼は2歳年少で、アルフェリムとアルナールは同い年の21歳である。
そしてこの場の最年長であるウヌ・キオラスは、99歳。半精霊という特殊な身上で、せいぜい20歳半ばの青年のような外見をしている。が、言動は最も幼い。
「えー、せっかく砂漠のオアシスに来たのに、訓練ばっかりつまらないよ。結界の外にはもっと厳しい世界が待ち受けているんだ。今遊ばないでいつ遊ぶのさ」
いつ帰還できるか、そもそも生還できるのかも危うい旅であるので、彼の言い分も分からなくはないのだが。
「私は砂漠の旅路なんかより、
鉄拳公女アルナール。社交界において、全ての縁談を拳で退けた女。王立学園の同級生としてその武勇伝(?)を目撃してきたアルフェリムは、正直彼女の怒りが恐ろしい。彼女は全ての男たちにとって等しく
しかし、彼女との付き合いが浅いウヌ・キオラスは、理解が浅いのか遊びへの欲求が勝っている様子だ。
「確かに公爵令嬢はおっかないけど……。うん、そうだ。私たちは今から危険な旅に出るから、結束を強めなくちゃいけない。だから行動を共にする、これは立派な訓練さ!」
絞り出した理屈がこれらしい。
アルフェリムは横目でちらりとレオニアスを見た。止めてくれ、という意味だったのだが、意外なことに彼は手にしていた本を閉じた。
「朝までに戻らないと、本気で危ないからね。僕とアルフェリム様は支度をするから、少し外で待っていてくれ」
「そう来なくちゃ。早く来てよ」
ウヌ・キオラスを追い出したレオニアスは、2人分の
「今夜は付き合ってあげましょうよ。確かに僕たちにはお互いを知る時間がありませんでしたから、ちょうどいいでしょう。姉上の暴力なら、魔境に行ってから味わう機会はいくらでもありますよ」
「いや、味わいたくないんだが……」
と言いつつ、手渡された外套を羽織る。ウヌ・キオラスに気晴らしさせた方がいいのではと考え直したのだ。
半精霊は、元は人間だった。死に等しい状況から、光の精霊の力を分け与えられ蘇った過去を持つ。そして、ウヌ・キオラスが半精霊として生まれ変わったのは、わずか4歳の時。それから神殿の中で神官になるための修行を積んでいたそうで、どうやら親しい友人もいないようだ。それに、旅立ちの前に師父である光の精霊とケンカをしてしまい、ひどく落ち込んでいる。
いずれも、この砂漠の神殿に辿り着いてから、初めて知った話だ。
(誘ってきたということは、少しは打ち解けたと思っていいんだよな)
待ちくたびれたと騒ぐウヌ・キオラスと、小用だと言って離れていたレオニアスと合流し、3人で神殿を抜け出した。
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