第3話

 真人から詳しい話を聞くことができたのは、翌日だった。

 放課後、もう少し話をと聞いてみたのだが、真人も兄の仕事の詳細までは知らないとの事。そりゃそうだな、と考え直して、また何か聞けたら教えて欲しいということだけ伝えた。

 そして翌日、真人はご丁寧に兄から聞いた内容をまとめて、渡してくれたのだった。

「夏休みのバイトは、絶賛募集中だってさ」

 忙しくなるため、人手は少しでもあった方がいいという話らしい。

 真人の兄を通じて紹介してもらう事もできるそうだが、少し考えてそこは断ることにした。もう少し他のアルバイト先も検討して、自分で答えを出したかった。

 件のスーパーは、学校から近いところにある。何なら、間に高い建物などないので、教室の窓から見える距離だ。

 だが、碧にとって、頻繁に通う店なのかといえばそうではない。たまの週末に、家族で買い物に来る店、という感じ。食品から雑貨まで手広く揃うので、まとめて何か買う時には便利なのだが、何かちょっと……を買いに行くというイメージはない。

 それに、家からは少し距離があるのも要因のひとつ。家に居て、ふと欲しいものがあるときや、買い忘れた必要なものがあると、最寄りのドラッグストアに頼ることの方が多かった。

 高校に進学してからは機会も増えたが、それでも毎日毎日……という事もない。

 さてどうするか…と思案するも、じっくり考える時間は少ない。碧はその日、近くのコンビニファーストフードの店先に貼られている「アルバイト募集」広告を写真に収めながら帰宅した。

 

 

「で、結局スーパーにしたんだ?」

 雄太に問われて、うん、と頷く。

「決め手は?」

「んー…いろんな要素を突き合わせたら…っていう」

 写真に撮った情報を家で紙に書いて、時間や条件などを比較してみた。けれど、自分ではいまいち良く分からず、親にもその紙を見せて相談したところ、それなら…と、いろいろ話をしてくれた。その中で出た、ひとつの答え。

「でも、そう、お金を扱うのが怖いっていうのが、決め手っていったら、そうかも」

 母に相談したとき、例えばコンビニやファーストフードは、レジ業務もあるだろうという話をしてくれた。現金での支払い、カードやコード決済と種類も多い。最近はセルフレジも増えているが、お金のやり取りがゼロではない。操作一つ間違えてしまえば、大変なことにだってなりかねない。

「間違ったらさ、大変じゃん。だから、それをしなくて良いっていうのが」

「はー…なるほどね」

 無論、それ以外の仕事も大変なのは同じだ。けれど、碧の中で金銭を扱わなくて良いというのは、結構なポイントだった。スーパーだと、レジは担当の人がいる。スーパーのアルバイト募集の広告も「レジ業務」「補充」「製造」と、募集が分かれていた。レジ業務を希望しなければ、金銭関係を扱うことはゼロだ。 

「あ、真人の兄ちゃんがいるのも、理由のひとつ」

 碧の声に、真人が顔を上げる。

「っていっても、会ったことあるのちょっとだけど。それでも、やっぱちょっと安心感」

「伝えとく-」

 そう言う真人に、まだ応募もしてないけどな、と碧は笑った。

「あとは、そうだなー…。夏休みきっかけで、その後もバイト続けるっていう人もいるらしくて。で、それなら、家から近いより学校から近い方が便利かな…とか」

「すご。めっちゃいっぱい考えてるじゃん」

「まぁね。母親がさ、仕事してお金貰う以上は、ちゃんと考えろって」

「何かいいな。俺も、バイトしよっかな」

 圭一郎が呟くのに、雄太が「部活あるだろ」と笑った。


 

 学校が終わって帰宅し、碧は意を決してスーパーに電話をかけた。夏休みにアルバイトをしたい旨を伝えると、電話を取った女の人が「少々お待ちください」と保留し、違う女の人に替わる。そこで改めて、名前や学校、学年、連絡先や希望するバイト内容、時間などを聞かれて答えると、面接に来る日取りを伝えられた。その際に「簡単でいいので履歴書を書いて持ってきてください」と言われ、電話を切った後、大急ぎで最寄りのドラッグストアに駆け込んだ。

 後日、指定された日時に面接に行くと、副店長という人が対応してくれた。面接は会議室で…というので、どんな広い場所に連れて行かれるのかと思ったが、十人でいっぱいになりそうな小部屋だった。小柄で優しそうな面持ちの副店長は、話し方も丁寧で、色々な事を分かりやすく説明してくれる。持参した、本当に基本的なことしか書いてこなかった履歴書。それを見つつ、勤務の曜日や時間、その他要望や質問があれば……と、話を振ってくれた。

「部活はしてない?」

「はい。中学は、陸上やってた…やってましたけど、高校では何もしていなくて」

 ふーん、と副店長は履歴書の空いているところに、中学で陸上と書き足す。さらに、趣味とかある?好きなこととか、と聞かれ、え?と戸惑う。そんなことも必要なのか?というのが表情に出てしまったのだろう。副店長は「ごめんごめん」と苦笑する。

「いや。今時の高校生と会話が合わないと寂しいから。共通の話題でもないかなと思って」

 面接緊張してるでしょ。と言われ、それだけで、この店にして正解だったと、なんとなく思えたのだった。

 そこから、少しだけ世間話のような事も話して、面接は終了。

「じゃあ、明日店長と話をして、また連絡します。ほぼ採用だと思っておいてもらって、大丈夫かな」

 椅子から立ち上がった副店長に、慌てて碧も立ち上がる。

「あ、はい。ありがとうございます」

「いえいえ。ずっと緊張させちゃってて、ごめんね」

「そんな」

 副店長は、ガチャッと会議室のドアを開けてくれ、どうぞと促された。失礼します、と部屋を出ようとしたところで、歩いてきた人とぶつかりそうになって、慌てて避ける。

「おっと、失礼…」

 どうやら手元の書類を見て歩いていたようで、前に気づいて居なかったらしい。すみません、と碧も頭を下げた。

「副店長、新しいバイト君の面接ですか?」

 その人は立ち止まると、副店長に声を掛けた。

「そう。店長と明日話して、採用の運びになるかな。広瀬さんのとこ予定しております」

 広瀬と呼ばれたその人は、それを聞いて、おっという表情をした。

「マジでー!助かる!夏休みだし、人手は多い方がありがたい!」

「一応ね。一応、予定」

「いや、そこは決定でお願いしたい…」

 嬉しそうに話すのを、副店長の横で聞く。

 ということは、採用になったらこの人のところに配属される、ということだろうか。思わずまじまじと見てしまって、バチッと目が合った。やば、と思って視線を下げたところに、

「何くん?」

 声を掛けられ、顔を上げる。

「あ、牧野といいます」

「牧野くんね。よろしく。待ってます」

 にこっと笑うと、広瀬は急ぎ足でその場を去っていった。

 背が高くて、温和そうで、明るい人だな…というのが、碧の広瀬に対する第一印象だった。

 

 採用の連絡が来たのは、翌日の夕方。

 こうして、碧の夏休みの予定が決まっていったのである。

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