第8話 パスピエ2

 アオネコとチイナは、アンティークショップ・グラドゥス・アド・パルナッスムと書かれた看板を見上げていた。


「ここが、メルティ・イヤーを買った場所なんだね」

「うん」


 チイナが頷いた。風が吹き始めて、彼女の茶色い髪をなぶってふわりとなびかせる。


「入ろう」


 スカートを押さえながら、アオネコはチイナを促した。チイナは意を決して、グラドゥス・アド・パルナッスムのドアノブに手をかけた。

 ドアノブを捻り、扉をあける。カランと、ベルの音がした。


「こんにちは」


 チイナが、挨拶をする。アオネコはきょろきょろ店内を見回している。アンティークショップ・グラドゥス・アド・パルナッスムは、以前と変わらぬ品揃えでチイナたちを迎えてくれた。

 しかし、チイナは何か違和感を感じていた。少し雰囲気が違う気がする。以前よりも店内が明るいような感覚がして、レジを見ると、そこにいたのは不思議な老婆ではなく、気風のよさそうなおじさんだった。


「いらっしゃい!」


 おじさんはチイナたちに笑いかける。チイナは、なかば呆然として頭を下げた。

 アオネコが、つかつかとレジに歩み寄る。チイナも、慌てて後を追った。


「すみません、この店の商品についてお聞きしたいのですが」


 アオネコがずばりと単刀直入に切り出す。おじさんは、不思議そうな顔をしてアオネコを見た。


「なんでしょう?」


 おじさんがアオネコに聞き返す。アオネコは、メルティ・イヤーを出して、レジのテーブルに置いた。


「これに見覚えは?」

「んん……?ちょっと失礼」


 おじさんは、机の引き出しに手を入れてルーペを取り出した。それを瞼に挟む。それから、メルティ・イヤーを手に取って見分しはじめた。


「うーん……」


 おじさんが唸り声をあげる。アオネコが怪訝な表情でおじさんを見つめた。


「ううむ、これは精巧な作りだね。でも……」


 ルーペを外して、おじさんがアオネコとチイナに目くばせした。


「うちの扱っている商品ではないね」

「え!?」


 驚いて、チイナが声を上げる。


「だって、確かにここで買いました!」

「何かの間違いでは?僕はこの……イヤホン?イヤホンだねこれは。これを売った記憶はないし、そもそもこんなもの置いておくことはないよ。ここはアンティークショップだからね」


 おじさんはアオネコにメルティ・イヤーを返してから、チイナに向き直った。


「これはブレイン・インタ―フェイス内臓のイヤホンだ。こんなハイテクノロジーのものは、うちにはお呼びでない。なんたって、ここは古い物の楽園だから」

「……どういうこと……?」

「チイナ、帰ろう」


 アオネコが、チイナの腕をとって引っ張る。チイナは、そのまま引きずられて店の外へ出た。

 店の外へ出た二人は、黙って歩き出した。

 並んで、歩道をそぞろ歩く。二人の足取りは重く、会話は無かった。

 歩きながらアオネコがゆっくりと口を開いた。


「……暗礁に乗り上げたね」

「……うん」


 相槌をうちながら、チイナは考えた。あの老婆は、いったい誰だったんだろうか。

 返す返すも不思議な体験だった。老婆の言葉。運命。それは何を意味していたのだろう。

 メルティ・イヤーに飲まれて、沈んでいくのが運命なら、私たちは、どこへ行きつくのだろう。


「チイナ」

「何?」

「シたい」


 細い指が、チイナの指に絡んで来る。チイナは、絡んで来たアオネコの指を受け入れるように絡め直した。アオネコの声は低く、不安の色が滲んでいた。アオネコも、アンティークショップでの収穫のなさには落胆しているようだった。二人は漠然とした不安を抱えながら、歩き続けていた。

 チイナは、囁き声で返事をした。


「ん……」


 アオネコの指が、チイナの指を強く握り返す。


「行こう」

「うん」


 二人の目の前に、公園が見えてくる。チイナとアオネコは、滑り込むように公園へ入って行った。

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