第10話 『選択の道』
第10話:「選択の道」
夜の王宮は、昼間とはまるで違う顔を見せる。
昼間は壮麗で、整えられた秩序の象徴。
だが、夜になると、その荘厳さの奥に隠された陰が浮かび上がる。
王宮の地下に続く封印された扉。
ルイスはそこに立っていた。
この奥に、刻印を捨てる方法がある。
だが、それを知ることが本当に正しいことなのか——彼自身にも分からなかった。
アインとの密会を重ねる中で、ルイスは一つの疑問に行きついていた。
「もし刻印が世界を形作るものならば、刻印を捨てれば世界はどうなるのか?」
その答えを知るためには、歴代の王の記録を探る必要があった。
だが、王宮の記録には、明らかに“何か”が隠されている。
ルイスは側近のラズフォードに王の歴史について尋ねたことがあるが、彼は「それは王のみが知るべきことです」とだけ答えた。
「王のみが知るべきこと」
ならば、王としての権限を使ってでも、その真実を暴くしかない。
封印された扉を前にして、ルイスは深呼吸した。
そして——玉座の刻印を指でなぞりながら、静かに扉へ手をかざす。
ゴゴゴゴゴ……
低い振動音とともに、封印が徐々に解けていく。
ガコン——
重い石扉が開いた瞬間、ひやりとした冷気が足元を這い上がった。
地下は静寂に包まれていた。
空気が重く、時間すら止まったかのような感覚。
石造りの階段を降りると、そこには——無数の棺が並んでいた。
棺の一つに手をかけると、金属の蓋に刻まれた名前が目に入る。
「第243代 刻印の王 ルドヴィーク」
その名は、ルイスの知る歴史書には一度も記されていなかった。
そして、別の棺を見ると——。
「第242代 刻印の王 エルネスト」
「第241代 刻印の王 アルヴィス」
どの王も、歴史書には存在しない名だった。
「歴代の王は、刻印の記録から消される……?」
この地下墓地に眠る者たちは、一体どういう存在なのか?
——そして、何よりも奇妙なのは、どの棺もまるで“生きている”かのように、かすかに振動していることだった。
まるで、今も刻印の呪縛に囚われ続けているかのように。
「歴代の王たちは、全員が刻印の呪縛に取り込まれていた。」
アインの言葉が脳裏をよぎる。
「刻印の呪縛……?」
ルイスは奥へと進む。
すると、石の祭壇の上に、一冊の古びた書物が置かれているのを見つけた。
ルイスはその書を手に取り、ページをめくる。
そこには、驚くべき記述があった。
「刻印を完全に捨てる方法」
その儀式の内容はこうだった。
「王は自身の心臓を砕くことで、刻印の支配から解放される。」
「しかし、それは王自身の完全なる消滅を意味する。」
ルイスの手が、僅かに震えた。
「王の心臓を砕けば……俺は消える……?」
刻印を捨てる方法は確かに存在する。
だが、それは“世界を変える”のではなく、“王自身を消す”ということだった。
——自分が消えても、世界が変わる保証はない。
いや、それどころか、刻印を支配する存在が別の者へと移るだけなのではないか?
「……こんなもの……!」
ルイスは書を床に投げ捨てた。
だが、その衝撃で書物のページがめくれ、新たな記述が目に入る。
「王が消えた時、この世界は崩れ去る。」
やはり——世界そのものが刻印によって成り立っているというのは事実だった。
「本当にこの選択をするべきなのか?」
答えを求めるように、ルイスは地下墓地の天井を仰いだ。
王宮に戻ったルイスは、セラを呼び出した。
彼女に相談すべきかどうか迷ったが、それでも彼女の意見を聞きたかった。
静かな夜の広間で、ルイスは全てを話した。
刻印を捨てる方法。
それを実行すれば自分が消えること。
しかし、それによって世界が変わる可能性があること。
セラは何も言わずに話を聞いていた。
しかし、彼女の手は強く握りしめられていた。
やがて、震える声で口を開いた。
「……そんなの、絶対に嫌。」
ルイスは、彼女がそう言うことは予想していた。
「でも、セラ——」
「でも、じゃない!!!」
セラが声を荒げた。
こんなに強く感情を剥き出しにする彼女を、ルイスは初めて見たかもしれない。
「あなたが消えるなんて……そんなこと……私は絶対に認めない……!」
「だけど……」
「お願いだから……そんな選択、しないで……!」
セラは、涙を零した。
「運命がどうとか、世界がどうとか……そんなことよりも……」
「私は……ただ、あなたに生きていてほしいの……!」
ルイスは言葉を失った。
セラの涙は、彼の心に深く突き刺さる。
自分の運命。
世界の未来。
どちらを選ぶべきなのか?
答えは、まだ出ない。
ただ一つ言えることは——
今、この瞬間、自分を必要としてくれる人が、確かに目の前にいるということだった。
「……セラ。」
ルイスは、彼女の涙をそっと拭った。
「俺は、まだ答えを出せない。」
「でも……決める時が来たら、必ず伝える。」
セラは何か言いたげだったが、ただ頷いた。
その夜、ルイスは一人、王宮の庭で月を見上げた。
選択の時は、刻一刻と迫っている。
刻印を捨て、運命を変えるのか。
それとも、このまま王として生き続けるのか。
「俺は……どうすればいい?」
しかし、その答えを知る者は、どこにもいなかった。
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