第10話
「で、まだバイトどうするか決めてないんだ?」
学校の昼休み。
いつものように四人で弁当を食べて、午後の授業までの間を潰している時に、真人が碧に問いかけた。
こういうとき、集まるのは基本的に碧と真人の教室だ。二人が揃っているからか、休み時間になると雄太と圭一郎が弁当を持ってやってくるのが常である。そして、男子高生の弁当を食べる時間などあっという間。昼休みのほとんどを、こうした無駄話をしながら過ごしている。
その時間ももったいないと参考書を開いている者も最近は増えているが、昼休みに関しては真人は勉強よりも四人の時間を優先していた。
「うん。ほぼ決めてはいるんだけど、なんとなく、ずるずると」
「試験もあったしな」
と雄太が言うのに、「まあね」と返す。
理由はそれだけではないが、別に詳細まで説明する必要もない。
気がつけば季節は進み、六月に入っていた。
先月中間テストがあり、返ってきた結果に一喜一憂したところだ。その後に個人面談もあり、担任と顔を付き合わせて進路についてなんかの話。特にバイトをしている碧に対しては、ハンコを押したように「いつまでバイトを続けるつもりだ」という問いを掛けられた。それぞれに部活と勉強、バイトと勉強の両立の大変さを、身をもって思い知らされている。
それでも、碧にとってバイトに行くことは息抜きであり、広瀬という人に会う大事な時間だ。
必ず会えるとは限らないが、その時間を今すぐ削ることは考えられないでいる。
取りあえず、今の時点で選択肢の内のひとつ、夏休みまでというのは除外したのだが、後の二つでまだ絞り切れていない。
最良なのは夏休みが終わるタイミングだとは分かっているし、そうしなくてはならない気はしている。が、先だって暁人の話を聞いてしまっただけに、少しでも長く…と、心が揺れる。
「真人。この前さ、暁人さんが、高校三年の間ずっとバイトしてたって言ってたの聞いたんだけど、その頃ってどんな感じだった?」
碧が問うと、真人は「え?」という顔をして碧を見返した。
「……え、そうだっけ」
記憶を思い出すように、視線を泳がせて宙を仰ぐ。うーんと少し考えた後、
「ごめん、正直覚えてない」
と真人は言った。
「でも、親に勉強しなさいって怒られてたのは覚えてる」
苦笑する真人に、碧はそうだろうな、と思う。
暁人から聞いた話は確かに参考にはなった。が、高三ずっとという選択肢を増やすのは、明らかに無謀だ。
碧の姉は三つ上で、姉の受験の際には碧自身も高校受験を控えている身だった。その頃の事を思い出してみても、姉がバイトをしていたという記憶はない。夏休みに夏季講習に行っていたのは確かだから、おそらく春休みあたりには辞めていたはずだ。母親に聞けばはっきりするだろうが、聞けば聞いたで墓穴を掘りそうな気もして、曖昧にしている。
特に行きたい大学もまだ定まっていないが、それなりに勉強するつもりでもいる。正面切って言われた訳ではないが、受験に失敗して浪人という選択肢は、一番進んではいけない道だとも分かっている。それこそ、親や先生だけでなく、広瀬に顔向けできなくなる気がするし、広瀬に申し訳無いと思わせてしまうのは本意では無い。
それに、同じ大学に進むかどうかは別として、みんなと一緒に大学生になりたいという気持ちも大きい。
「俺たちも、そろそろ引退するタイミングだな」
雄太が圭一郎を見て言う。
「ほんとになー。受験勉強してなかったわけじゃないけど、部活辞めたらもう勉強一色になるって思うと、もう辛い」
圭一郎は、はーっ…と身体中の空気を吐き出したのではないかと思うほどの大きなため息を吐き出して言う。
「テストの勉強だけでもいっぱいいっぱいだったのに、な」
訪れる沈黙。
いまはまだのんびりした空気が流れているこの昼休みの教室も、夏休みが終わり新学期がはじまると張り詰めてくるのだろうかと、碧はぼんやり考える。中学の時も、何となくそんな雰囲気があったが、地元の高校に進むのがほとんどで、そこまでの緊迫感はなかった。必死になっていたのは、地元を離れた高校に進学する予定の面々だけだったような気がする。
が、大学受験となると、話は別だ。
友人の中には、進学せずに就職する者もいるが、一握りである。
「ねえ」
四人の沈黙を静かに破ったのは、真人だった。
「祇園祭、行かない?」
まさかの人物からの思いも寄らぬ申し出に、碧、雄太、圭一郎の三人は目を丸くして顔を見合わせた。
「え、真人?いま、祇園祭って言った?」
雄太が聞き返せば、真人が頷く。
「何、どした。勉強詰まったか?」
心配するように圭一郎が真人の顔をじっと見る。さらに、熱でもあるのか、と額に手をやろうとしたのを、真人が「違うよ」と軽く振り払う。
「行きたいなって思って。みんなで」
三人は改めて顔を見合わせる。
そのわずかな沈黙に、真人が「嫌ならいいよ」と呟くと、三人が異口同音で「いや!行く」「行こう」「みんなで行こう」と大慌てで口にした。
これまでに何度も四人で集まって遊んだり出かけたりしたことはあるが、過去に一度も真人から言い出したことはないから、三人が驚いて反応が遅くなってしまうのも仕方ない。
真人は、良かった、と言ってから、でも……と三人を見渡す。
「部活は?大丈夫?碧もバイトあるでしょ」
「んなもん、大丈夫だよ。行くって言っても、どうせ夕方とかからだろ?部活終わった後なら問題なし」
祇園祭っていうと夜のイメージだしな、と雄太は言った。
「碧は?」
「ちょっと待って。シフト、どうだったかな」
言って慌ててスマホを取り出し、カレンダーを見て、はたと止まる。
「……ごめん。祇園祭って、いつだっけ」
肝心の日程が分からなければ、確認のしようがない。
「七月の真ん中ぐらいじゃなかった?」
圭一郎が真人に聞けば、真人は軽く頷いてから、
「祇園祭自体は七月の間ずっとやってるらしいんだけど、有名なの宵山とか山鉾巡行かな」
宵山、山鉾巡行と聞いて、全員が「ああ」と、各々ニュースの映像なんかを思い出す。全員少なからず一回以上は祇園祭に行ったことがある。が、家族や兄弟と一緒に…というパターン。自分から日程を確かめて行くという経験が無かった。
こうして四人で行くのももちろん初めて。そして、もしかしたら最後になるかもしれないからこそ、真人は言い出したのかと碧は想いを巡らせた。
「えっと、宵山が14日から16日で、夜店と歩行者天国があるのが15日と16日」
だから行くなら、そのどちらかにしたいと真人が言うのを元に、碧はもう一度スマホのカレンダーを見る。
「あ、三連休に重なってる」
「……無理そう?」
少し声のトーンを落として言った真人に、碧はにこりと笑って返した。
「ううん。15日は休みだから、その日なら大丈夫」
問題無いと碧が言えば、真人は良かったと嬉しそうに目を細めて笑った。
その表情に、よほど行きたいんだろうな…というのが見て取れる。
「じゃ、決まりだな」
圭一郎がパン、と軽く手を叩き、三人は顔を見合わせて苦笑した。
「……でも、びっくりした。真人からそんなお誘い」
碧が言うと、
「うん、だろうね」
と真人は笑った。
「夏休み入るとさ、本格的に勉強漬けになると思うから。去年みたいに、間にちょっと会うくらいはできるけど、遊びに行ったりできるかなーって」
けれど、高校三年の夏=受験勉強という思い出しか残らないのは、何となく嫌だなと思った、と真人はその理由を口にした。
「それに、行きたいところもあるから」
「行きたいとこ?」
どこ?と圭一郎が問いかけたタイミングで、会話を遮るように予鈴が鳴った。
「やべ。じゃ、続きの話はまた!」
四人はバタバタと各自の教室、席へと戻る。
碧も自分の席に戻り授業の準備をしてから、斜め前の席に座っている真人の背中を見やった。
突然の真人のお誘いには正直びっくりしたし、何ならいまもそのびっくりは続いている気がする。けれど、それよりももっと、嬉しいという気持ちが涌いている。
ひとつでも、楽しい思い出を。
真人が行きたいところがどこなのかまだ分からないが、楽しい目標がひとつできたと、碧は気分が高なるのを覚えた。
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