第31話 二人なら勝てる(第三章完結)
立ち止まらない。
まずい。本当にまずい。
ルクスたそは、あーしを置いてアルファに一人で挑むつもりだ!
そんなこと、絶対にさせちゃだめだ!
「ストップ!」
あーしは立ち上がった。
「一人で行っても何もできないよ! やられるだけだ! あーしも一緒について、く……」
でも、途中でくずおれる。ケガが治っていない。今日はまだ、動けるようにはならないだろう……一日。そのせいで、今この瞬間動けないのが本当に致命的だ。
「ううっ」
「大丈夫です。何も考えがないわけじゃありません」
「だからって、アルファに勝てるわけない。死ぬだけだよ」
「それでも、戦いは終わらせて見せます」
策はあるらしい。でも口ぶりから、命を捨てての作戦だろうし、成功するとも限らない。
「だめだよ、だめ……」
「安心してください」
ルクスたそは、あーしを優しく支えてくれた。そして、頭を撫でてくれる。
「ポラリスさんは、もう戦わなくていい。どぅーちゃむさんを、斬らなくたっていい。十年間も、がんばったんですから……そんな辛い思いは、もうしなくていいんですよ」
優しいけど……決意の固い声だ。
「好きな人を。自分の、大切な人を……大事にしてください」
あーしをまた寝かせると、扉に手をかける。紙を手に持った。
そこには、どぅーちゃむと同じような……いや、同じ絵が描いてあった。
「ばか、ルクスたそ、ばか……」
「はい」
「お人よしの、頑固者」
「その通りです」
「わからず屋っ」
「……当たり前でしょう。わたくしだって」
彼女はそれを掲げると、ちょっとセクシーな、角としっぽの生えた、黒ずくめのお姉さんに変わった。
「ポラリスさんと同じ、小悪魔なんですから」
「たそ……」
「今までありがとうございました、ポラリスさん」
「ルクスたそ!!!」
あーしを置いて、部屋を出ていこうとする。
最後になるかもしれないと思うと、ついついあーしは叫んでしまった。
「……なんでポラちゃむって呼んでくれないの……!」
ずっと思っていたことが、口に出ちゃった。
あーしはたそと、仲良くしていた。一緒に楽しく遊んだ。
でも、たそはあーしをポラリスさんってずっと呼んでいた。
なんか、距離を感じていたんだ。
ルクスたそは、立ち止まった。
「本当は少し、寂しかったんです」
振り返る。露出の多い恰好には似合わず、眉尻をちょっと下げている。
「さみしい?」
「ポラリスさんは、アルファに追いつめられたとき……もうちょっと、わたくしを、頼ってくれるかなって……そう思ってました」
「あ……」
あーしは、言葉もなかった。
アルファが真の姿を現して、あーしを揺さぶってきたとき。
冷静になって、ルクスたそと作戦を練っていれば……何か対応策が出たかもしれない。
でも、あーしはそうしなかった。
余裕がなくて、考えられなかったというのもある。
でも、追いつめられたとき、ルクスたそを当てにしよう……そうは思っていなかった。
だから、一人で立ち向かい続けたんだ。
「ずっとそうでしたね。ポラリスさんは、わたくしを大切にしてくれましたけど、頼ろうとはしなかった」
言う通りだ。ルクスたその暴走を止めなきゃとか、敵の攻撃から守らなきゃとか。
そんなことばかりを考えて、言って、行動していた。
すごい上達だねなんて言っておきながら、その実力をちゃんと信頼していなかったんだ。
「ポラリスさんにとってわたくしは、守るべきもので……助けを求めるような相手とは、思ってもらえてないのかなって」
「めんご……」
「いいえ、わたくしに力がないからです」
「ち、違うよ。ルクスたそはすごいし、天才だよ。あーしのせいだ」
必死に、気持ちをぶちまける。
「あーしは、ずっと一人ぼっちだったから、人に助けを求めるやり方もわかんなくて……簡単には、そんな気持ちにもなれなくて……それでっ」
「はい」
「それに、憧れの人が死んじゃって……もう、大切な人を危険にさらしたくないって……そう思って!」
「わかっております」
ルクスたそは優しく、でも寂しそうに微笑んだ。
「そんなポラリスさんの、お役に立ちたかった。助けになりたかった。でも、わたくしでは力不足だった……ポラリスさんを変えるだけのことは、できなかった。そういうことです」
「そんなこと、言わないでよ」
「すみませんでした。たくさん、たくさんお世話になりました」
悲しそうなルクスたその顔を見て、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
あーしは、ずっと一人ぼっちで戦ってきた。十年間も、恐れられて、さげすまれてきた。だから、人に助けてもらうやり方も、頼るやり方も、わからない。そんな気持ちには、簡単にはなれない。
そして、どぅーちゃむみたいに大切な人を失いたくないから、ルクスたそにも危険な目にはあってほしくない。
--だとしても。
ズッ友なんて言っておいて。
たそを本当の意味で、信頼できていなかった……。そのことは、確かだ。
だから、『ポラちゃむ』って……呼んでくれなかったのかもしれない。
「最後に一つだけお願いです」
「え?」
「この絵、置いていきますから……こっそり処分してください」
絵が描いてある、すさまじい厚さの紙束を指差した。たくさんの作品だ。絵を描くのが、小悪魔が、本当に好きだったんだ。
「では、お元気で」
「たそ!」
ルクスたそは、ついに出ていってしまった。
あーしは悔しくて、拳を握りしめた。
世界で唯一、好きなものを分かち合える……そんな大好きな人なのに、止めることができなかった。
ルクスたそには何か考えがある。自らを犠牲に、戦いを終わらせようとしている。
イオ君やレダちゃん、リゲル君やエクソシストたち、リート市の人たち……そして、あーしを助けるために。
それはだめだ。
ルクスたそと会ってたったの数週間だけど、本当に楽しかった。
ずっと一人で戦ってきた。醜いと忌み嫌われて、誰も認めてくれなかった。
でも、ルクスたそはあーしのことを、サイキョーでカワイイって言ってくれたんだ。
十年間で、たった一人。
クレープやドリンクを食べたり。一緒に歌ったりプリを採ったり。水族館に行ってカップル感を出したり、パーリィしたり。
そうやって好きなものを共有できた、たった一人の仲間。友達……もしかしたら、それ以上の存在。
そんな大切な人を、失おうとしている……。
ん?
あーしは、ルクスたその残した絵を見た。
先ほど使ったルクスたその絵の衣装は、めちゃくちゃどぅーちゃむに似ている……というか、ほとんどそのままだ。
似ているならともなく、全く同じ姿を、どうして知っていたのだろう。不思議だ。
そうだ……同じ姿。
同じ歌。
同じ衣装。
何より、あーしの他に世界で唯一、『小悪魔』衣装をかわいいって思える心。
なんでそうなのか、今までわからなかった。
でも、今ならわかる。
さっき見たどぅーちゃむの夢……今まで持っていた記憶よりずっと鮮明で、詳しかった。
アルファを実際に見ることで、忘れていた思い出も呼び起されたのだろう。
それと照らし合わせてみると……もしかしたら、と思うところがあった。
今まで覚えていなかったことで、記憶の中でどぅーちゃむが言っていたこと。
--あーしは、『あること』に気づいた。
そうだ。
だから……ルクスたそは、『小悪魔』が好きだったんだ。
「だめだよ、ルクスたそ……」
残した絵の紙を見た。見れば見るほど、好きだな、という気持ちがわきあがってくる。
すると……体に悪魔の力が沸き上がってきた。
アルファとの戦いで消えかかっていた、好きな気持ちが……ルクスたそのおかげで戻ってきたんだ。
体の傷が治ってくる。すごい勢いで回復している。
今なら戦える。アルファにも立ち向かえる。雑魚悪魔なんて敵じゃない。
ルクスたそに、会わなきゃ。
ルクスたそに対しては、大きな心残りがある。
「まだ、ポラちゃむって、呼んでくれてないじゃん……」
あの子はあーしを『ポラリスさん』としか言おうとしなかった。
その理由は、あーしに心を許せていないからだと思っていた。
でも、今ならわかる。
別の理由があったんだ。
それを解決すれば……もしかしたら、ポラちゃむって、呼んでくれるかもしれない。
「大事な人が、一人で抱え込むとかさ……あーし、好きくないんだよね……」
あーしは確信していた。
この戦い…………あーしだけでも。ルクスたそだけでも、勝てない。
でも、二人なら……絶対に勝てる!
「サイキョーでカワイイエクソシストは……二人で一緒にならなきゃ!!!!」
あーしは託された鎌……『夜の杓』を握った。
悲しみをすくう、そんな歌。
アルファを倒し、どぅーちゃむの魂を解放して……夢を叶えるために!
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