再会する、俺。

 少年の形をした魔物が、ゆっくりと近づいてくる。


「あの人と似てるんだよね……ねえ、君は知らない? あの化け物を」


 俺はかけられたといに、反応するか困う。

 今は少しでもいいから情報が欲しい。

 奴を倒すことはできる。

 だが、それでは攻略とはならない。


「攻撃五段階、てい


 リュゼの言葉、そして轟音と共に、魔物の頭上に雷が落ちる。

 それは地面をえぐり、焦げた匂いを辺りに撒いた。

 だが、俺が知っているそれの威力ではない。


「君もすごいね。ここに存在する権利があるよ」


 土煙から出てきた魔物は、右腕を天に伸ばしていた。

 その腕は真っ黒に変色していて、今にも崩れそうになっている。


「だけど、君は違うなー」


 魔物は右手をリュゼに向ける。


 俺は、左腕を犠牲にすることを覚悟して、彼女を庇った。


 攻撃は、来ない。


「冗談冗談。おかえり、リュゼ」


 右手は綺麗に直り、リュゼに差し出されていた。


「あなたなんか、知らないんだけど……」


 リュゼは怪訝な顔で、魔物を睨んだ。


「おや、すごいね。僕と同じ自立型とはいえ、ここまでの自我が育つとは……そんなに外が良かったかい?」

「だから何を言っているの? 全く理解できないわ」

「うーん、バグかな……まあいいや、いつか思い出すさ」


 魔物は一人納得したように切り替えた。

 笑顔のまま、俺に近づいてくる。

 先程リュゼに関することでブツブツと呟いていたが、俺には理解できない内容だった。

 今、思考の後追いをするべきではない。


「レーヴ、大丈夫だ」


 俺は再度魔法を放とうとしたレーヴを止め、魔物と向き合う。

 見た目は年齢が二桁になったばかりのまだ幼い少年だ。

 リュゼと同じ銀色の髪は短く刈り上げられていて、”元気な子供”という印象がピッタリと当てはまる。


「誰を探している?」


 今度は俺から聞いた。

 彼から発せられる殺気が消えたからだ。

 特定の個人と俺が間違えられたと考えるのが妥当だろう。


「うーん、名前は知らないな。ただ、君と少しだけ雰囲気が似ているよ。彼女は凄いんだ、この第七段階でかれこれ一年は生き残っているからね」


 魔物は感心したように頷いていた。

 俺が疑問を口に出すより先に、リュゼが声をあげる。


「ねえ、分からないことが多すぎるのだけど、あなたはなぜ私たちを攻撃しないの?」

「それは僕が平和主義だからさ……というのは本当なのだが、久しぶりの客人を出迎えたいなって思っただけだよ」


 寂しそうな魔物の顔。

 ここが門の中で、相手が敵だと分かっていても、俺にはそれが演技だとは思えなかった。


「さっき言っていたな、”いつ”来たかと」

「あー、ごめんごめん。あの問は一種の識別信号みたいなものでね、相手が本物の人間かどうかを判断するために設定されてるんだ」

「そうか、分かった」

「うん、君たちは人間だよ。ようこそ、仮初かりそめの世界へ」


 魔物は両手を広げて、俺たちを歓迎した。

 彼は本当に敵意がないようだ。


 この魔物があれだけの殺気を向ける程の相手とは、いったい誰なのだろうか……

 彼の言い方からして、おそらくは人間だろう。

 それほどの実力者がまだこの世界にいたとは、素直に驚きだ。


 俺は世界の広さに感動していた。

 しかし、ゆっくりしている時間などなく、俺の思考は複数の殺気によって遮られる。


「レーヴは遠距離職を頼む。俺は襲ってくる奴らを落とす。リュゼは……生き延びろ」

「了解です」

「私じゃ、力不足なのね……」


 俺はすぐに指示を出し、アイテムポーチから剣を取り出した。

 これは第五段階相当の魔導具だ、俺が多少本気を出しても壊れない。


「全員第四から第五段階のボスと同じ実力を持っている、気をつけろ」


 俺たちの周囲に姿を現したのは、挑戦者の姿をした魔物。

 装備も全て本物の魔導具だ。

 数は感じるだけでも二十は居る。

 

「魔物が多すぎる。判別するためにも君の名前を教えてくれ」


 俺は少年型の魔物に聞く。


「僕かい? 僕はオネット、自分で付けた名だよ」

「そうか、しっくりくる名前だ」


 オネットが手出しをしてこないことを分かっている。


 俺は剣を持ち、攻撃してくる魔物に斬りかかった──




 戦闘は意外と早く終わり、俺は一息をついた。

 連携のない無鉄砲な戦術だったから、対処は容易だった。

 だが、それでも上位段階の挑戦者を真似ていただけはある。

 集中を切らしたら、俺でも狩られていた。


「みんな、大丈夫か?」


 俺はリュゼとレーヴに聞いた。


「大丈夫よ、何とか生きているわ」

「私は問題ないです。戦っている先輩、かっこよかった……」


 多少の疲労が見えるが、ふたりは無事のようだ。


「すごいね、君たち。だけど、ここを離れた方がいいよ」


 戦闘中暇そうに胡坐あぐらを組んでいたオネットが、立ち上がりながら忠告してきた。


「どういう意味……」


 俺はすぐに理解した。

 両脇にリュゼとレーヴを抱え、駆けだす。

 今一番余裕があるのは、俺だ。


「終わりが設定されていないのか……」


 背後から感じた複数の殺気に、俺は呆れた。


「そうだよー。この第七段階では、戦闘に終了条件がないからね。無限ループってやつさ」


 俺と並走していたオネットが説明をした。


「じゃあなぜ、君の言っていた化け物は生きている? 奴らは死ぬまで追ってくるんだぞ。戦闘を開始してないとは言うまいな」


 戦闘の開始条件は、おそらくだがオネットだ。

 彼が人間に接触して、シナリオは開始される。


「実は……」


 オネットが指を鳴らすと、背後の殺気が消えた。


「僕にはある程度の管理者権限が付与されていてね。門内部の理を少しは操れるんだ」

「そういうことか……オネット、君が鍵なんだな」


 俺は小さなビルの屋上で立ち止まった。

 逃げに逃げて、ここまでやってきていた。


 リュゼとレーヴを地面に降ろす。

 連戦の疲労で座り込んだ彼女たちに、俺は休むように言う。


 それから思考を再開させるため、少し歩き、屋上の端に付けられた手すりに肘を乗せた。


「君はどうするつもり?」


 オネットが俺の横で、いたずらっぽく言った。


「条件はなんだ?」

「お、話が早いね」


 日が暮れる始めた時間だ。

 第七段階の門内部は、確実に時空間が歪んでいる。

 ただ、その景色だけは本物だった。


「一人の挑戦者を殺してほしい」

「言っていた化け物のことか?」

「そう、彼女は……」


 オネットのセリフは途中で途切れる。


 俺は横を向く。


 オネットの頭が消えていた。


 彼の身体がばたりと倒れる。


「手間取らせやがって」


 聞き覚えのある声に、俺は上を向いた。


 空に浮いているのは、一人の少女。

 右手にオネットの頭を握ってる。

 そして俺は、彼女を知っていた。


「成長したな、妹よ」


 これはもう”しっくり”というレベルではない。

 妹であり、妹でない存在が目の前に居る。


「やっぱり姉貴か!? 久しぶりだな!」


 褐色の肌には生傷が目立ち、それは顔にまで及んでいる。

 長い灰色の髪は手入れがされていないのか、ぼさぼさだった。


 最後に会ったのは一年前。

 笑顔で飯を食う妹の顔を、俺は覚えている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る