第1話 みならいガードナー、はぐれになる。①

 俺が異世界へと転移して、ひと月が経つ。

 最初は戸惑うことばかりだったが、ここでの生活にもずいぶんと慣れてきたところだ。


 それも全部、ここで出会った仲間たちのおかげ。


 あの後、俺は気付けば草原の真ん中に放り出されていた。

 そこでいわゆる『スライム』を見つけて大興奮したのも束の間、俺はそいつに捕食されかけた。


 絶体絶命のピンチ。

 なぜか服だけが溶かされていく恐怖の中、俺は二度目の死を覚悟していた――


 そこに偶然現れたのが、『勇ましき団』という冒険者パーティー。

 彼らはスライムに喰われかけている俺を助け、事情を聞くなり自分たちの屋敷に迎え入れてくれたのだ。

 今では俺も『勇ましき団』の一員となり、屋敷で仲良く暮らしている。


 彼らは見ず知らずの俺に、生きる術と居場所をくれた恩人だ。

 これからも助け合い、笑い合いながら生きていきたい。



 ……と、思っていたのだが。



「率直に言おう、シン。君には僕たちのパーティーから出て行ってほしい」



 なんか、追放されそうになっていた。




□◆□◆□




 少し遡って数分前。『勇ましき団』の屋敷にて。


 俺は長テーブルの誕生日席に座らされていた。

 左右にはそれぞれエルフの少女と赤髪の女性が、真正面には銀髪の青年が腕を組んで座っている。


 もしかすると今から俺の誕生日会が始まるのかもしれない。

 誕生日、今日じゃないけど。


 それに誰一人として、俺の誕生日を祝ってくれるような顔はしていない。

 みんな異世界人らしく個性的な見た目だが、その険しい表情だけは共通していた。


「ええと、どうしたのみんな。かしこまっちゃって」


 沈黙に耐えかねておどけてみるが、状況はちっとも変わらない。

 このままでは無言の圧に押し潰されそうだ。


 その時、視界の端で三つ編みが揺れる。


「あっ、あの…⋯シンさん、その…⋯言いづらいんですけど……」


 遠慮がちに話し始めたのはエルフの少女、リリーナちゃんだった。 


 これは意外だった。リリーナちゃんは極度の内気。こうして自分から話し始めることはめったに無い。

 

 だがやはり、緊張しているようだ。

 視線はきょろきょろ定まらないし、エルフ特有の長い耳がぴくぴく震えている。


「どうしたのさ、リリーナちゃん」

「えと、わ、私…⋯じゃなくて、その……」


 緊張の限界が来たのか、リリーナちゃんはしどろもどろになってしまった。

 耳どころか全身がぷるぷる震え始め、今にも泣き出しそうに見える。


 そんなリリーナちゃんを見ていると、なんだか悪いことをしている気分になってきた。

 何か言わねばとは思いつつも、気の利いた一言は思いつかない。


 気まずい空気が流れ始めたその時。

 

「リリーナ、落ち着くんだ」


 静かな声が割って入る。

 助け舟を出したのは銀髪の青年、アルドだった。


「大丈夫だ、シンには僕から言おう」

「ひゃっ……はい、リーダー……」


 アルドはリリーナちゃんに優しく声をかけて落ち着かせると、爽やかな銀髪を揺らしながら俺の方へ向き直る。


 「……シン、今から話すのは、これからの僕たちのことだ」


 普段は柔和な表情を崩さないアルドが、いつになく真剣な顔をしていた。

 周囲の空気が引き締まっていくのがわかる。


「シン、君と僕たちはまだ会って日は浅いが、かけがえのない仲間になれていると思っている。君もそう思ってくれていると、僕は嬉しい」

「もちろん俺もそう思ってるよ。皆は俺の恩人だ」


 の言葉に、思わず顔がほころぶ。


 そうだ。俺たちはかけがえのない仲間じゃないか。

 アルドとは風呂だって一緒に入れるし、リリーナちゃんとは異邦人として意気投合している。

 もう一人の仲間、フレイヤさんにだって色々お世話になっているんだ。


 きっと話だって大したことじゃない。


 大切な仲間との間に、後ろめたいことなんてあるもんか。


「そう。僕も君と同じ思いだ。……だからこそ、僕は、いや僕たちは決断したんだ」

「決断か。聞かせてくれよ、アルド。心配はいらない、だって俺たちは仲間だろ」


「わかった。ありがとうシン」


 そう言うとアルドは立ち上がって、まるで神に誓うようかのように胸に拳をかざした。



「……率直に言おう、シン。君には僕たちのパーティーから出て行ってほしい」



 うんうん。全くその通り⋯⋯⋯⋯



 ……え?今なんて?



「ま、待ってくれ!!なんでそうなった!?」


 予想外の答えだった。


「……ここひと月、君は目に余る行動を繰り返していた。それは戦闘中や、屋敷の生活の中でもだ。君だって自覚しているはずだろう。自分の胸に聞いてみるといい」


 アルドが諭すように言う。

 俺は言葉通り自分の胸に手を当てて考えてみた。



 目に余る行動……戦闘……。



 あっ



 俺はすぐに気付いて、右手の甲にある花冠の紋章に目をやる。

 それは女神の祝福を受けた証だった。



 異世界で生活する中で、リーアさんから授かったの力がどんなものなのかが少しずつ分かっていった。


 『絶対防御体制オートガード』――どんな相手のどんな攻撃も瞬時に反応して防御できる力。


 なんだこれは。本当に反則チート級能力だ。

 やっぱり最強じゃないか。


 ……まぁ、実際はそんなことはないのだが。


 この力は、制御が利かない。

 どう見ても避けられる攻撃、防げそうにもない攻撃、時には攻撃ですらないものにも『絶対防御体制オートガード』は発動する。


 俺は戦闘において『盾持人ガードナー』という仲間を守る役を任されているが、この力に振り回され隙を晒し、吹き飛ばされた先には守るべき仲間。なんてこともしばしば。


 ……受け止めてもらうときに身体を触れたりして、案外悪いものではないのだけど。


 閑話休題。


 よく訓練にも付き合ってもらうが、手加減された攻撃は簡単に防げてしまう。

 だからと言って本気を頼んだら、盾ごと真っ二つになりかけたこともあった。


 この能力のせいで俺は仲間の足を引っ張っている。

 もともと戦闘経験も全くないのだ。



 要するに、俺はこの『勇ましき団』のお荷物になってしまっているということ。



 その事実に気づくのに、あまり時間はかからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る