第12話 『最後の刻印』
第12話:「最後の刻印」
王宮の地下深く、封印された最奥の間に立つルイスの前に、巨大な石碑がそびえ立っていた。
「刻印の源」——それは、この世界の根幹を成すもの。
扉を開いた瞬間、空気が変わった。
そこに存在するのは、静寂——だが、それは単なる沈黙ではなく、まるで時の流れすらも停止したような異質な静寂だった。
そして——
「お前は、どう抗う?」
その声は、ルイスの周囲の空間そのものから響いた。
まるで世界の意思が囁くような、深く重い声。
ルイスは剣を握りしめ、前へと進んだ。
そこには、朽ち果てた王の亡骸が鎮座していた。
それはかつての刻印の王であり、さらにその前の王たちでもあった。
王は死なない——ただ、刻印に取り込まれていくだけ。
「……」
ルイスは奥に進み、亡骸を見つめた。
その体は朽ちているというのに、確かに"生きて"いた。
それは、人間の形をしていながら、人ではない。
無数の刻印が体に刻まれ、それぞれが独立した意思を持つかのように脈動していた。
「俺は、お前たちとは違う。」
ルイスは低く呟いた。
「俺は、ここで終わらせる。」
「終わらせる? 何を?」
亡骸が声を発した。
それは、かつてルイスが倒した「刻印の王」の声であり、同時に、無数の王たちの声でもあった。
「運命の支配を。」
ルイスは剣を引き抜いた。
「俺はこの世界を変えるために王になった。お前たちのように、ただ刻印に従うだけの存在になるつもりはない。」
「愚かだな。運命は決して覆らない。」
「……なら、証明してやる。」
亡骸が動き出した。
いや——それはもう亡骸ではなかった。
「刻印の王」
それは、無数の王たちの怨念が形を成したものだった。
影のような存在が、ルイスに向かって伸びる。
ルイスは剣を構え、瞬時に飛び退いた。
「刻印の王は、不滅の存在だ。」
その声が響いた次の瞬間——
無数の影が、ルイスを包み込もうと迫ってきた。
ルイスは剣を振るい、影を切り裂く。
しかし、影はすぐに再生し、彼を囲むように動き続ける。
「……なら、俺は何度でも斬る。」
ルイスは深く息を吸い込み、影の中心へと飛び込んだ。
剣が閃く。
影を切るたびに、刻印の王の体が軋むような音を立てる。
だが、それでも刻印の王は消えない。
「くそ……!」
ルイスは歯を食いしばった。
「お前も、刻印の呪縛に取り込まれるのだ。」
影が一気に襲いかかってきた。
ルイスは防ごうと剣を構えたが——その瞬間、影が彼の体に絡みつく。
「ぐっ……!」
その感触は、生きた何かが這い上がるような不気味なものだった。
ルイスの腕に刻印が浮かび上がる。
「お前もまた、王の一部となるのだ。」
「そんなこと……させるか……!」
ルイスは、残った力を振り絞り、影を振り払う。
その瞬間——彼は、影の中心に“心臓”のようなものが脈打っているのを見た。
「……あれが……」
刻印の王の心臓——それこそが、この存在を支配する核だった。
「終わらせてやる。」
ルイスは剣を握り直し、跳躍した。
影が彼を阻もうとする。
だが、ルイスは迷わず突き進んだ。
そして——
「うおおおおおおおお!!!」
剣を振り下ろし、刻印の王の心臓を貫いた。
ズガアアアアアアン——!
爆発的な衝撃が、空間全体を揺るがした。
刻印の王の体が崩れ始める。
「ぐっ……!!」
ルイスもまた、その余波に巻き込まれ、膝をついた。
だが、それ以上に——
世界そのものが、揺らいでいる。
「……刻印が、消えていく……?」
ルイスは目を見開いた。
彼の腕に刻まれていた「破滅」の刻印が、ゆっくりと薄れていく。
それだけではない。
この世界のすべての刻印が、消えつつあった。
——世界の崩壊が始まった。
ルイスは、立ち上がろうとした。
だが——体に力が入らない。
「……なんだ……?」
彼の体が、徐々に透き通っていく。
まるで、世界から存在そのものが消えていくように——。
「まさか……」
ルイスは、自分の手を見つめた。
指先が、すでに消えかけている。
「これが……刻印を捨てた代償……?」
彼は、理解した。
刻印の王が消えたことで、世界の理が崩壊し始めている。
その影響は、王である自分にも及んでいた。
「……っ!」
その時——
「ルイス!!!」
遠くから、セラの叫び声が聞こえた。
彼女が駆け寄ってくる。
だが、ルイスはそれを止めた。
「来るな……!」
「どうして!? ルイス、あなた……消えかけてる……!!」
セラは必死に手を伸ばす。
だが、その手は、ルイスに触れることができなかった。
「お願い……消えないで……!」
セラは涙を流した。
ルイスは、微笑んだ。
「……大丈夫だよ。」
「大丈夫じゃない!!!」
セラの叫びが響いた。
だが——
ルイスの体は、もうほとんど消えかかっていた。
「セラ。」
ルイスは、最後の力を振り絞り、彼女を見つめた。
「俺は、抗い続けたよ。」
「そして——」
「最後まで、抗い続ける。」
ルイスの声が、静かに響いた。
そして——
彼の姿は、光と共に消えていった。
セラは、泣き崩れた。
だが、次の瞬間——
世界は、新たな姿へと変わろうとしていた。
刻印は消え、運命の支配は終わった。
だが、それが何を意味するのか——
まだ、誰にも分からなかった。
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