第17話

 食事もそこそこに店を出ると、2人はショッピングセンターの休憩所にあるベンチに並んで腰を下ろした。


 買い物客が時折目の前を通るが、ここなら多少人目も気にせず話が出来る。

 そう思い、有希は聡美が落ち着くのを待って、言った。


「大丈夫?」


 聞かれて、聡美は気まずくなって俯いた。


「……ごめんね。せっかく」

「いいんだよ。気にしなくて」

「でも――私……やっぱり変だよね?これって本当に、妊娠のせい?」

「……」

「いくら精神的に不安定だからって、ありもしないブログを見たりする?」

「でも、本当にあるんでしょう?聡美は見てるんだよね?」

「見てるよ。1woIhって名前の人で、【今日の出来事】っていうタイトル」


 有希は聡美の話を聞きながら、自分のスマホで検索した。

 しかし、該当するようなブログは出てこない。

 同じタイトルの話は出て来ても、投稿者の名前が違う。

 内容も、聞いている話とは全く違う。


「変ね……ブログサイト内で検索しても出てこないし。他のサイトでもヒットしない。消しても履歴は残りそうだけど……足跡も残さずに消えるなんて」


 だとしか思えない――有希はそう思ったが、声には出さなかった。

 会社で尾高から、聡美の様子を見て欲しいと頼まれ、その時ブログの話も聞いた。



「ありもしないブログをって信じ込んでるみたいなんだ。何も写ってない画像送って来たり、自分には見えているのに他の人には見えてないって言ってて――正直、心配で……聡美って、今までもそういうことあった?」


 それに対して有希は、ただ首を振るだけだった。


 真面目で大人しいが、聡美は決しておかしなことを言うような女ではない。

 構って欲しさに嘘をこともないし、興奮して大声を出すようなこともない。


 あんな風に――怯えて声を荒げる聡美を有希は初めて見た。

 頼るべき肉親がいない状態で、初めての妊娠、出産を控えている。

 ナーバスになっているのは間違いないが、確かにいつもの聡美とは様子が違って見えた。

 ――が。


 有希は敢えてあっけらかんとした様に明るく笑うと、言った。


「聡美、来月から仕事復帰するんでしょう?そしたら、そんなブログ見てる暇なんてなくなるから、もう気にしないで無視した方がいいよ」

「うん……そうなんだけど」

「通知が来ても無視してさ。放っておいたら、そのうち諦めて何も言ってこなくなるよ、きっと」

「……」

「臨月まで働いて、生まれてくる子の事考えてさ。尾高さんと2人っきりでいられる時間をもっと楽しまなきゃ。産んだらイチャイチャしてる時間なんてないよ」

 有希はそう言って聡美の肩を優しく抱きしめる。

 聡美は思わず泣き出してしまった。


 不安で押しつぶされそうだった心が、ほんの少し軽くなったような気がした。

 自分を案じてくれる尾高や有希の存在に、聡美は心底救われたような気分だった。



(また仕事を始めれば元に戻れる。私は大丈夫――)




 涙を拭う聡美の鞄の中で、スマホがブーン、ブーンと振動する。



【今日の出来事】が更新されました。

【今日の出来事】が更新されました。

【今日の出来事】が更新されました。

【今日の出来事】が更新されました。

【今日の出来事】が更新されました。

【今日の出来事】が更新されました。

【今日の出来事】が更――――……



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