5. お金が必要なので
あの後、私達は宿で朝食を済ませてから冒険者ギルドへと向かうことになった。
今日は昨日よりも寒くて、外に出ると手足が痛むほどだ。
「これを羽織った方が良い。その服だと風邪をひく」
「あ、ありがとう」
お礼を言うよりも先に、頭から厚手のコートがかけられる。
魔法で温めることも出来るけれど、みすぼらしい姿を晒さずに済むから、上着を借りられて少し安心した。
そうして人々で賑わう道を進んでいき、酒場のようなお店の前に辿り着いた。
「ここで合っているの?」
「ああ」
冒険者は荒くれものが多いと思っていたけれど、本当にそうだったらしい。
ルイスの後を追いかけてギルドに入ると、朝からグラスを掲げている人々の姿が目に入る。
立派な剣を抱えている体格の良い男性の姿が目立つけれど、ルイスのようにスラリとした引き締まった体躯の人も少なくない。女性の姿もあって、どの人も私より背丈は高かった。
この人達の中に居ると、自分が子供になったかのように錯覚してしまう。
「なんだか怖いところね……。朝からお酒を飲んでいるなんて」
「あれはジュースだね。これから魔物と戦うから、酔うことは出来ないよ」
「そ、そうなのね」
そんな言葉を交わしながら階段を上ると、一階の酒場とは違ってオシャレな雰囲気のホールが目に入った。
貴族の屋敷のような豪華絢爛さは無くても、落ち着いた雰囲気になっている。
「左が依頼を受ける時に使う受付で、他の用事の時は右側に行くことになっている。
まずは冒険者登録をしないといけないから、右側に行こう」
「ええ。でも、私なんかで依頼を受けさせてもらえるかしら?」
「セシルは治癒魔法以外もかなり良い腕をしているから、問題無いと思う。魔物も倒せるだろう?」
「……やってみないと分からないわ」
ルイスの魔物討伐隊に同行したときの私は支援に徹していたから、魔物相手に直接戦った事はない。
攻撃魔法も問題なく扱えるけれど、私の魔力量でどれだけ戦えるかは分からないのよね。
今まで得意な回復魔法ばかり使っていたのに、毎日のように魔力切れになっていたから、攻撃魔法を使えばあっという間に魔力切れになると思う。
「そうか。セシルなら身体強化の魔法と剣でも戦えると思うし、訓練すれば何とでもなる」
「頑張ってみるわ」
頷いてから、受付の方の前に向かう。
受付の方も立派な体格をしていて、近くに居るだけで威圧されそうだ。
「お嬢さん、何かお困りですか?」
「えっと、冒険者になりたくて……」
突然声をかけられて思わず悲鳴が出そうになったけれど、受付の方は腰が低くて威圧感が和らいでいた。
もっと高圧的に対応されると思っていたから拍子抜けしてしまう。
「分かりました。冒険者は危険が伴うので、最初に簡単な試験を受けてもらいますが、大丈夫ですか?」
「試験ですか?」
「魔物を倒す試験ですが、危険な状況になれば助けに入るので怪我の心配はありません」
「分かりました、大丈夫です」
問いかけに答えると、建物の外に案内される。
塀で囲まれたこの場所の奥には檻が置かれていて、中に魔物が三匹見えた。
あの魔物はダークウルフといって、群れで行商人を襲うことで知られている。
動きが素早いから、少しの油断が命取りになるのよね……。
そんな魔物が三匹も。魔物と戦った経験が殆ど無いから、始める前から不安になるわ。
「あのダークウルフを三体倒せたら合格とします。攻撃魔法でも素手でも好きな方法で倒してください」
「分かりました」
「準備は大丈夫ですか?」
試験官は受付の人が務めるみたいで、私の隣で剣を構えたまま問いかけてくる。
「大丈夫です!」
「では、檻が持ち上がったら始めてください」
問いかけに頷くと勢いよく檻が持ち上がって、ダークウルフが一斉に襲いかかってきた。
三方向から迫ってくるから、攻撃魔法を三つ使うことになったけれど、距離を詰められる前に倒すことが出来た。
「無詠唱に多重起動……貴女は一体何者ですか?」
「私ですか? セシルといいます」
「いえ、名前を聞いているわけでは無く……その高等技術をどこで身に着けたのか聞いています」
「えっと、毎日練習していたら出来るようになりました」
王国の貴族は何かしらの魔法が使えて当たり前だったから、魔法の勉強もさせられる。
私も例に漏れず、幼い頃から勉強させられていた。お兄様や妹達は魔法の勉強を嫌っていたけれど、私にとって魔法は楽しくて、暇なときはずっと練習していたのよね。
「普通に練習しても出来るものではありませんから、貴女は才能にも恵まれているのでしょう。
試験も合格です。冒険者の登録手続きがありますので、こちらへ」
無詠唱は私の両親やルイスも出来るから普通だと思っていたけれど、どうやら違うらしい。
「ありがとうございます」
お礼を言ってから、受付の方の後を追う。
最初の受付に戻ると、椅子に座るようにと促された。
「こちらに名前と血判をお願いします」
「分かりました」
思っていたよりも書くことが少なくて、本当に大丈夫なのか心配になってしまう。
「これで大丈夫ですか?」
「問題ありません。冒険者証を発行しますので、お待ちください」
それから少しして、私の名前が記されたカードを差し出された。
カードは想像していたよりも地味だけれど、中身は凄くて邪魔にならないようにリング状になるらしい。
試してみると、手首にピッタリと収まる大きさに変化して、思わず声を上げそうになった。
「無事に登録出来て良かったよ。早速依頼を受けてみる?」
「ええ、そうするわ」
今はとにかくお金が必要だから、ルイスの問いかけに迷うことはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます