第6話 三十六計のうち3つくらいしか知らない


 しばしの作戦タイムののち、どうにかして逃げようということになった。


「ふふん、なるほど。脱出だね!だったらノアセンパイの出番かも!」


「……あ、そうだね。これなら」


 ノアセンパイもぽん、と掌を合わせる。動作かわいいなこの人。


「えっと、ノアセンパイさんならなんとかなるのでしょうか?」


「ノアでいいよ。うん、わたしの固有術式……死霊の群れから逃げ切るくらいなら、任せて」


「ふふん。ノアセンパイのガン逃げはAランク帯で半天狗に追われても普通にブッチ切れるからね。速さだけならsランクだよ!」


 別にいいけど、なんで当人のノアじゃなくキリエが得意そうなんだ。


「……あぁ、そっか。そういや、飛ぶんだっけ。距離はどれくらい?」


 なんか丁寧語取れてきたけど、もういいや。

 さっきの戦闘でもゴリゴリ素が出てたし、いまさらだろう。


「大丈夫だよミーシャちゃん!」


 キリエが我が意を得たりとばかりに胸にどんと拳を当てる。


「ノアセンパイの『翼』で飛んでいけば、ここからなら安全に砦……『女王の白壁』まで、一時間もかからずに戻れるからね!」


「お…おぉっ!!」


 私は思わず快哉を上げる。


「夢にまで見た安穏ぬるま湯ライフがもう目の前にっ……!」


 ついに、ついにか。ここまで異様に長かった。なんならちょっと涙ぐんでいるかもしれない。

 ぎゃんぎゃんと騒ぐわたしたちに、しかし、ノアが入ってくる。


「……キリエ。いくらなんでも砦までは無理」


「え!?でもノアセンパイ、いつも『砦』まで私を抱えてひとっとびじゃないですか?」


「でも、今回はもう一晩逃げ回り続けてる。この状態じゃ一人でも砦までなんて飛べない。……それに」


 ノアが申し訳なさそうにこっちを見る。


「あ……そっかぁ、今日は三人だから、いつもより重いってワケですね!」


 悪かったな、重くて。

 これでも年齢平均よりは一回りは軽いぞ。その分上背もないけど。


 考え込んでしまう二人に、わたしは挙手をする。


「はい、ミーシャちゃん」


「はい。ノアセンセー、じゃあ、『北方平原』の境、地図で言うなら……このあたりまでなら何とかならないか?」


 わたしは現在地と『砦』の中間点、……をさらに半分ほど現在地に近づけたあたり。広い平原地帯の丁度北端あたりを指差す。


「そこなら残魔力を考えればぎりぎり届くくらいだと思う。なんで?」


 わたしはノアセンパイの切れ長の目を見返す。


「『北方平原』がCランク帯だからだよ。わたしの『反魔術防壁』なら、ちゃんと組めばCランク以下の魔物なら無条件で戦闘回避できる」


 愛用の楡の杖はいまだに沈黙しているけれど、うん、術式を節約した甲斐があった。もう何回分かなら十分な【青色術式】が使えそうだ。


 聖女ムーブは謙虚を旨とするが、これはちょっとドヤ顔してもいいんじゃないだろうか。ふふん。

 薄い体で胸を張っていると(悲しい)、二人がぽかん、と顔を見合わせて、


「……じゃ、私達」


「生きて、帰れる……?」


 二人が声にならない声でひとしきりはしゃぎ、なんか抜群のコンビネーションで連続ハイタッチを始めた。そういう踊りみたいになってる。


 元気か。


 ----


 それから【営倉】が切れる直前までノアは【翼】の整備に専念し、わたしとキリエもしばしの休養を取ることになった。


 その間、狭いドームの中で、わたしたち三人はそれなりにいろんなことを話した。

 内容はとてつもなくどうでもいい雑談だったけれど、魔力の回復を待つには丁度よかった。

 あと変わったことと言えば、わたしの聖女ムーブ(丁寧語くらいしか機能してなかったけど)が、完全に消滅したことか。


 つまり今のわたしは、聖女の格好をした嫌な皮肉を言うガールだ。どうだ怖いか?……怖くはないか。ごめん捨てないで。


 徐々に夜が更け、明け方付近からすっかり寝落ちしてしまったキリエに肩を貸して座りながら、わたしはぼんやりと外を眺める。

 相変わらず感情のない視線が全方位から向けられているが、死霊はドームに入れないどころか、触れられもしないのだから、実質インテリアみたいなものだな、うん。


 それにしても、このキリエとかいう女だ。

 全方位敵の超絶おしゃれキャンプに最初はぎゃんぎゃん騒いでいたのに、今やよだれをたらして眠ってしまっている。

 しかもちゃっかりわたしの肩に頬を預けて、右腕を抱き枕代わりにしてやがる。忘れがちだけど、今日初対面である。さすがに押しのけたりはしないけどさ。


 大きなくりくりとした眼は今は閉じられているが、目鼻立ちはすっきりとして、改めて見るといかにも人好きのしそうな童顔だ。

 いかにもな美人系のノアと方向性は違うけれど、これはこれで華を感じる。謎のハイテンションが愛嬌に変換されるくらいには、七難隠す顔面だ。


 加えてがっちりとからめとられた右腕からは、キリエの身体の感触が伝わってきていた。

 外から見ていた時は細身な印象を受けたのに。くっ。


 魔力障ですっかり痺れ切った腕でもこれなのだから、

 わたしが男だったら今のシチュエーションはさぞかし大喜びだろうよ。

 なんというか、ファッションセンスとか色々含めて羨ましい限りだ。わたしなんて演出のためにギルドにいるときは仮面つけさせられてたぞ、仮面。

 なにが『仮面の黒幕』だ。おかげで人間領にわたしの素顔を知る者なんてほとんどいないぜ。


 尤も、ダンジョンバカのキラザ達のせいでギルドなんて年に3日も滞在してないから一緒かもな。そういうことにしておこう。

 思考を水平線の彼方に飛ばしていると、横になって瞑想していたノアがのそりと起き上がった。


「あ、起きたか、ノア。どんな感じだ?」


 わたしの問いかけに、ノアはこっちを見て一瞬呆気に取られてから、くすくすと笑い出す。


「ふふ。ミーシャ、キリエに物凄く気に入られてる。ふ、あはは。ごめん、こんなの、珍しいから」


「いやいや。こいつは距離感バグの権化だろ。今日会った奴の腕を抱き枕にする奴なんて初めて見た」


 そしてわたしのドヤ顔パーソナリティ診断を一行で無に帰すんじゃない。


 憮然とした私の態度にも、ノアセンパイはおかしそうに笑うだけだ。


「あっはは。うん、ミーシャも、丁寧語よりは、そっちのほうがいい、と思う。自然体な感じがする」


「…………ほぁ?」


 思わず間抜けな声が出る。ほぅ?とあぁ?が混じった。

 コイツ今わたしの聖女エミュ《せいぞんせんりゃく》をばかにしたか?

 わたしはあれで8年キラザ達を騙してきたんだ。

 逆に言うと、8年間あれをやってないと人として箸にも棒にも掛からないような人間だぞ、わたしは。

 過大評価されてもその、困る。


「んむむ……そうだよミーシャちゃん。ミーシャちゃんみたいな見た目聖女な子が、聖女みたいな声で横柄な物言いをするのがいいんだよ」


「どうしたキリエ?突然気持ち悪くなって」


 ノアと話したからか、さすがにキリエも目が覚めたようだ。

 眠そうに目を擦って、マイペースに伸びをする。


「んん……よく寝たぁ。うん、もうひと暴れならできそうかもっ!」


「キリエ。今日はもう逃げるだけだからね……?」


 寝起きから元気いっぱいのキリエに、ノアが慣れた様子で返す。


 わたしは解放された右腕をぐるぐると回し、感触を確かめる。

 相変わらず魔力灼けで痺れ切って不快だが、青色術式ならあと数発くらいなら出せそうだ。残弾ゼロになったらもげる。


「えへっ、そうでした!ノアセンパイ、どうですか、そろそろばさーっと飛べそうですか!?」


 なんだろう、2.3時間寝ただけで回復し過ぎじゃないかこいつ。

 心なしか肌艶まで良い気がする。


「うん、ありがとう。おかげでよく休めた。砦まで着けば、もう危険はない。最後のひと踏ん張りだね」


「はいっ、ノアセンパイ!最後くらいぱーっといっちゃいましょう!」


 ノアが頷いて、両腕を真横に緩く掲げ、眼を閉じて集中する。

 同時に、聖属性の魔力がノアのほうに収束し、見る間にまばゆい光となって、ノアの背中で1対の翼の形を取った!


 一対がノアの身長くらいはありそうな、柔らかそうな純白の翼。ばさ、と動くごとに光り輝く羽根を散らすそれは、


「うわあ、いつみても凄いよね、ノアセンパイの術式!ものすっごく綺麗!!」


 きゃんきゃんと黄色い声を上げて騒ぎ始めたキリエをよそに、わたしは首を捻る。


 なんだっけ、すごいひっかかるな、これ。なんか、どっかで、見たような?


「……ううん、ダメだ、忘れた……」


 喉元まで出かかっているんだけどな。ま、いいか。


「よかった、羽根、治ってる。これなら限界まで飛べば、ミーシャが言ってた場所よりずっと南まで行ける……と思う」


 と、いつのまにか背後に回っていたらしいノアに、背中から腕を回されている。


「ミーシャは小さいから、抱えるね。キリエは背中でいい?」


「はいっ!そっちのほうがいい景色なので!」


「景色の問題なのか……?」


 脳みその隅っこに引っかかる違和感はぬぐえなかったけれど、それはそれとして、


「ノア……その羽根すごいな。ちょっと触ってもうわぁぁあああ!?」


 一気に。

 わたしの『営倉』を簡単に突き破って、キリエと私を乗せたノアセンパイが、一気に上空まで飛び上がった!!


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