使命
「アンタが来るまでに、私は支部長から呪禍についての詳しい話を聞いた。過去にも呪禍に取り憑かれた人間がいたこと、抜本的な解決法はなかったこと、そして対応が後手に回るあまり、呪禍に取り憑かれた者によって都市一つが滅び、何万人もの死者が出たことを」
それを知ったカミルは、息を呑む。
コルネリウスから呪禍が人間に取り憑いた例が過去にいくつかあることは聞いていた。だが、そこまで被害を出しながら事態を収束させていたことは初耳だった。
「救済士は市民の命を守るために存在する。より厳密に言うなら、救済士は大勢の市民の命を守るために存在する。もし大人数の市民と、少人数の市民の命が天秤にかけられていたら、真っ先に大人数の市民を助けなきゃいけない。市民の命に優劣をつけてはいけないから」
責めるようにも、諭すようにも聞こえる調子で、ユリアは続ける。
「本当に先代紅薔薇が作った指輪があるなら、フィーネって子を助けることはできるかもしれない。けど、また指輪が外されて、呪禍が暴走しないって保証はある? 呪禍が暴走して、大勢の市民の命が奪われない保証はあるの? フィーネという子を助けて、その先で市民が大勢死んだとき、アンタは責任を取れるわけ?」
槌頭を向けながら訊かれ、カミルは声を詰まらせた。
言えない。責任が取れるだなんて、簡単に言えるわけがなかった。
そして、黙りながら理解する。割り切れた救済士などいない。レオノーレの市民を守るため、救済士の使命を果たすために、やむをえず善良だった市民を殺す覚悟を決めたのだ。
「そうよね、取れるわけがない。それはみんな一緒。私も、支部長も、他の救済士も同じ気持ち。だから、救済士協会はフィーネって子を殺す。だから、なんとしても道を開けさせる。アンタのことは嫌いだったけど、いまからすることにそんな気持ちは関係ないからっ……」
瞳に凄みを宿しながら、ユリアは言い放つ。
救済士の気持ちを知ったカミルは、戸惑いを覚えていた。自分の行いが正しいと言い切れなくなっている。
ただ、フィーネ抹殺を見過ごせないというところは変わらない。結果的に道を開けるわけでも、反抗を示すわけでもない。ただ、その場で佇むことしかできなくなる。
舌打ちを溢したユリアはメイスを振りかぶってから、容赦ない打撃を浴びせてきた。打撃は腹に直撃し、胃に穴が空くような痛みが広がる。
地面に転がされたカミルは、すこしして立ちあがった。しかし、そこから反撃に出ることはない。
ユリアの顔が一層不快げに歪む。カミルは心臓を震わせるような一撃を肩に食らい、膝をつかされた。続けざまに、頭、頬、胸、背中、腰、足、あらゆる部位が殴打されていく。
痛い。しかし、退くことはできない。だから、殴られるしかない。
視界が霞み、思考が覚束なくなっていく。気付けば、激痛が鈍るほどに感覚が麻痺しかけていた。
そして、これで何度目だろうか──空高くメイスが掲げられる。
その瞬間、張り詰めた声が響いた。
「なぁ、もういいだろ……⁉」
視界に映る地面に影が乗った。カミルは何者かから庇うように覆い被さられる。
「ぁ、え……」
カミルは呻き声を洩らす。視界の端にエメラルドのような緑髪が映った。
どうやら庇ってくれたのは、オイゲンだったらしい。
「カミルはもう何の抵抗もできない……救済士を阻む障害にはならない……だから頼む。武器を引いてくれよ、ユリア……」
オイゲンは、嗚咽交じりに懇願した。
ユリアはしばし黙ったのち、鼻を鳴らす。それから、メイスを背中に戻したのだった。
一部始終を見届けた上で、テオは救済士たちに言う。
「救済士協会レオノーレ支部、総員出立だ」
足音がまばらに響き出す。救済士たちが、カミルの横を通り過ぎていった。
「カミル、お前どうして……」
無念さを堪えるように目を瞑ってから、オイゲンは呟く。
「すまん……」
オイゲンが加わった隊列に向かって、カミルは傷だらけの腕を伸ばした。
「ま、待っ……」
止まってほしかった。だが、止まってはくれなかった。レオノーレ支部前に一人残され、カミルは冷たい夜風を浴びる。
「くっ、あぁあああ………」
堰を切ったように、涙が溢れてきた。
このままだと、フィーネは救済士に殺される。そうならなかったとしても、その未来では代わりに救済士が全滅している。どちらも到底受け入れられない。
どうすればよかった。どうすれば悲惨な運命を免れることができた。不毛な自問ばかりをくり返してしまう。無力感とやるせなさは手に負えないほど膨張し、激しい圧力で押し潰そうとしてきた。
そんなとき、夜空から声が降ってくる。
「随分、ボロボロじゃないか」
その声には聞き覚えがあった。
カミルはぎこちない動きで首を動かし、横に視線を向ける。
そこには、錫杖を杖のように突くロスヴィータが立っていた。
「ロス、ヴィータ……? 怪我、は…………?」
「さっき目を覚ましてさ。全身は軋むように痛むが、動ける程度には回復した。てか、怪我ならまず自分の心配をしろよ」
苦笑混じりに言って、ロスヴィータは錫杖の先を向ける。
「──針を廻し、虚空に楔を捻じこめ〈
純白の光が舞った。
湯船に浸かっているような温かさを覚える。やがて痛みは沈静化していき、青紫に変色した打撲の腫れも引いていった。ロスヴィータが聖術で治癒を施してくれたようだ。
傷が癒えるなり、カミルは顔を強張らせる。萎んでいた炎が再燃するように、焦りが湧いてきた。
「た、大変なんだっ」
カミルは地面に両腕を突き、立ち上がる。
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