―73― 挑発とか怯えとか
コーダの挑発的な瞳が、まっすぐにわたしを射抜く。
息が詰まる……。
ここで断れば、わたしは「逃げた」と、自分自身に烙印を押すことになる。それは、自分の限界から目を背けていることも、すべてを認めてしまうことと同じだった……。
脳裏に、セツさんの顔がよぎる。
あの人は、規格外の力を持ちながら、誰に誇るでもなく、ただ自分の平穏な日常を大切にしている。シーナさんは、理不尽なまでの強さで、自分の欲望に正直に生きている。フィネアちゃんだって、本当はすごい力を持っているのに、それを表に出さず友達とのお菓子作りを楽しんでいる。
みんな、自分の生き方を自分で決めている……。
それに比べて、わたしは……?
ただ過去の栄光にすがり、現実から逃げ、もやもやと日々を過ごしているだけじゃないか……。
「……いいわ」
気づけば、声が漏れていた。
震えを必死に抑え込んだ、か細い声だったかもしれない。だが、それは紛れもなく、わたしの決意の声だった。
「その挑戦、受けてあげる」
その言葉を聞いたコーダは、待ってましたとばかりに満足げな笑みを浮かべた。その表情がひどく気に食わなかったが、もう後戻りはできない。
「そうでなくっちゃ。あなたが完全に牙の抜けた腑抜けになってなくて、あたしは嬉しいわ。じゃあ、さっさと行きましょうか」
コーダは軽やかに踵を返し、森へと続く道を歩き出す。わたしは黙ってその背中を追った。
◆
木々が開けた訓練場にたどり着く。そこは、わたしが先ほどまで一人で汗を流していた、見慣れた場所だった。
風が木々の葉を揺らし、ざわめきだけが二人の間に流れる。
「ルールは簡単。どっちかが降参するか、動けなくなるまで。あなたから来なさいよ。元・
コーダは顎をしゃくり、わたしを挑発する。わたしはぐっと唇を噛み、覚悟を決めた。今のわたしに何ができるのか、確かめるしかない。
「――
身体強化の魔力を全身に巡らせる。足元から力がみなぎり、視界が加速していく感覚。わたしは地面を強く蹴り、一気にコーダの懐へ飛び込んだ。狙うは側面。直線的な動きを避け、死角からの初撃を狙う。
だが、その動きは完全に見切られていた。
「――
コーダもまた、わたしと全く同じ魔術を発動。彼女の身体が淡い光をまとい、わたしの高速接近に完璧に反応する。わたしが放った右の拳を、彼女は紙一重の動きでひらりとかわした。
「くっ……!?」
驚愕に目を見開く。
そう……コーダとわたしは、学術院時代から常に比べられてきた。
なぜなら、二人とも同じ
適正テストの結果も瓜二つ。だからこそ、常にライバルだった。わたしが『首席』で、彼女が『次席』。その紙一重の差が、いつもわたしたちの間にあった……。
「遅い」
冷たい声と共に、コーダの肘がわたしの脇腹にめり込む。鋭い痛みが走り、わたしは体勢を崩しながらも後方へ跳んで距離を取った。
「あなた、本当に何も変わってないのね。そのスピードに頼った大振りの攻撃……学生リーグなら通用したかもしれないけど、プロの世界じゃただのカモよ」
コーダは楽しそうに指をくるくると回しながら、わたしの動きを嘲笑う。
くそっ……! わたしは再び踏み込み、今度は連続での蹴りを放つ。上段、中段、そしてフェイントを混ぜた下段蹴り。しかし、コーダはそれらすべてを最小限の動きでいなし、あるいは弾き返す。
「動きが直線的すぎるのよ! 次にどこを狙うか、手に取るようにわかるわ! プロの世界はね、あなたみたいな『ただ速いだけ』の人間をどう狩るか、そればっかり研究してる連中の集まりなのよ!」
コーダはわたしの蹴り足を受け流すと同時に、その軸足めがけて鋭いローキックを叩き込んできた。
「ぐっ……!」
バランスを崩し、たたらを踏む。同じ《
「あなたの弱点は、攻撃した後の隙が大きすぎること! 一発一発に力を込めすぎるから、次の動作への移行がコンマ数秒遅れるのよ! その一瞬が、プロの世界じゃ命取り!」
コーダは容赦なく指摘しながら、わたしの攻撃の「後」を的確に狙ってくる。拳を振るえばその腕を、足を振り抜けばその体幹を、的確なカウンターで打ち抜かれる。
防戦一方……。ダメージだけが着実に蓄積していく。焦りが募り、呼吸が乱れ始めた。
このままじゃ、負ける……!
わたしは最後の力を振り絞り、逆転の一手に賭けることにした。これまでの小手先の技じゃない、わたしの全てを乗せた最大速度での突進……!
「これで……終わりぃっ!」
地面が抉れるほどの踏み込みで、わたしは弾丸のようにコーダへ向かって突撃する。
だが、その鬼気迫る表情を見たコーダは、呆れたように、そしてどこか悲しそうに、小さくため息をついた。
「……あなたって手詰まりになると、いつもそうやってがむしゃらに突っ込んでくるよね。あたしはその癖をとっくに見抜いてるのに」
冷たく言い放つと、コーダはわたしの突進から僅かに身をずらした。わたしの拳が空を切る。がら空きになった胴体……。そこに、彼女の完璧なタイミングでのカウンターが、重く、深く、突き刺さった。
「がはっ……!」
息が止まる。視界が白く染まり、意識が遠のいていく。わたしの体は、まるで糸が切れた人形のように宙を舞い、力なく地面に叩きつけられた。
ああ……やっぱり、わたしは……ダメなんだ……。
薄れゆく意識の中、わたしを見下ろすコーダの冷たい瞳だけが、やけにはっきりと見えていた。
――痛い。
確かに、痛い。でも……あれ? なんだろう、この感覚。
脳裏に、あの日の悪夢が鮮明にフラッシュバックする。
絶界の魔女、シーナさんとの模擬戦……いや、一方的な蹂躙。
彼女の拳は、ただの打撃じゃなかった。空間そのものを歪ませ、叩きつけられるたびに、内臓がねじ切れるような、存在そのものが軋むような、そんな異質の痛みだった。壁を突き破って吹き飛ばされ、骨がミシミシと悲鳴を上げる音……あの恐怖に比べたら……。
「……あれ……?」
コーダの攻撃は、確かに重い。プロの、洗練された一撃だ。
でも……ただの『打撃』だ。
痛いけど、死にはしない。怖くない……わけじゃないけど、あの魔女の理不尽な暴力に比べれば、全然、耐えられる……!
そして、もう一つ。
あのシーナさんですら、心からの畏怖と、そしてなぜか好意を向ける存在……。
セツさん。
彼の前では、シーナさんですらただの女の子みたいになる。
わたしが見たあの光景……。ワケのわからない存在を、まるで道端の石ころでも蹴飛ばすかのように、あっさりと消し去ってしまったあの力……!
そうだ。
わたしが見てきた『本物』は、こんなものじゃなかった。
シーナさんや、セツさんに比べれば……目の前のコーダなんて、ただの雑魚じゃん……!
ぐっ、と地面を掴む指先に、力が戻ってくる。
わたしの体は、まだ動く。わたしの心は、まだ折れていない。
「……え?」
わたしに背を向け、勝利を確信して立ち去ろうとしていたコーダが、驚いたように振り返る。
わたしは、ふらつきながらも、ゆっくりと立ち上がっていた。口の端から流れる血を手の甲で拭う。
「……まだ」
わたしの唇から、掠れた、しかし力強い声が漏れた。
「まだ……終わってない……」
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