第6話 一緒に戦う決意
貴族庭園は中世の有力貴族が作ったもので、現代では有名な観光スポットになっている。切りそろえられた優雅な草原の中に、色とりどりの花々や木々が植えられている。夕方から夜明けまではライトアップされてなおさら綺麗だ。
「おほほほほー!」
花の頭に角を生やした悪魔がいた。人型の、五メートルくらいで、下半身には尻尾がある。体からツルを伸ばして人を捕らえ、大きなつぼ状の草の中に閉じ込めている。
「きゃああ!」
つぼ状の草がもぞもぞ動き、中から女性の声がした。じゅうう、という不気味な音も聞こえる。
「出してー!」
すぐ助けないとまずい!
「たそ、そこでおとなしくしててよ!」
「は、はい」
ルクスたその肩を叩いてジャンプし、悪魔の前に降り立った。大きな鎌、『夜の杓』を向ける。
「花チャン、ちょい待ち! その人たちを出しなよ!」
しかし悪魔はツルをうねうね動かしながら高笑いする。
「いやですワ。この方たちは美しくなりたいって言ってたのですワ! 体の無駄な肉を落として美しくしてあげてるのですワ! 美しくなるためには努力が必要なのはトーゼン! 苦労が必要なのはヒツゼンですワ!」
じゅううと草から音がする。酸で体が溶かされるのかもしれない。
「美しくなるには、自分そのものを捨てないといけない……その絶望が最高に美味しいのですわー!」
悪魔は上機嫌にツルを素早く伸ばしてあーしをとらえようとしてくる。
「可愛くなるのに体を壊したら、意味ないよね!」
あーしは、庭園の草を蹴って飛んだ。ツルを鎌で切り落としながら、つぼ状の草に飛びつく。中から女性のうめき声が聞こえる。
「そーゆー変な努力を人に押し付けるなんて……あーし、好きくないんだけど!」
五つ並んだ草のつぼを、横に一閃、斬り払う。
草がぱっくりと割れて、中からどろどろの液体にまみれた女性が何人も落ちてきた。ぬめぬめしているだけで、けがはなさそうだ。
「おねーさんたち、だいじょーぶ!?」
声をかける。彼女たちは息も絶え絶えにあーしのほうを見た。
「う、うう……」
でもこちらの姿を見ると、彼女たちはあーしに指をさして、震える声で叫んだ。
「ひいっ! ここにも化け物がいるわ!」
顔が真っ青だ。おびえているし、明らかに嫌そうな顔を浮かべている。
「なんておぞましい恰好……不気味ね!」
「近寄らないで!」
一目散に逃げていった。
あーしは、自分の恰好を見た。確かに悪魔っぽくはある。
でも、かわいいと思うんだけどな……。
一方で悪魔は獲物を取られて怒っている。
「あー! 私のエサをー!! って、またエクソシストですわ!」
黒い服を着て、右手にはグロテスクな武装を施している男たちが来た。
リゲル君たちだ。組織のエクソシストが援軍に来たのだ。
しかし彼らはあーしのことを、憎々し気に見てくる。
「ちっ、ポラリス。また単独行動をして!」
「そんな恰好で、楽し気にしているなど不気味な奴だ!」
あーしに向かって吐き捨てた。そして、彼らはドクンドクンとうごめく武装をさすりながら、歯ぎしりして言う。
「ぐっ……みな、苦しい思いをして悪魔に立ち向かわねばならぬのに。貴様が組織を乱すのだ!」
リゲル君は、呻きながら悪魔へと立ち向かっていく。
その横に、ルクスたそがやってきた。心配そうにあーしを見てくる。
「ポラリスさん……? 大丈夫ですか……?」
「え? 大丈夫って、特にけがも何もないけど」
「でなくて! やっぱりみんな、悪魔の姿を恐ろしい、不気味だって」
「ああ、あれね」
あーしは言った。
「悪魔に対する、本能的な反応なんだよ。火を怖がる的なやつね。特に十年前の災害の後は、七災星のせいでそーいう気持ちが増してるみたいなんだ」
「そうかもしれません」
ルクスたそはあーしの腕をつかむ。
「でも、好きな格好を嫌がられて、何も思わないはずないです。どうしてそこまでして、悪魔を倒そうとするんですか……!?」
本気で心配してくれている。本当に、この子はどこまでもお人良しなんだなあ……。逆になんだか恥ずかしくなってしまう。でも、そのおせっかいな優しさがきっかけで。
「それはね……」
あーしは、十年前のことをまた少し思い出してしまった。
七災星がムジカを襲ったあの日。
大好きなお姉さんから鎌を預かって……サイキョーカワイイエクソシストになると決めたあの日のことを。
「……十年前、約束したんだ」
あーしは、ルクスたそに言った。
この子には、話していいかもと思ったんだ。
十年間で唯一人。この世界で唯一、小悪魔ファッションを好きと言ってくれたルクスたそなら。
「今のあーしみたいな恰好をしてた、憧れの人がいて。悪魔に体を乗っ取られちゃって、もう帰ってこないんだけど……いつか悪魔を倒して魂を解放するって、最後に約束したんだよ」
ルクスたそは目を見開いている。
「その日から、あーしだけが、悪魔をかわいいって思うようになって。あーしだけが、その気持ちから力を出せるようになったんだ」
「もしかして、その悪魔って……」
「うん。七災星の一人、アルファ……ムジカをめちゃくちゃにした最強の悪魔だよ」
あの日、召喚された七災星の一体がお姉さんを乗っ取り、暴れた。その時以来、人々の頭から悪魔の記憶は消えたけど、本能的に姿は恐れられることとなった。
お姉さんのことを覚えているあーしだけが、悪魔をかわいいと思うようになったのだ。
それ以来、不気味だ異端だと言われながら、戦い続けているというわけだ。
「サイキョーで、カワイイエクソシストになって、お姉さんを迎えに行く。生き返ることはなくても、ちゃんと弔ってあげたいんだ。それがあーしの夢だよ」
ルクスたそはそれを聞いて、すごく強い目力でこっちを見てきた。
「……わかりました」
がっしりと、あーしの手をつかむ。
「わたくしも……一緒に戦わせてください!」
「たそ……ありがと……って」
ほっぺをつまんだ。
「なんでそーなるの!」
「いひゃい、いひゃいれす」
ルクスたそはもごもご言う。
「だから、悪魔の力、危ないって言ってんじゃん! 半分の確率で死ぬかもなんだよ! お願いだからおとなしくしてて!」
「でも、頑張ってるポラリスさんを一人放ってはおけませんっ! 危険を顧みず戦っているエクソシストの方々を差し置いて、のうのうと生きてなどいられませんっ!」
悪魔の方を指さした。エクソシストが武器を振るう。うめきながら、悪魔の出した黒い植物のつるを斬り刻む。危険な戦いだ。いつ敵にやられても、力に飲まれて正気を失ってもおかしくない。
でも、だからといってルクスたそがこれから同じめにあう必要があるわけじゃない。
「お人良しがすぎるでしょ!」
頑固すぎる。悪魔に突っ込んで死なないように、縛っておかないとだめかもしれない。
でも、ルクスたそはちょっと恥ずかしそうに言う。
「違いますっ! 人がいいからじゃありません!」
「じゃあ、なんなのさ」
「その……」
ルクスたそが目の前に、紙を出してきた。さっき見たこだわりの小悪魔系ファッション絵だ。
真面目で頑固なルクスたそが、唯一発散して、大好きと言っていた絵。
「わたくしの好きなもの、みんなに気持ち悪がられるから……誰にも言えなくてっ……! ポラリスさんは唯一、かわいいって言ってくれた人ですからっっ!」
「かわいい……」
「だから、大事にしたいなって、そばにいたいなって、思っただけです!」
「たそ……!」
あーしは思った。
もしかして、ルクスたそは、ずっと探していたのかもしれない。
修道服の中にイラストを持ち歩いて、こっそりサインまでして。
自分の好きなものを認めてくれる人を、待ち望んでいたのかもしれない。
そう、ちょうどあーしみたいに。
そのとき、リゲル君から声がかかった。
「貴様ら、遊んでばかりいるんじゃない! 早く手伝え!」
必死に悪魔と戦っていたが、もう限界みたいだ。血を吐き、うめき声をあげ、悪魔の攻撃よりも自分の力の扱いが厳しそうだ。
「マジめんご! あとちょっとだけ待って!」
こちとら真剣そのものなんだけど……確かに彼らには、遊んでいるようにしか見えないだろーね。
それを見ていられないのか、ルクスたそは右手を上げた。
「今すぐ参りますっ」
また、危険に晒されてしまう……その手をつかんだ。
「待ってよっ」
「なんでですか」
「ルクスたそをかくまう理由さ。さっきあーし、かわいいって言ってくれて、嬉しかったからって言ったよね」
「は、はい」
「ルクスたその言う通りだよ。気味悪いとかおかしいとか言われて、やっぱり辛かったんだよ。本当は、好きなものを一緒にかわいいって言ってくれる人が欲しかったんだよ」
「ポラリスさん……」
「それで、十年経って。初めて会えた。好きなものを、自分も好きと言ってくれる人に。ルクスたそに!」
ルクスたその目を見つめて言う。
「あーしの好きなものを、ただ一人一緒に好きって言ってくれたルクスたそを。辛い目に合わせられるわけないじゃん!」
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