『紅いフォロワー』 ―SNSで広がる都市伝説ホラー 深夜0時、あなたにも「いいね」が付く―

ソコニ

第1話 深夜零時のいいね


夜の闇を切り裂くように、スマートフォンの画面が青白く光る。デジタル時計が午前0時を告げる中、相沢由香は完璧な自撮りアングルを求めて、何度も画面と向き合っていた。ベッドサイドの間接照明が、彼女の横顔を優しく照らしている。


「これでいい」


由香は満足げに微笑んだ。今夜も理想的な一枚が撮れた。普段のナチュラルメイクを活かしながら、肌の質感は程よくぼかし、目元の輝きは残す。彼女なりの黄金比で調整された自撮り写真。フィルターで最後の微調整を加え、慎重にハッシュタグを選んでいく。


#ナイトルーティン #スキンケア #美容 #自撮り女子


指先が画面上を舞うように動く。26歳、駆け出しのインフルエンサーである由香にとって、毎晩の投稿は日課だった。昼間は大手アパレルメーカーの広報として働きながら、夜になると自分だけの美の世界を築き上げる。フォロワー数はまだ3000人。大物インフルエンサーと呼ぶには程遠いが、着実に支持を集めていた。


投稿ボタンに触れる直前、由香は一瞬だけ躊躇った。深夜の投稿は、いつも微かな罪悪感を伴う。でも、この時間帯の投稿は確実に伸びる。インフルエンサーとして成功したければ、こういった小さな後ろめたさは捨てなければならない。


「これで今日も終わり」


投稿ボタンを押し、由香はスマートフォンを置こうとした。その瞬間、画面が明るく光る。誰かが「いいね」をつけてくれたようだ。この時間に珍しい。思わず画面を覗き込んだ由香の表情が、かすかに歪んだ。


アカウント名は「紅子」。プロフィール画像は真っ赤なワンピースを着た女性のシルエット。フォロワーは0人。投稿も0件。バイオ欄には何も書かれていない。


「変なアカウント...」


由香は首を傾げながらも、特に気にすることなくスマートフォンを置いた。どんなアカウントからでも、「いいね」はありがたい。そう思い込もうとした瞬間、再び通知音が鳴る。


また「いいね」が付いた。

そして、また。

そして、また。


通知音が明確なリズムを刻むように、規則正しく鳴り続ける。由香は不安を感じ始めていた。いつもなら嬉しいはずの通知音が、深夜の静寂の中で不気味な存在感を放っている。


寝室の照明を消し、ベッドに横たわる。明日も早いから、すぐに眠らなければ。由香は目を閉じた。それでも通知音は鳴り止まない。むしろ、その頻度は増していく。


深夜0時13分。

由香のスマートフォンの画面が、暗闇の中で赤く光り始めた。


翌朝、由香は驚愕の表情を隠せなかった。昨夜の投稿のいいね数が、10万を超えていた。「なんで...?」慌ててフォロワー数を確認する。昨日までの3000人から一気に15万人まで跳ね上がっていた。投稿は各SNSで拡散され、コメント欄には祝福の言葉が溢れている。


「すごい...私の投稿が、バズった...!」


歓喜に震える由香。しかし、その瞬間、画面の隅に見覚えのある通知が表示された。「紅子さんがあなたの投稿にいいねしました」


由香は思わず画面から目を離した。なぜだろう。たった一つの「いいね」が、これほど不安を掻き立てるなんて。


鏡の前に立ち、化粧を始める由香。今日は会社を休んで、この突然の人気について考えを整理したかった。でも、それはインフルエンサーとして失格だ。チャンスは掴むもの。


由香は口紅を手に取った。いつもの色なのに、今朝は妙に鮮やかに見える。まるで、血のような赤さで。鏡に映る唇が、わずかに歪んで見えた気がした。


由香は首を振って不安を払拭しようとする。これは私のチャンス。こんな些細な違和感に惑わされている場合じゃない。そう自分に言い聞かせながら、由香は最後の仕上げとして口紅を塗り直した。


深紅に染まった唇が、不気味な光を放っている。

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