自由に生きたい~最強になれば常識も法律も関係ない~

矢斬旅都

第1話 


 初めてダンジョンが出現してから50年が経過した。というのも元々この世界にはダンジョンはなかった。まだ16歳の東堂瑠亥とうどうるいからしたらダンジョンは生まれた時から当たり前にあるものでダンジョンのない世界を想像する方が難しい。


 ただ東堂瑠亥とうどうるいが生まれた時代にダンジョンがあったのは不幸中の幸いと言っていいだろう、ダンジョンが無ければ瑠亥るいの人生はもっと悲惨なものになっていただろうから。


 「あと1階層」


 思わずそんな呟きが口からこぼれ出た。

 

 瑠亥るいは自身のぼろぼろの体にポーションを振りかけていく、すると体中にあった傷がみるみるうちに塞がった。振り返ればそこには4本の腕と10mは優に超える筋骨隆々の体躯、そして顔には1つの目しかなく誰が見ようが化け物と呼ぶものが息絶えていた。世間ではダンジョンに出現するこのような異形をモンスターと呼んでいる。


 モンスターを殺したことにより力が高まる全能感と新たな能力を手に入れたことを体が感じ取る。


 この階層のボスを倒したことにより次の階層へ行くための転移ポータルが出現した。

 ダンジョンは階層が分かれており各階層の最奥にはボスと呼ばれる門番が存在する、このボスを倒さなければ次の階層に進むことは出来ない。そして階層は進めば進むほどモンスターの強さが増していくが、得られる力やアイテムの格も上がっていく。


「これで自由になれる、やっと殺せる…」


 転移ポータルに触れると瑠亥るいの周りを淡い光が包み込んだ。

 これで最後だからだろうか、瑠亥るいは初めてダンジョンに入った時のことをそのきっかけを思い返していた。


―――

――


 「なんでこんな簡単な事もできないのっ!!」


 そう金切り声をあげながら妙齢の女性がコップの水を瑠亥るいへ勢いよく浴びせかけた。怒りに震えるその手には東堂瑠亥とうどうるいと書かれた成績表が握られている。


 中学2年も終わりに近づき学期末の評定が渡された、学年順位は5位まずまずの成績だ。だがこの女にとっては許せない結果だったようだ。


「こんな成績っ!!なんで1位を取ることも出来ないの!!」


 そんな事を考えながら瑠亥るいはヒステリックを起こし喚き散らす自身の母 東堂明美とうどうあけみを黙ったまま見つめる、この状態の母に何を言おうが無駄なことを知っているから。

 ちらとソファーのほうを見れば瑠亥るいの父 東堂茂とうどうしげるは我関せずでこの騒動を見ようともしない、これもいつもの光景だ。

 その後ひとしきり瑠亥るいへの怒りをぶつけ終えた明美あけみはその手をつかみ乱暴にベランダまで連れ出した。


「そこで反省してなさい」


 そう言い瑠亥るいを締め出しカーテンを閉めてしまった。今までの経験から朝までこのままだろう。3月になり多少暖かくなってきたといってもまだ冷える、こんな濡れた状態で放り出されては風邪ではすまないかもしれない。世間では虐待になる行為だが明美あけみにその認識はないのだろう。


 ふとベランダから下を見ればずらりと並んだ一軒家が見える、都会ではないが田舎でもないそしてその地域には不釣り合いな見栄を張ったような高さのマンション、ここが瑠亥るいの家だ。周りには同じ高さの建物は1つもない、故に幼い頃から行われてきたこの教育という名の虐待も誰にも気づかれる事はなかった。


 瑠亥るいは室外機の陰に身を屈め膝を抱え込んだ。いつもの場所だ。


 瑠亥るいも幼い頃は泣きわめき中に入れてと懇願したりもした、しかし更に水をかけられ口を塞がれた。先ほどの怒りの理由からうっすらと感じ取れるかも知れないが明美あけみは世間体を何よりも気にしている。医者の旦那をもち優秀な子供をもち、いい家に住む、理想の家族、それしか誇れるものがないのだ。普通の大学を卒業し、たまたま医者と結婚した女、自分では何もなしていないと思っているゆえにコンプレックの塊になっている。

 まわりに虐待をしているなど知られるわけにはいかない、だから母から殴られたことなど一度もない、証拠が残ってしまうから。水をかけられ、食事をぬかれ、寝かせてもらえずに勉強、外部からは分からないように教育されてきた。


 それから数時間後体内の熱が逃げぬよう動かずじっとしているとカーテンと扉が開かれた。


 「中に入りなさい」


父であるしげるが中に入るよう促した。


「さっきは助けてやれなくてすまなかったね」


 瑠亥るいの後ろをしげるが歩きながらそう言った。瑠亥るいはその言葉を聞き流しながらほとんど乾いてしまった体をタオルで包みながら自室へ向かう。明美あけみはもう寝室の中のようだ。


 扉を開けると勉強机にベット、参考書のつめられた本棚に観葉植物、まるでモデルルームのような生活感の感じられないこの部屋が瑠亥るいの部屋だ。

 ここは瑠亥るいの部屋だが瑠亥るいの物は1つもない、全て母が買い与えた物だからだ。

 服装や髪型さえも母の言いなりだ。瑠亥るいは女性として整った容姿をしているがこのような環境で育った弊害か円満な友人関係を築けてはいない、むしろ同性からは反感を買ってしまいいじめを受けているような状態だ。そんなことを考えながら瑠亥るいは腰近くまで伸びた自身の黒髪を見つめる、母の命令で美容院に連れていかれ美しく整ってはいるがそれすらも煩わしい。


「こんなに体が冷えてしまって」

 

 父がそう言いながら後ろから瑠亥るいを抱きしめた。


 瑠亥るいの中に恐怖、嫌悪、憎悪いろいろな感情が駆け巡るが最後にくるのは諦めだった。


瑠亥るいが望むならあの女を追い出してもいい、そして2人で暮らすのも悪くない」


 しげる瑠亥るいの体をまさぐりながらそう言った。欲望に塗れたその顔は実の娘に向けるものではない。

しげるが言うように明美あけみを追い出せば母からの虐待は無くなるだろう、しかし今はまだ一線を越えていないが明美あけみと言う枷が無くなったしげるが何をしてくるかは想像に難くない。

 

瑠亥るいは現状に嘆きながらも諦める事しか出来なかった。


ガタッ


「この話はまた今度にしよう、おやすみ瑠亥るい


明美あけみの寝室からの物音に反応ししげるは距離をとった。

しげるも自身のしている事の異常性は自覚している、故に迂闊なことはしない。もっと短絡的な思考の人物達であれば問題が表面化し瑠亥るいは違う人生をおくれていたに違いない。


 いつもの瑠亥るいならばこのままベッドに入り眠りにつく、そうすればいつもと変わらない明日が始まっていただろう。しかし瑠亥るいはそのまま玄関のほうへ向かうと、ふらりと外に繰り出した。


 「もう...なんでもいい......」


誰もいなくなった廊下にそのつぶやきは消えていった。

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