3. 隣国の町へ
あの茶番の後、私は三日ほど地下牢に閉じ込められた。
地下牢には食事どころか水の一滴すら出てこなくて、今は真っ直ぐ歩けないほど体力が落ちている。
下を向けば、すっかりボロボロになったブロンドの髪が目に入る。普段は明るい色のはずだけれど、薄暗い場所に閉じ込められている今は、くすんで見えた。
そんな状態で私は馬車に乗せられ、どこかへ連れていかれているらしい。
一体何日馬車に揺られているのか分からないけれど、次に馬車から降ろされた私を待っていたのは、辺り一面緑色の世界だった。
「もう二度と王国の土を踏むな」
私の知識が正しければ、ここは王国で唯一の草原にある国境だろう。
周囲に人の姿は無く、私達を狙う魔物の気配もしていた。
「早く街に行かないと魔物に喰われるぞ」
「元聖女様はそれがお望みなんだよ。放っておけ」
弱らせた上で、魔物の近くで国外追放。正直、人の心が無いと思う。
裁判の場で悪魔だなんて言われたけれど、この刑罰を決めている王家の方が悪魔らしい
わ。
「お、おい。早く撤退しないと俺達まで喰われるぞ」
「馬鹿を言うな! 罪人が離れるところを見届けるまで撤退は許されない!」
幸いにも魔物は私ではなく、後ろで喚いている兵士達を狙っている様子。このまま留まっていても日が暮れてしまうから、私は魔法で体力を回復させてから遠くに見える町を目指して足を踏み出した。
少しして、後ろの方から人の悲鳴が聞こえたけれど、私が引き返すことは許されていない。だから気にしないようにと心を鬼にして、ひたすら足を進めた。
「やっと着いたわ……」
「お嬢さん、身分証はあるかな?」
すっかり空が茜色に染まった頃、ようやく町の入口に辿り着いた私は言葉に詰まらせる。
国外追放される時に身分は剥奪されているから、身分証は持ち合わせていない。他に身分を証明できる物も持っていないから、衛兵が私に怪しむ視線を向けるのも当然だ。
今の私は庶民でも着ないような麻のワンピーズ一枚だけしか身に纏っていないのだから、一目で罪人だと分かってしまう。
罪人と思われなくても、孤児や貧民の類だと思われるのよね。
「……持っていないと入れないですか?」
「無くても大丈夫だ。
ここに名前を書いて、血判を押せば入れる。字は分かるか?」
「分かりました。字は書けるので大丈夫です」
言われたとおりに名前を書いて、血判も押す。
家からは勘当されたはずだし、勘当されていなくても縁を切りたいから、家名は書かなかった。
「これで大丈夫でしょうか?」
「セシルというのだな。この通行手形は無くさないように。
入って良いぞ」
「はい、ありがとうございます!」
町の中に入ると、たくさんの視線が突き刺さる。
こんな装いだから仕方ないけれど、いい気分はしない。
早くしっかりした服を買いたいけれど、今の私はお金を持っていないから、宿にも泊まれないのよね。
だから誰にも見つからない場所を見つけて、野宿の準備をしなくちゃいけない。
町の中なら魔物に襲われることは無いけれど、代わりに人に襲われることがあるから、場所選びは慎重にしたい。
そう思っていたら、立派な剣を持っている人が道の端で倒れるところが目に入った。
「大丈夫ですか?」
「ちょっと転んだだけだ……」
「その声、もしかしてルイス?」
声をかけてみると、聞き覚えのある声が返ってくる。
記憶違いでなければ、この人は救国の英雄様だ。少し前に王国を強大な魔物が脅かした時、私は彼に同行して治癒魔法で支援をしていた。
自信満々で魔物に突撃したかと思えば、数秒でボロボロになって帰ってくるルイスに治癒魔法をかけた回数は数えきれないほどだ。彼が居なければ私も危険な状況だったから、仲間として助け合うような関係だった。
彼もまたあの時のことを思い出したみたいで、勢いよく立ち上がると顔を背けられてしまった。
「なんで聖女様がここに居るんだよ……しかも貧民みたいな恰好で」
「国外追放を言い渡されてしまいましたの」
「それは大変だったな。追放ってことは、今日泊まる宿も無いのか?」
「ええ。だから困っていまして」
ルイスの言葉に頷くと、彼は少し困ったような表情を浮かべながら口を開いた。
「ドラゴン討伐の時の借り、今が返しどきみたいだな。
今夜の宿代は俺が出そう」
「ありがとうございます」
「……なんかやりにくいな。
ドラゴン討伐の時みたいに話してほしい。お貴族様言葉は話しにくい」
行方不明とはいえ、ルイスは今も貴族の身分だ。だから平民になった私は敬語を使っていたのだけど、こう言われたら敬語を使う理由はない。
だから、私は彼に向き直ってからこう口にした。
「それじゃあ、お言葉に甘えて……。
今日からよろしく!」
「よろしく、聖女様!」
「聖女様はやめて欲しいわ」
「えっと、名前何だっけ?」
「セシルよ」
「ああ、思い出した。次からはセシルと呼ぼう」
あんな地位は二度と御免だから、ルイスの擦り傷を治しながら安堵する私だった。
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