突飛な結論に至る、俺。

 レーヴが浄化の魔法を使えば済むはずだが、彼女がそれを拒否し、俺たちは風呂に入ることになった。


 脱衣所を抜けて視界に入ったのは、大理石で作られた大浴場だ。

 中心に大きな湯船があり、壁際に体を洗う場所が備え付けられている。


「いやっほー!」


 リスが真っ先に湯船に飛び込んだ。


「ダメだ、体を洗ってからにしろ」


 俺は妹を引き上げ、シャワー台の前に座らせた。


「いいじゃねーか、姉貴。ここには誰も居ないんだぜ?」

「いや、ダメだ。しっくりこない」

「ふーん」


 前世の俺が、体を洗わずに湯船に浸かることを拒否しているのだ。


 俺はシャワーヘッドを取り、妹の頭からお湯を流す。

 その光景を二つの違った視線が追っていた。


「なんで使い方が分かるのよ……」

「せんぱいのはだか……ぐへへ……」


 俺は自分に前世の記憶があることを隠していた。

 だから、少し自分の行動を後悔する。


「偶然だ」


 後ろに立っていたリュゼに向けて、俺は宣言する。

 偶然蛇口を捻ったら、お湯が出ただけだ。


「そ、そう……もう何も言わないわ……」

「助かる」


 スルーしてもらった方が、俺としては面倒ではない。

 この時点で情報が渋滞している。

 これ以上増やすと、処理に手間取って、本質を見失いそうだ。


「よし、次はリュゼだ」


 俺は妹の汚れを落とし終え、次を呼んだ。

 せっかくだから、全員の背中を流してやろうと思った。


「え、いいの?」

「構わん、客人として手土産の一つも持ってこなかった詫びだ」

「そういうところは、しっかりしてるのよね……」


 リュゼはトボトボと、俺の前に置いてあったバスチェアに座る。

 絢爛豪華な屋敷の内部に点在する不釣り合いな設計と日用品が、ここを作った人の生活感を表現していた。


 俺は正面の鏡横に置いてあったボトルから、石鹸を取り出す。

 液状の石鹸は、俺の手に馴染む。

 この世界では固形の石鹸が一般的だから、なおさらだ。


 俺はリュゼの髪をお湯で流し、石鹸で優しく洗う。


「それ、すごいわよね」


 リュゼがボトルに顔を向け、自慢するように言った。

 俺が当然のように石鹸ボトルを使ったことは、お湯と共に流してくれたみたいだ。


「そうだな、使っても量が減らないうえ、質も良い。魔導具か?」

「そうよ、外の世界だったらこれも国宝かしら」

「間違いない」


 俺たちはそのまま会話を続けた。

 というより、リュゼが話したそうにしていた。


屋敷ここにはたくさんの魔導具に魔導書があるわ。全部私の力で獲得したものではないの。英雄が残してくれた……なんなのかしらね」

「確かにこれだけの報酬があれば、世界を変えられる。英雄の言葉は、このことだったのかもな」

「持って帰ったら? 私を倒し……」


 俺はリュゼの背後から抱く形で、彼女の口を塞いだ。


「それ以上は言うな。分かったか?」


 冗談でも、俺のやりたくないことを言わないで欲しい。


 俺の問いに、リュゼは顔を青ざめながら首を縦に振っている。

 酸欠にしてしまって申し訳ないと、俺は急いで手を離した。

 俺の気持ちが前のめりになっていたのか、体が密着していたことに気がつく。


「そんなに怯えなくてもいい。怖がらせたのは申し訳ない」


 顔面を蒼白にして鏡を見ているリュゼに、俺は素直に謝った。

 背後から攻撃を仕掛けられたら、誰でもビビる。

 完全に油断していたら、俺でもだ。


「ち、ちがう……後ろ……」


 リュゼがゼンマイ仕掛けの人形のように、首を動かした。


 俺は薄々気づいていた。

 今まで感じたことのない量の魔力が、背後から発せられていたのだ。


 これは死んだな、と一瞬思ったが、最後まで足掻くの人生だ。


 今日という一日で、俺はある法則性を見つけていた。

 それは、思考が読めない第三王女の攻略法とも言える。


 レーヴは独占欲が強い。

 王族としての彼女がそうさせたのかは分からないが、自分のもの、つまり自分の騎士である”俺”が他者と密着しているのを嫌う傾向にある。


 俺は落ち着いて歩き、わなわなと震えていたレーヴを抱きしめる。

 リュゼにした背面からではなく、正面からだ。


「俺はレーヴの騎士。誰のものでもない、第三王女のものだよ」


 作った声は、自分でも分かるほど違和感がある。

 一音上げて優しい声を演出してみたが、意外と難しい。

 凝り固まったキャラの変換が容易ではないことを実感した。


 リュゼの頭は、身長差によって俺の胸元で包み込まれる形になっていた。

 強く抱きしめているわけではないが、まるで機能を停止したように反応を失っている。


 ”主君と騎士”という立場をしっかりと表明し、そしてレーヴにした行為の上位互換を行う。

 それが攻略法だと思ったのだが……


「王女様が投げられた理由が分かるわ……ラス、責任は取るのよ」


 リュゼが呆れ声だった。

 俺の同僚と同じようなことを言う。


 俺が体を離すと、レーヴは鼻血を出して気絶していた。

 まさか下剋上とは……と思ったが、彼女の幸せそうな顔を見て、俺は頷く。


「よし、一件落着だ」


 広い浴室内には妹のはしゃぐ声が響き、”試練”がつく大きな溜め息が漂っていた。




 気を失ったレーヴを寝かせ、俺たちは湯船に入り、体を落ち着かせる。


「私は意識を持った時からこの屋敷に住んでいるの。来客はあの子、オネットだけね」


 レーヴが話し出した。


「オネットはどういう子なんだ?」


 俺は久しぶりの湯に体が溶けてしまいそうになるのを抑え、意識を保っている。


「知っているのは、英雄を第七段階に選んだ試練だということね」

「ということは、彼は一回生まれ変わったのか?」

「そうみたいね。英雄のことを話さないから……」

「俺には、そう見えないな。俺は彼が、誰かを待っている気がしたんだ……」


 心地の良い温かさは、思考を素直なものにする。

 俺はオネットとの会話、彼の表情、それらを思い出しながら天井を見上げていた。


「そうかもしれないわね。私は彼のことも分からないわ。だって、私……」


 リュゼが湯面に口をつけ、言葉を止めてしまった。

 ブクブクと泡を立て、恥ずかしそうにしている。


「どうした?」


 俺は沈みかけていた体を起こし、聞く。


「私の方が引きこもりってだけ。私、生まれてずっとこの屋敷の中にいたから……」


 リュゼがオネットを倒したくない理由は十分に分かった。

 彼女にとって、彼は唯一の繋がりだったのだ。


「そうか……気持ちは分かるさ。俺だって外が怖い」

「ラスらしくないわ」

「そんなもんさ……話を戻すが、屋敷の中にいたってことは、今まで他の挑戦者を門の第七段階に導いたことはあるのか?」

「ないわ」


 俺はきっぱりと否定された。

 俺が見た門に関する文献にも、第七段階に関しては英雄が残した情報しかなかった。


「オネットはどうだ?」

「彼も同じね。いつも暇を潰しているって毎回言ってるわよ。なんだっけ……あの、あ、ゲームってやつをしてるって」

「ゲーム、ゲームか……うん? オネットは『ゲーム”を”している』って言ったのか?」

「そ、そうよ……どうしたのよ、そんなに目を見開いて」


 俺は『もし』『かも』といった”シミュレーション”が好きだ。

 空想の域にまで達したそれらは、俺の世界を広げてくれる。


 今までの、全ての……俺の人生ものがたりが脳裏を駆け巡った。

 主観で生きているはずなのに、なぜか客観的に思える奇妙な感覚だ。

 そして、その感覚は現在進行形で存在している。


「ねえ、いきなり黙り込まないでよ……」

「いや、うん、この想定はしていなかった……ふふ、そうか、それはなんかしっくりくるな……ふふふ……」


 俺は馬鹿馬鹿しい思考に笑ってしまう。

 ありえないだろうが、とても”しっくり”くる。


「ねえ、リスちゃん。お姉さん壊れちゃったわよ」

「大丈夫ですねー。稀に良くある事なので」

「どっちなのよ……」


 思考はついに一本化され、俺のやる気はストップ高を記録する。


「聞いてくれ! 俺はここで、最高のトリックショットを決める!」


 多すぎる情報に埋もれてしまった俺の夢。

 原点に帰るときがきた。


 俺はラスボスを、異世界ゲームをトリックショットで攻略する──

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