第22話 因縁の敵に立ち向かう
しかし、シリウス君に声は届かなかった。
「私ならできるのです! 他の誰にできなくても! 私なら! 私ならばアア!」
血の涙を流しながら、天井の魔法陣を見上げる。うっとりした顔だ。
すさまじい魔力が満ちて、割って入ることはできなかった。
そして、光は強くなり……シリウス君を包み込み……。
「私ならヴァッ……」
ドスン。
上から、手がたくさん降ってきた--としか言いようがない。
紫色で、大小さまざまなたくさんの人間の手が絡み合って、柱のようになっている……そんな塊が光の上から落ちてきて、一瞬でシリウス君を覆い隠した。
「アアアア!! ……あ……」
うめき声が聞こえたけどすぐに静かになった。
落ちてきた手は上に戻っていって、その下には、シリウス君……『だったもの』が残された。
それはもう、人の形でさえなかった。
色々な人の手が生えている、紫色の肉の塊のようなものが落ちている。それはもぞもぞと動いていたが、その場から移動したりはしなかった。
「シ、シリウス君」
「大丈夫ですかっ」
この状況でもルクスたそは勇敢だった。取り乱すことなく、冷静に弓をつがえ、矢を射る。彼女の矢は悪魔の力を除く効果があるから、普通なら有効な方法だ。
光の矢が紫色の塊を射貫く。でも、それはぐしゃりと少し潰れ、一部が飛び散っただけだった。
「そんな……」
さしものルクスたそも口に手を当てる……あーしは悟った。
たその矢でも、シリウス君は戻らない。アルファの力は、普通の悪魔とは違うんだ。
手遅れだ。
そのとき、天から声がした。
「かわいそ~~~~~う♡」
耳に覚えのある声だった。
かつて、十年前にも聞いた声と同じ。
でも、そのときみたいな優しく包み込むような声色でなくて、なまめかしく、もったいぶった、イライラするようなネコナデ声だった。
「人間がわたしたち七災星の力を使いこなすなんて無理無理♡ そんなの、わかってるのに……♡ だめだってわかってても、すがりたくなっちゃうのよね? かわいそ~~~~う♡」
上を向くと、魔法陣がきらめく。
「みんなもそう、思うでしょ~~~~う?」
声が聞くと、あたりからざわざわと音がして、魔力が満ちてきた。そして、客席に、黒い影がたくさん現れた。
「悪魔っ!?」
それは黒いローブを羽織り、人型をしていて、頭には犬や猫、ネズミなどの色々な動物の顔がついている。頭には角、後ろには尻尾。彼らは人間と同じくらいの大きさで席に行儀良く座り、ぱちぱちと拍手をしていた。
「七災星様ー!」
「アルファ様ー!」
客席を埋め尽くす悪魔たちの熱狂がホールに満ちる。ルクスたそは驚く。
「いつの間に!?」
「魚クンと同じだね。力を隠して、姿を消してて……シリウス君の儀式を受けて現れたんだ!」
数十、いや、百体くらいはいる。
魚クンの言葉は嘘ではなかった。儀式は予定通りなら明後日。シリウス君が早まっただけだ。
でも、悪魔たちはいつでも来られるよう、スタンバイはずっと前からしていたんだ!
状況はマジで悪い。
まだエクソシストが来ていないのに、悪魔だけが集まって、アルファが召喚された。向こうは全勢力、こっちは二人だけ。
雑魚悪魔は牛クン未満の強さっぽいけど、一気にこれだけ倒すのはちょっと骨が折れるだろう。
特に……これから出てくる奴の相手をしながらだと、絶対に無理だ。
拍手が最高潮になった。光の帯が大きくなり、形を成してきた。
そして、そこにやつは現れた……。
「ごきげんよ~~~う♡」
姿は十メートルくらいで、紫色のなまめかしい人間の女性の体。そしてその頭は……紫のもやがかかっていて、中身は見えなかった。
「来たね、七災星!」
アルファ。十年前召喚され、世界をめちゃくちゃにした最強の悪魔の一角だ!
悪魔どもの拍手を受けながらそいつは、床に落ちた、シリウス君を拾い上げた。そして、もやの中でむしゃりとかぶりつく。
肉塊は、貪られながらもどくんどくんと動いている。
しばらく味わったうえで、満足そうに言った。
「う~~~ん♡ この子の絶望、いい感じに、おいし~~~~い♡」
ぽいっと客席に投げる。
「ほ~~ら♡ あなたたちに、あげ~~~る♡」
紫色の肉の塊がべちゃっと落ちる。それはまだ、どくんどくんと脈打っていた。しかし、動くこともしゃべることも、元に戻ることもない。
悪魔たちが群がる。
「うおおおお! 早速このようなご馳走を!」
「さすがアルファ様ー!」
「われらが七災星、万歳!」
彼らはシリウス君だったものにまとわりつき、むしゃぶりついた。直接かぶりつくもの、外から手を上げて興奮するもの、それぞれのやり方で『絶望』を吸収している。
全てを捧げても、何も成し遂げられず異形と化した、シリウス君の絶望を。
「ルクスたそ……」
「はい」
あーしは、ルクスたそを向いた。彼女は震えながらも、弓を強く握っている。
わかっているんだ。
今までの状況とは全く違うって。
シリウス君はもう戻らなくて、たくさんの悪魔を携えて七災星アルファが目の前にいる。
命をかけなくてはならない。
「ごめんけど……シリウス君が食べられてるうちに、アルファをやるよ!」
「……はいっ!」
まだ相手はこっちの実力を知らないのか、あるいは舐めている。もしかしたら、雑魚悪魔を従えるのには餌付けが必要なのかもしれない。
いずれにしても、雑魚悪魔がシリウス君に夢中な今がチャンスだ。
本当はやりたくないけど、今はそれしかない。
アルファをピンで相手できる今のうちに倒すんだ!
あーしは鎌を、ルクスたそは弓を構えた。
「あ~~ら♡ まだお食事があったわね~~~♡」
紫色の十メートルの人型の光……頭はもやがかかっている。そんな七災星、アルファは、あーしたちに手を伸ばした。
「あの子たちに、あげないと~~♡」
そして、そこから紫色の、禍々しく歪んだビームが何本も発射された。
「おっと!」
あーしはルクスたそを抱えた。急いで飛んでよける。でも、ビームは途中で軌道を曲げ、こちらに向かって飛んできた。追尾機能つきか!
「うわっ、めんどっ!」
「ポラリスさん、お気をつけて!」
たそがあーしの腕の中で弓を射る。
その矢がビームに当たり相殺する。あーしの相棒、有能すぎ!
「たそ、天才! 大聖女!」
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