36. 大きな影
ルイスとお付き合いすることになってからも、私達の関係は大きくは変わらなかった。
彼のことを意識することは増えたものの、エトワール商会のことを優先しているから、特別なことはしていない。
まだ二日しか経っていないから、そういうものかもしれないけれど。
今日はユリウス様から、ファンタム公爵様に関わる情報を交わすことになっていて、今は馬車で移動している最中だ。
荷台にはデストリア公爵家に渡す魔道具を詰め込んであるから、私も御者台に乗っている。
「今日は人通りが少ないのね」
「スタンピードに備える人が増えているみたいだよ。
魔道具の売り上げが伸びているのも、魔物への恐怖心があるせいかもしれない」
「最近は攻撃魔法の方が売れているから、そういう事だと思うわ」
言葉を交わしていると時間が経つのはあっという間で、すぐにデストリア公爵邸が目に入る。
すっかり顔見知りになった門番さんに会釈をされ、私達を乗せた馬車は玄関前まで進んだ。
「セシル様、ルイス様。お待ちしておりました」
「この中に魔道具が入っているので、運ぶのをお願い出来ますか?」
「畏まりました」
荷下ろしは使用人達にお願いして、私はユリウス様からお話を聞くために応接室へと向かった。
部屋の前には執事が控えていて、中に入るとユリウス様から座るように促される。
「失礼します」
「……早速ですが、本題からお話しましょう。
ファンタム公爵を撃った者ですが、取り調べの結果、ファンタム公爵から脅しを受けていたそうです。その時に、魔道具で大量殺人をする命令も受けており、命令に従うよりもファンタム公爵を暗殺することを選んだ……というのが動機でした」
「……そういう事でしたのね。
ファンタム公爵様の容態は分かりますか?
「治癒魔法は成功し、今は大公陛下から謹慎を命じられています。
まだ憶測にすぎませんが、今回の件でファンタム公爵家が何度も法に触れていることが明らかになったので、失脚するかと」
「それは都合が良いですわね」
「敵対勢力が消えるのは喜ばしいことですが、次は派閥内で争いが起こりそうです」
共通の敵が消えたら争いを始めるという光景は、王国でもよくあったことだ。
今更驚きはしないけれど、少し残念な気持ちになる。
「争いが無い世界になって欲しいです」
「全く同感ですよ。魔物対策をしなければならない今、争う暇はありませんからね」
その時だった。
扉がノックされると、青ざめた使用人が息を切らして部屋に入ってくる。
何事かと身構えると、彼の口から恐ろしい言葉が放たれた。
「大変です! スタンピードが始まりました!
大公陛下から招集がかかっています!」
「分かった、すぐに向かう。
セシル様、ルイス様。ご同行を」
「「分かりました」」
私達はしっかりと頷き、荷下ろし中の馬車に乗り込む。
残りの積み荷は攻撃魔法の魔道具ばかりだから、これから役に立つはずだ。
空は雲一つ無い快晴でスタンピードが始まったとは思えないけれど、戒厳令を告げる鐘が鳴り響いていて、空気は重々しい。
「急ごう」
「ええ」
私が馬に支援魔法をかけると、普段の何倍もの速さで馬車が動く。
戒厳令下では馬車の通行が優先されるお陰で、一度も止まることなく大公陛下の居城に着くことが出来た。
私達は事前の打ち合わせ通りお城の中に入り、作戦室へと向かう。
作戦室といっても、公都を見渡せるダンスホールのことで、状況を見ながら大公陛下が指示を出すことになっている。
「陛下! セシル様とルイス様が到着しました!」
「こんなに早く来られるとは思わなかった。
北から魔物が押し寄せているから、城壁で備えて欲しい」
「分かりました。すぐに向かいます」
そうして私達は城壁に向かったのだけど……。
「物凄い数ね……」
「まるで壁だな」
普段の魔物よりも数倍も大きな魔物が壁のように迫ってきている様子が見えた。
既に私達が作った兵器は動いていて、光の玉が無数に魔物へと降り注いでいる状況。
「兵器はしっかり動いているみたいね」
「あれが無かったら、今頃城壁に迫っていたと思う。
兵器があっても少しずつ押されているから、俺達も応戦しよう」
「まだ遠すぎる気がするわ。今は温存して、危なくなってから動きましょう」
「分かった」
スタンピードはまだ始まったばかり。どれだけ続くのか分からないから、私達は魔力を温存することに決めた。
「人も集まって来たな」
「全員魔道具を持っているみたい。魔石が足りるか不安だわ……」
「魔物があれだけ居るから、勝手に増えていくよ」
そうしている間に集まった人達は城壁の外に出たみたいで、防御柵の近くへと向かう様子が見えた。
既に魔道具の攻撃魔法も至る所から放たれているけれど、魔物の勢いの方がまだ勝っているみたい。
「守り切れるか不安になってきたわ」
「英雄様と聖女様が居るから、大丈夫だと思いたいかな」
私が呟くと、ルイスとは違う声が聞こえる。
驚いて振り返ると、そこには少し疲れた様子のお兄様の姿があった。
「……お兄様!? いつからそこに居ましたの?」
「今来たばかりだよ。セシルが元気そうで安心したよ」
私の隣ではルイスが両親との再会を喜び合っていて、こんな状況なのに私まで笑顔を浮かべてしまう。
魔物との戦いに目を向けると、魔道具以外の魔法も飛び始めていて、少しずつ魔物の勢いを抑えられるようになっていた。
けれども、立ち込めている霧の向こうには、巨大な影が浮かんでいた。
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